Aprill.2006

 橋梁に続いて防衛施設庁の官製談合が発覚したことで、建設業界はまたも萎縮ムードに陥った。せっかく不良債権処理と業績向上により、株価も回復し、都市部のマンション・オフィスビルなどの再開発ブームに乗って、デフレ沈滞ムードの暗くて冷たい寒風にかじかんだ手足を、ようやく麗らかな春の陽光の日だまりにかざして温められると悦んだ矢先の、この事態はいかにも痛かった。
 こうした事件が摘発されるたびに、いつも考えさせられるのは、談合それ自体の是非である。公共の利益と資財を、発注者の官僚と業界で独占し、こっそり分け合う行為は、その利益とは無関係の国民にとっては背信行為であり、許し難い。
 しかし、アイデアと販売力でオリジナル商品を大量生産し、大量販売する他業界とは異なり、常にオーダーメイドの単品生産しかできない建設業界の特殊性を考えると、アメリカ型の市場競争原理に基づく商モラルをこの業界に求めること自体に無理があるとも感じる。
 例えば、防衛施設はそれ自体が国防機密でもある。手放しで信用するに足るだけの実績と伝統のない新規参入企業を、無条件に受け入れるわけにも行くまい。何しろ、ウィルス感染によって、ウィニーを通じての機密情報漏洩が騒がれる世相でもある。
 このように考えると、建設業界は単純に利潤だけを追求する企業の集まりというよりは、第3セクターに近い。行政の計画に沿って街づくりを実行し、時には国家機密をも共有し合うパートナーであり、その社会的位置と使命、業務は公共的であると言える。
 また、公共工事が必ずしも適正利潤を施工会社にもたらすとは限らない。地域住民の反対運動や訴訟、工事に伴う補償、用地買収の後れや遺跡その他の埋蔵物の発見に伴う発掘調査による工期の遅れ、自然環境保護のために行う建設作業とは無関係の作業など、様々な負担が発生することもあり、当初に計上された事業予算では収まらなくなってしまうケースもある。そのため、施工会社は思わぬ出費負担を強いられるわけだが、それでも事業計画は遂行され、公共資産を形成するのであるから、いわば民間企業たる建設会社が、一部を負担して公共投資をしているようなものである。
 そうした一面は、残念ながら一般者を読者に持つ一般紙やテレビなどでは伝えられないため、国民の多くは知らずにいる。
 改革で規制緩和を進め、競争格差社会を目指す国政目標から、高速道路でも郵政事業でも国立大学でも何でもが民営化される趨勢ではあるが、建設業界の公共性という特殊な現実を直視するなら、純粋に価格競争やアイデア商品で競争できる企業の取引を取り締まる公取法の精神で束縛するのは、どこか無理があるのではないだろうか。


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