FEBRUARY . 2016

 有数の別荘地・軽井沢で、またも格安ツアーバスの壮絶な事故が発生し、15人もの乗客の命が奪われた。国交省の調査では、20件もの運営会社の不正が確認されたという。過当な価格競争がもたらす運転手の過酷な負担と高齢化。この事故は、我が国経済の現況を端的に表す象徴的な事件のように思われる。

 振り返れば、こうした格安ツアーバスの凄惨な事故は、毎年のように発生しており、その都度、運営会社の利己主義に満ちた不正・手抜きの運営と、そのしわ寄せによる運転手の過酷な業務実態が暴露されてきた。政府が外国人観光客動員数2,500万人を目指す一方で、人員もバスも足りないという観光経済におけるインフラの不備と、それでいて不合理な過当競争という経済構造のひずみが目立つ。「日本はサービスも治安も良く安全」と、世界的に高まっている国際的評価を信じて来てくれる外国人観光客に、犠牲者が出たならば、日本の安全神話は一夜にして崩れる。

 顧客の信頼を損ねる事件は、このバスツアー事故だけではない。カレー専門店や味噌の老舗メーカーが廃棄した食材を転売する不正が生じたり、建築物の基礎工事の手抜きを誤魔化した虚偽報告が発覚したりと、様々な業界で不祥事が発生している。それらを考えると、これは一業界の問題ではなく社会問題として、真剣に向き合うべき段階に来ているのではないだろうか。

 価格競争それ自体は、市場原理としてやむを得ないが、問題は企業運営にある。アベノミクスが始動してから、「ブラック企業」などという言葉を耳にするようになった。従業員に奴隷労働を強いる、まさに教科書通りの不当搾取である。最大の原因は政府の無策によって放置され、あまりに長引いたデフレスパイラルが、企業経営者らにもたらした経営難のトラウマだろう。

 それを映す鏡のように、同じく最近聞かれるようになったのは「ワーキングプア」という言葉である。北海道と沖縄では、最低賃金が生活保護支給額を下回る実態も報告された。真面目に働いているのに保護世帯よりもプアなのでは、勤労意欲などが起こるはずもなく、未来はもちろん現在にも過去にも絶望の人生しかない。

 安倍政権が「一億国民総活躍」を新たな政策目標に掲げたのは、この現状を憂慮してのことだろう。この新年の経団連による交礼会では、主要大手企業の経営陣らが「今年は人件費を上げて社会還元を」、「人件費を改善するために生産性の向上を目指す」など、ようやく景気対策の恩恵を、資本蓄積だけでなく従業員の家計へ循環させる意向を示した。

 景気対策の恩恵を、企業経営陣だけがつまみ食いや食い逃げをしているようでは、マクロからミクロに至るまでの真の経済再生はほど遠い。末端消費が伸びない限りは需要も減少し、巡り巡って企業は減産、縮小再生産を余儀なくされ、経営者はまたも経営難の悪夢にうなされることになる。利己主義の保身は、むしろ自分で自分の首を絞める結果をもたらすという経済循環の原理を、企業経営者らは強く自覚する必要がある。




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