May.2009


 景況指数も倒産件数も失業率も、何もかもが過去最悪の数値を記録する中で、定期異動、退職、新規採用など、人々が動く新年度を迎えた。派遣労働者の契約打ち切りから、正社員のリストラ、新卒者の内定取り消しという人切りの荒波の中で、辛うじて採用を得た新人は、さすがに終身雇用を望む人が増えているという。
 かつてはキャリアアップや収入倍増を夢見て、転職を志向する人が多く、それ自体が社会的に歓迎されていた時期もあった。そのあおりで従来の終身雇用制は旧式の雇用形態と批判され、若者達は会社組織の束縛と企業文化による洗脳を嫌い、アルバイトや派遣労働などのフリーな勤労契約がもてはやされた。
 この風潮の水源を辿れば、今日の世界的な金融不安の元凶を創った米サブプライムローンセールスマンに行き着く。長期雇用による月給制ではなく、年俸制で働く彼らの評価基準は、営業利益をどれだけ上げたかの一点に集約されるため、扱う金融商品の信用性やリスクマネジメントなどは眼中にない。ひたすら売りまくって業績を上げ、一ドルでも高い報酬を得ることだけが目標となる。単年度契約であるから翌年の契約更新の保証はなく、その分、短期間で稼げるだけ稼がねばならないため、ローリスクローリターンの安全商品よりも、収益性の高いハイリスクハイリターンの賭博的商品に飛びつきやすい。
 初期投資なしでマイホームを入手できるという幻惑で貧困層を騙し、後に返済負担が重くなるステップ償還特有の破綻が目に見えていようとも、経営や商品運用に責任を負う必要のない彼らには、その後の成り行きなどはどうでも良いことである。契約さえ取り付ければ、後の顧客管理は常勤スタッフに任せきりで、自らは高報酬を得てさっさと退き、さらなる高報酬のビジネスチャンスを求めて渡り歩く。終身雇用ではない彼らに明日はなく、一分一秒を惜しむファーストフードによるファーストライフの、落ち着きのない生き様である。
 それが「米英型金融資本主義だ」と、言ってしまえばそれまでだが、結果としてそのシステム破綻と不良債権が世界的な金融不安と世界恐慌を招いたのであるから、それで済まされる話ではない。
 果たして、その余波は日本にも及び、本来生かされるはずの労働力が失われ、求職者が溢れているのに、その一方では介護士などの重労働や、深夜早朝など変則的な時間帯の勤務には低賃金のアジア人が導入されつつある。
 このようにいびつになりつつある我が国の労働市場だが、辛くも職を勝ち得た人々による、終身雇用の安定を望む気運の高まりを受けて、従来の日本型経営の長所が見直されることを望みたい。地域と調和し、顧客を大切にしながら緩やかな安定成長を目指す堅実な経営理念こそは、日本型経営の本来の長所である。これが再評価されて復活し、広く定着していけば、今なお続く産地偽装やラベル表示のごまかしといった、目先の営業利益に魂を売り渡した詐欺商法も減っていくだろう。



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