JULY.2007

経済発展の著しい中国で、光化学スモッグが問題視されているが、高度経済成長期を過ごした日本人にとっては懐かしい響きである。もっとも、スモッグをはじめ工業廃水などの経済成長の副産物が、四日市ぜんそくや水俣病、神通川イタイイタイ病などの悲劇を生んだことを思えば、ノスタルジーに浸っている場合でもあるまい。温暖化問題で主導的立場にある日本としては、国境を越えて対策を提言していく必要があるだろう。

産業の近代化と経済成長のパターンは、イギリスの産業革命以降、基本的にはどこでも似ているようだ。近代化は大量制機械工業の導入が入り口となり、そして化学工業が避けて通れない。資材の元素を基本的に変質させない土木・建築とは異なり、化学反応によって出来上がる人工資材を必要とする。そして、それを生み出す化学プラントが稼働するには、重油その他の地下エネルギー資源の燃焼も不可避である。もちろん、それらを輸送するためのインフラ整備の需要も拡大し、鉄道、道路、港湾、空港と、車両や船舶なども増産体制となる。そのための鉄鋼、木材、生コンなどの需要も高まり、これが日本国内で銅線ケーブルやマンホールなどの盗難が相次ぐ所以でもある。

我が国の事例を大雑把に見ると、産業が活発化し、増産に追われ生産性を最優先で追求した結果、長期的なまちづくりを展望する余裕がなくなり、いつしか街の構造は職住近接型へと変貌していった。このため工場と民家が混在し、工業廃棄物は日常生活に身近なものとなり、住民は公害と同居することとなった。

その後、公害疾病の痛い経験から職住分離型のまちづくりが導入され、住宅街と工場地帯は政策的に分離される方向へと誘導されていった。ところが、消費者の嗜好が軽量短小なものへと変化したこともあって、資源を大量消費する重厚長大産業は衰退へと向かった。ただし、ゼロになったわけではなく、それを低コストで生産し得る途上国へと、担い手が移ったわけである。

このため国内製造業の空洞化が懸念されたが、産業構造は製造業から無公害型のサービス業へと比重が移り、またIT化という新しい産業革命を迎え、先進国の産業比率もそこに重心が移っていった。IT産業はそれを操作する端末製造と、それを稼働させるプログラムの開発生産などに分かれるが、後者の場合は他のサービス産業と同じく、煤煙や汚水などとは無縁であるため、人里離れた山間部や海浜に生産拠点を置く必要がない。その結果、商業的利便性の高い都市部に集積し、今日の高層ビル街が形成されていった。

このように見ると、第一次産業、第二次産業、第三次産業というコーリン=クラークの分類が、そのまま一国の経済発展と産業構造の変遷に反映しているように思われるが、現実はそれほど単純でもない。近年に至ってから不良品率の低減と、知的所有権への意識の高まりもあって、技術知の流出を防ぐ目的を兼ねて海外の生産拠点を国内に戻す動きが活発化した。

こうしたとき、最近読んだ記事で目を引いたのは、日本は陸地面積が世界の0.2%しかないのに、人口は世界の2%を占め、世界のGDPの14%を生産しているが、森林が国土に占める割合を示す緑被率は67%で、フィンランドの69%に続く世界第2位という記述である。一方、中国の場合はたったの14%であるという。日本の単位面積あたりの人口は世界平均の10倍、GDPは70倍もの水準で、フィンランドの人口密度は日本の20分の1、世界平均と比較しても1/2に過ぎないというのである。

記事では、和を以て尊しとなす日本の民族的なモラルが、工業化と自然との調和を確立したと分析している。そうした精神的バックボーンも確かにあるだろうが、むしろ公害病の苦い経験が、経済成長と環境保全の両立を可能にした重要ファクターとなっているのではないかと思える。そしてこれこそは、70年代の日本を現在進行形で再現しているような中国に、日本が身を以て示し得る重要な警鐘と提言と言えるのではないだろうか。


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