APRIL.2013

かねてから農業界が反対していたTPPに、安倍首相は交渉参加する方針を公に宣言した。政府の試算では、TPPによる収益は3.2兆円と発表しているが、その一方で農業分野の損害は3兆円と算出している。わずか2,000億円の差額のために、農業で3兆円のダメージを与えることは、得策と言えるのだろうか。

 TPPで懸念される問題点は、すでに様々に報じられる通りで、下手をすれば米企業による内政干渉を招きかねないことや、高コスト構造であるがために、我が国の製品・サービスの国際競争力における弱さから、外資によって淘汰される危険性がある。日常生活とは疎遠な嗜好品ならともかく、日用品や医療・福祉サービスにまで及ぶことから、かつて小泉政権が強行した構造改革と規制緩和で、国内産業が疲弊し、労働市場から日本国民が弾き出されてきた今日までの悪夢がよみがえってくる。

 目下の所は円安傾向が続いているため、輸出産業は業績回復し、国内企業の相次ぐ賃上げ報道など、一見すると明るい報告が続いているが、小泉政権、民主政権と続いた経済的不遇の期間が長かったことから、国民が身構えるのは当然のことである。

 今夏には参院選を控えているが、過半数の安定政権を目指す自民党にとって、農業分野の票田は無視できない。反対を押し切って3兆円の損害を与えて支持が得られるのか疑問だが、安倍首相はそれでも「選挙前に信頼関係を修復できる」と、自信を覗かせる。その自信の根拠はどこにあるのか。

 交渉参加に当たっては、先議・先決事項は覆せないとの条件があり、それを承知で参加した以上は、二度と後戻りはできないと警告する主張が聞かれる。一方、批准には関係国の同意、米議会の可決、そして自国内の国会での可決が必要であるため、条件闘争の内容次第では否決される可能性や、仮に批准した後も脱退の自由はあるとして、選択の幅に期待する主張も聞かれる。

 しかし、中国が軍備費拡大で尖閣諸島を狙っている現況から、日本も相応の軍拡に向けて国防軍の創設を目指しており、そのためには安保同盟国である米政府の了解は欠かせない。条件闘争のこじれからTPP不参加の結果となった場合に、日米同盟はどう影響するのかという外交的懸念もある。両国の関係悪化は、中国には願ったり叶ったりの好都合で、まさに進むも地獄、退くも地獄の様相と言うべきだろう。

 外交戦術や戦略は、事前に表明するものではないが、どんな秘策を以て望み、いかにして農業関係者を納得させるのか、安倍首相の動向から目が離せないところだ。




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