MARCH . 2020

コロナウィルスによる武漢肺炎は、収束の兆しも見られないまま、ワクチンの開発には1年以上を要するといった悲観的な展望も聞かれる。発生源すらも、今なおコウモリだのネズミだの、中国人の悪食によるといった諸説が入り乱れ、様々な推測や憶測が迷走する中、「武漢ウィルス研究所」からの流出とする不穏な説も聞かれ始めている。WHOは1月30日になって、ようやく緊急事態を宣言したが、記者会見でのテドロス・アダノム事務局長の耳を疑う発言が、世界のメディアで追及され、世界の疑心暗鬼をさらに深めた。

 日経新聞がまとめた翻訳・要約によると、同事務局長の主な発言は以下の通りである。「宣言は中国への不信感ではない」、「公衆衛生が整ってない国での感染を防ぐべきで、その理由で緊急事態を宣言する」、「今日はほぼ全会一致で宣言を出すべきだとまとまった」、「中国の対応は過去にないほど素晴らしい」、「中国の尽力がなければ死者は増えていた」、「感染者が抑えられていることに対し、中国に感謝すべき」、「習近平国家主席らのリーダーシップを他国も見習うべき」、「疑問を呈せざるをえない対策を取っている国がある」、「噂や偽の情報に惑わされてはいけない」、「貿易と渡航の制限を勧めない」、「国境封鎖などを我々は推奨しない」、「飛行機で自国民を呼び戻せるのは一部の国」。

 見ての通りで、不自然なまでの中国への忖度である。同事務局長の祖国エチオピアは、1980年代に大干ばつによる飢餓で約100万人が命を落とした。それでも約30年後は人口が倍増し、1億9,000万人に到達すると予測されている。そして、アフリカ大陸においては、国際機関の本部が集中する政治センター的な位置にある有力国である。

 そうした後進国に対し、中国は一帯一路構想で西に版図を広げ、東に洋上進出をもくろみ、南米、東南アジア、アフリカと手広く後進国の支援に乗り出してきた。エチオピアがこれまでに中国から受けた融資総額は、2005年に19億ドルだったのが、2013年には65億ドルにも上り、アフリカ54カ国の中でも、アンゴラに次いで2位となっている。

 この実態のために、欧米その他各国のメディアは「中国に買われたのか」との痛烈な批判を浴びせ、これに苛立った事務局長が「事実に基づいて評価して、何が悪い」と居直る一幕もあった。

 しかし、看過してならないのは「今日はほぼ全会一致で宣言を出すべきだとまとまった」との発言で、あたかも満場一致で即決したかのように聞こえるが、欧米メディアによると、加盟国理事らが宣言を進言する中、事務局長一人が渋っていたことが暴露された。つまり、国境を越えて人類の健康・保健を預かる国際機関WHOの事務局長たる者が、自国の国益を優先させていたのである。

 また、「中国の対応は過去にないほど素晴らしい」、「中国の尽力がなければ死者は増えていた」、「感染者が抑えられていることに対し、中国に感謝すべき」、「習近平国家主席らのリーダーシップを他国も見習うべき」と、次から次へと臆面もない露骨な賛辞の数々だが、治療の現場に立ちながら「SARSに類似のウィルスが発見された」と、自身のSNSでいち早く発表した医師に対し、中国政府は書き込みをしないよう書面へのサインを強要したことが発覚した。また、市内の惨状を伝えようと、市民記者を自称して動画投稿していた青年が行方不明となっている。この医師はその後、自らも感染し命を落としたことで、国内では医師の情報発信に対する賞賛と、命がけの献身に哀悼の声が高まっている。

 中国政府がいの一番になすべきことは、ネット情報のもみ消しではなく、迅速な情報公開と的確な隔離対策であったことは言うまでもない。したがって、事務局長の賞賛からは程遠かったのが実態である。それでいて、返す刀では「疑問を呈せざるをえない対策を取っている国がある」と、中国に足並みを揃えたかのような日本批判である。

 こうした一連の動静を見れば、緊急事態のパンデミックですらも、関係国の間では政治利用の具にされているとしか思われない。




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