February.2007

 昨年は公共事業に関する官製談合の摘発に伴い、和歌山、福島、宮崎…と複数の現職知事の逮捕劇が続いた。防衛施設庁による官製談合事件以来、旧日本道路公団の橋梁談合、地方自治体の下水道事業にからむ談合など、様々に発注者と受注者が摘発され、幹部、役員を含む行政職員や業者らが次々と逮捕された。職員が逮捕されるケースは珍しくもないが、現職の首長にまで司直の手が及ぶのは極めて異例である。統一地方選が近づいているこの時期、その背景には何があるのだろうか。  談合が発覚するきっかけは、ほとんどが内部告発によるもので、談合に参加できなかったり、談合結果に不満を抱いた業者からの密告によるものだ。内部告発といえば、アメリカのビジネス社会で根付いている制度で、良心の声に基づくものだが、基本的に終身雇用制ではなく、企業・組織に忠誠心を求められない風土ならではの仕組みと言えよう。対して、日本の談合告発は、利害当事者の利害得失に基づく道連れ的自滅志向によるところが大きな違いと言える。  どんな業界にも慣例や慣習はあるが、それがビジネスチャンスを奪うものに変貌すれば、いずれ破壊されるのは当然である。しかし、談合自体はビジネスチャンスを均等に確保しようとの発想がベースで、基本理念は共存共栄のコミュニティ思想である。それが崩れ始めたのは、以前にも小欄で触れた事業予算の削減、事業費の節減、一般競争入札、過剰競争とダンピング、利益率圧縮といった一連の因子が作用しているのは言うまでもない。  全国はおろか海外でも事業展開し、受注件数が多いゼネコンであれば、仮に採算の合わない契約が多少はあっても、他の受注契約で相殺することもできる。しかし、営業圏域が限定される地方ゼネコン以下の地方零細業者となると、地元での契約だけが頼みの綱であるため裁量は利かない。談合によってむしろ受注機会が乏しくなった上に、せっかく契約を獲ても、それが赤字契約となれば、深刻な経営危機に陥るのは当たり前のことだ。そうなると、一層のこと談合を告発し、もろともに潰して白紙に戻そうと捨て身になる者が出現しても不思議ではない。

 一方、契約の原資となる事業予算の削減傾向は、国でも自治体でも軌を一にしているが、それでも使い方によっては有効な選挙資金となる。選挙区への予算配分によって、集票率を高めるという戦略的な執行である。近年は、国政においては小選挙区の導入による代議士の選挙地盤の縮小にともない、その政治力も縮小したが、その分、全県を選挙区とする都道府県知事の政治力が相対的に拡大したと言えよう。しかも、国政は議院内閣制だが、地方自治は大統領制であるため、知事の権限の強大さは以前から指摘されてきたが、今後は地方分権や道州制など、地方自治の政治力がさらに強化される方向性にある。競争力、経営力ともにゼネコンには遠く及ばない地方零細業者が、拠り所としてそこに群がるのも、いわば水が高所から低地へ流れる条理といえるだろう。  その構図にメスを入れることを主眼に…と、断言したのでは身も蓋もなく、語弊があるかも知れないが、公取委と地方検察庁の権限を強化すべく法改正が行われた。公取委は調査告発権が強化され、地検は東京、名古屋、大阪以外でも特別捜査を実施できることとなり、ここぞとばかりに手柄を挙げ始めた。特に司直の立場で見れば、どうせ検挙するなら業者よりも行政の方が高得点であり、さらに一般職よりは管理職、管理職よりは幹部職、幹部職よりは特別職、そして同じ特別職なら首長、といったランク付けとなる。鬼検事といえども人の子で、突き詰めれば検事総長のポストを巡る出世レースにあるのが実情だ。そのためには、首長の首こそは願ってもない功績である。そうして頂点を突き詰めた暁に待っているのは、政界転出という晴れ舞台であろう。  その政界では夏に参院選を控えており、それに先んじて行われる統一地方選は、参院選の帰趨を占う重要な試金石となる。自民・公明連立政権に対向し、政権交代を狙う元竹下経世会の金庫番・小沢の民主党が挑む…と、ここまで書けば、どんなに鈍い人でも何かが見えてくるはずである。


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