Juanuary.2006

 首都圏で発生した、マンション、ホテルの耐震度偽装事件をきっかけに、国交省は全国のマンションの耐震度調査に乗り出すという。一部の悪徳デベロッパーと建築設計事務所、建設会社らによる特異な不正事例と思われたが、業界の構造的問題としての疑いがあるならば、全国的に再調査に乗り出すというのは自然な動向である。お陰で本誌読者にしろ、編集サイドにしろ、マンション・集合住宅居住者にとっては、ワイドショーに見る他人事ではなくなり、枕を高くして寝られなくなってしまった。
 今回の不正は、実際に要する建築コストの不当な節約によって、工事発注金額との利ざやを獲得したものだが、逆に言えば、正規の耐震性能を確保した上での、現代の実勢価格に基づく積算・施工では、適性な収益は得られないのかとの疑念も湧く。
 かつて、首都圏自治体の建築工事を受注施工した大手ゼネコンの幹部は、「建築工事は請け負うなと、経営者サイドから言われる」と、打ち明けた。「仕事がないよりはマシとばかりに、各社が工事価格の叩き合いに専念し、発注者側の積算を遙かに下回る採算度外視の過剰競争に陥っている。そのため、受注はしたものの施工に当たる建設現場でのやりくりも窮屈きわまりなく、なぜこんな工事を請け負ったのかと苦情が上がって来るほどだ」という。
 一方、工事発注者である諸官庁側も「財政難に加えてマスコミや市民の監視、世論の批判もあり、建築コストを極力下げて質素にするしかない」というのが現実だ。ただし、値下げ競争が目に余る場合は「ダンピング防止のために、最低限度額を提示しているが、これ自体が異常だ」と、首をかしげるほどだ。それだけに、前述の幹部は「できれば建築分野から撤退したいが、ゼネコンとしての立場上そうもいかない」と、漏らす。近年は、企業内でも部門ごとに独立採算性で業績評価するところもあり、「建築工事は赤字にしかならないため、同じ社員でも建築部門に所属する者は肩身が狭い」と、嘆息する関係者もいる。
 偽装事件の主因となった悪徳デベロッパーやコンサルタントが宣伝していた「安くて早く施工できる」というセールストークは、まさにそうした業界事情を反映したものと言えよう。ここらで「経済性とは何か」を、改めて考えなければならない時だろう。通念的には、採算度外視の安くて良いものが経済的と思われがちだが、しかしこれは経済原則に反した矛盾である。技術革新がいかに進んだところで、最低限度の資材は必要であり、それを専門的知識・技術を以て運用する技術者の人件費も、取引にかかる諸経費も必要である。本来は、原価の上に、拡大再生産が可能な適正利潤を加算したものが価格というもので、原価割れに近い価格設定などは経済行為ではない。もしも原価割れしていれば不当廉売であり、不公正取引である。
 この当たり前の原則から判断すれば、安くて粗悪なものはあっても、安くて良いものなどは幻想でしかないことが分かるはずである。実態は、素材の品質そのものが劣っていたり、表向きには見えない陰の部分で作りが粗雑であったりと、どこかに誤魔化しや偽りがある。そうでなければ、収益事業としては成立するはずがない。しかし、長年のデフレ不況に正常な経済感覚が麻痺したのか、こうした異常な経済を、国民を挙げて志向してきた経緯がある。
 悪徳デベロッパーらのセールストークは、デフレ慣れで狂いの生じた国民の経済感覚に付け込んだもので、陰で連胆していた関係会社にも酌量の余地はない。だが、一方ではそうした異常な経済行為を、疑いなく受け入れる風潮をつくり出してきた国民も、そろそろ目を覚ます時ではないだろうか。


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