MAY . 2018

路地裏問答

 5月21日にYouTube動画で、白い粉末の入ったポリ袋を警察官の目前で故意に落とし、あたかも不法薬物を所持していたかのように装って逃げるなどした自称広告業者に対する福井簡裁の判決が下された。罪状は偽計業務妨害罪で、科料は罰金40万円となった。

 この数年の間に、一般者による動画共有サイトへの投稿が激増したが、中には社会常識から逸脱した行為を投稿し、視聴者の顰蹙を買うものも増え、物議を醸している。コンビニ店員が商品の上に寝そべったり、集団で共謀して全裸で飲食店に押しかけたり、売り物であるおでんの具材を指で突いて見せたりと、人格も精神状態も疑いたくなるものが見られた。

 世界的に有名なのは、ポールローガンと名乗る米国青年の動画で、フォロワーは数千万人を越え、これまでに4億円を超えるYouTube収入を得ていたという。その世界では有名人とのことだが、顰蹙を買った問題の動画は、撮影のために来日した彼が、樹海に踏み込んで自殺者の遺体を探す様子を撮影したものだが、彼は偶然にもそうした遺体を発見する。その時に彼がした行為は、故人の冥福を祈って警察へ通報するのではなく、愉快そうにはしゃいで見せたのである。こうした物故者を冒涜する軽率な振る舞いに世界中が激怒し、批判コメントが殺到したという。サイト運営者側も、そのチャンネルを閉鎖し、利用禁止の措置をとった。

 この他にも、彼は何を思ったか、都内で生魚とイカを手にし、通行人に押しつけようとするなど、迷惑行為を愉快そうに行う動画もあった。それでも世界中の批判に関わらず、本人はなお悪びれる様子はなく、その父親は息子の愚行を擁護する動画を公開していたのであるから、もはやモラルも人格も崩壊し、世界観が狂っているとしか言いようがない。

 こうした行為の背景には、アクセス数を増やして広告収入を得ようという営利目的ばかりでなく、他人よりも目立って有名になりたいという虚栄心も反映している。

 「ペンは剣より強し」と言われ、第三の権力、無冠の帝王などと言われる。このため、マスコミたるマスメディアに携わる者は、自省と自戒の精神を常に持ち続けることが、ネットの発達する遙か以前から常識とされてきた。だが、ネットが発達した今日では、そうした自制心のない庶民が、情報発信の手段を手にしているのである。

 あるFBIの元捜査官が語っていた。「私たちは自警団組織に断罪の権限は与えません。彼らは、私たちのように自己を抑制する訓練を受けていないからです」。つまり、1971年に米スタンフォード大の心理学者が行った監獄実験のようなもので、管理監督の権限を与えられた看守役の学生らは、権力を濫用し始め、囚人役の学生らへの理不尽な暴行、虐待などがエスカレートする一方、囚人役の学生らは尊厳も自尊心も奪われ、精神が崩壊していったことから、急遽取りやめとなった事件である。

 このように、人間には暴走する一面があるため、それを自己管理する訓練が出来ていない者が、何らかの権限を持つことのリスクは大きい。それは情報発信においても同様である。果たして、中国では母親の治療費を稼ぐため、危険行為を撮影して公開していた青年が、わづか150万円の報酬と引き替えに高層ビルの屋上にぶら下がって懸垂して見せたが、力尽きて転落し命を落としたショッキングな事故も起きている。

 言論・表現の自由は基本的人権でもあるが、無制限の自由というものはなく、それは自己責任と背中合わせである。だが、この基本を逸脱するネットユーザーが根絶されることはないだろう。そうなれば、視聴者側が常識を以て情報に接し、玉石混淆の情報の真贋を見極める眼力を養うしかないだろう。




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