NOVEMBER . 2015

5年に及んだTPP交渉が、大筋合意に至った。ヨーロッパ諸国が中心のTTIP28カ国に対し、こちらは太平洋を囲む12カ国だが、台湾、タイ、フィリピン、韓国、中国も参加に向けて関心を示している。しかし、関税撤廃で安価に供給される舶来品が、国民生活に定着するとは限らない。

 TPP交渉で、特に関心を集めたのが農産物の動向で、政府が重要5項目とした米、麦、牛・豚肉、乳製品、砂糖など、約170品目が関税撤廃となる。さらに農産物全体では、関税撤廃されていない834品目のうち、およそ400品目が新たに撤廃されることとなり、消費者には国産品と舶来品を合わせて、選択肢が広がるといったメリットが喧伝されている。

 しかし、問題は安全基準で、これまでに産地偽装、賞味期限偽装など、食の詐欺行為が発生した経験から、国民の食に対する警戒心が強まり、これを反映して日本国の安全基準は高い。関税を下げても、これが流通の障壁となった場合、輸出国からは基準改定への圧力がかかるのではないかとの懸念も残る。外交的都合によって、もしも下方修正されるとなると、消費者となる国民が犠牲となり、翻弄されることになる。軍事力の弱さが外交の足枷となっている日本は、かつてバブルをもたらしたプラザ合意であれ、牛肉、オレンジが自由化されたGATT合意であれ、常に弱腰外交で譲歩を強いられてきた。そうした外交史の実情を鑑みれば、消費者、生産者ともに懸念が払拭できないのは、無理からぬところだろう。

 だが、ここで思い出されるのは、郵政民営化にともなう金融・生保業界の自由化である。郵政事業の解体民営化の真意は、表向きは構造改革と称しつつも、真相は国民の郵貯300兆円を金融市場として、米金融界に開放することにあった。このため、いつしか街中では、シティ銀行など外銀の店舗や看板を見かけるようになった。

 しかし、アメリカは投資社会であっても、日本は貯蓄社会であるため、国民の消費性向がおいそれと投資に転換することはなく、外銀は営業不振から撤退を余儀なくされた。

 TPPも、これと類似の顛末を辿る可能性があるのではないか。日本の消費者の選択眼は厳しく、いかに低価格の輸入品といえども、外交的敗北によって基準を下方修正し、安全性や品質に疑念の残る製品に、果たして手を出すだろうか。

 再来年に予定される消費税率の上昇が、安い輸入品の消費を後押しする構造も考えられるが、日本国民の気質から見れば、単に節約・買い控えに向かうこととなり、消費経済の低迷を招く結果も考えられるのではないか。政府・日銀は2%のインフレ目標を掲げているが、関税撤廃で低価格競争を目指すTPPが、逆効果をもたらす皮肉な結果となるだろう。

 市場経済の主役は、生産者ではなく、あくまで消費者である。TPPによって、日本の市場が各国の草刈り場になるとの見解もあるが、日本の賢明な消費者を見くびっているならそっぽを向かれ、輸出国は米外銀のように、手痛い二の舞となるだろう。市場経済は消費者主権であり、押し売りが通用するシステムではない。




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