食彩 Speciality Foods

〈食彩 2009.3.23 update〉

interview

北海道農政部農村振興局 局長 坂井 秀利氏 インタビュー前編・後編



農業生産基盤整備で安全・安心の「食」の北海道ブランドを支える(前編)

――イノベーションの進展で基盤整備の効率性が向上

北海道農政部農村振興局 局長 坂井 秀利氏

坂井 秀利 さかい・ひでとし
昭和26年9月29日 東京都生まれ
昭和50年3月 北海道大学農学部農業工学科 卒業
平成10年 胆振支庁耕地課長
平成12年 十勝支庁農業振興部長
平成15年 農政部農村計画課参事
平成16年 農政部農地整備課長
平成17年 農政部農村設計課長
平成19年 農政部農村振興局長

 政府は日本の食料自給率を40%から50%へ引き上げる政策目標を発表したものの、農作物生産に必要な農業農村基盤整備事業費をはじめ、その流通に必要な道路整備や、産地と消費地の地域防災と安全に必要な河川整備費を削減し続けてきた。自給率向上に向けて、それに見合った現実的な投資が必要と考えられる中で、新年度の農業農村整備事業予算は前年度を若干ながら上回り、9年ぶりの増額となった。この農業農村整備が、どれくらい北海道の食のブランドに貢献しているのか、事業を担う坂井秀利農村振興局長に語ってもらった。

──政府は20年間以上にわたって公共投資関連予算を削減し続け、それが我が国の食料生産の基礎となる農業農村整備事業にも及び、かなり減額されています。これまでの予算動向について伺いたい
坂井 国の公共事業抑制方針もあり、今年度の全国の農業農村整備(NN)事業予算は、国費ベースで5,772億円で、前年比86.4%です。これに「耕作放棄地等再生利用緊急対策」などの関連非公共予算として計上した662億円を合わせると、6,434億円で前年比96.4%です。北海道でもNN事業予算は減り続け、北海道補助事業費では10年前の半分以下になっています。国営事業と道営などの補助事業は、規模や地域条件などを考慮して役割分担して実施してきていますが、予算の比率は、10年前には55:45でしたが、近年では地方財政の厳しさもあって、7:3程度になっています。  平成21年度予算は地元の熱意や関係者の努力もあり、食料供給力を高めるための基盤整備や条件整備に必要な予算として国費ベースで347億円、対前年比101.3%を確保して9年ぶりの増額予算となりました。
──農業農村整備の果たしてきた役割と意義を、国民は再確認すべきですね
坂井 北海道における農業農村整備は、明治の開拓から始まったと考えており、これなしには現在の北海道農業を語ることはできないでしょう。北大の名誉教授・梅田安治先生が著作に述べておられますが、多くの人々が生活の場を求めて開拓殖民に入り、食糧を確保するために農業開発に取り組んできました。その先人達の筆舌に尽くしがたい苦労が開発の原点と言えます。  当時は、入植に関連する移動運搬は船運を主とし、河川沿いから始まり、殖民区画は900間方形の大区画、それを9等分して300間(540m)方形の中区画を設定し、それを間口として100間、奥行150問、1区画5ヘクタール単位で6区画に分けて5戸が入植し、残った1区画を薪炭備林にすることを基本形としていたようです。この基本が、現在でもなお北海道の土地利用計画の基本形といえるのです。  そして、大正年間にも殖民地の選定が進められ、戦後は緊急開拓事業へと展開し、土地改良法が制定されて、食糧増産を目的とした公共事業が進められました。  近年では、基幹的水利施設整備などの一次整備はほぼ終了したことから、美味で品質の高い農産物が安定的に生産できるよう、地域条件に細かく対応した整備に重点をおいた二次整備、三次整備が実施されているところです。全道116万ヘクタールの農地において、地勢的・気象的・土壌的な条件を生かし、水田、畑作、酪農とそれぞれの農業を展開して、全国の消費者に新鮮でおいしく安全で安心な農産物を提供しています。本道における農業農村整備の歴史は、北海道の開拓とその後の発展を支え、今日の我が国の食料供給地域としての重要な地位を築いてきた歴史であったといえます。  そして、平成14年には、これからの農業農村整備の展開方向を示す「北海道農業農村整備推進方針」を策定しました。「安全・安心な食の生産を支える」、「多様な担い手と地域を支える」「多様な生物との共生や美しい景観を支える」といった3つの方針に基づき、整備の重点化を図るとともに、農業農村整備によって「地域ブランドづくりに貢献」するために、「きめ細やかで弾力的な整備」を展開しているところです。
──開墾事業の歴史があってこそ、優良農地が拡大し、そして農産物の品質も着実にレベルアップしてきましたね
坂井 昨年末に全道を巡って、地域の方々とNN事業の効果、今後の事業の展開方向について意見交換させていただきました。このほどその結果をまとめましたが、水田地帯では区画整理で大区画ほ場となり、排水も改良されたことから作業効率が上がるとともに、大型機械の導入で規模拡大も可能となる一方、耕作放棄地の発生が抑制されています。また、客土により米の食味向上に効果があったと聞いています。畑地帯では、ほ場の均一化により輪作体系が確立し、排水や土層改良で病害虫の発生が抑制され、クリーン農業が可能となり、また、干ばつ時には畑かんの効果が大きく発揮されています。酪農地帯は、草地整備により自給飼料の確保につながりました。この様に、農業農村整備事業の大きな効果が地域から報告されています。  その他にも、地域ブランドづくりに大きく貢献してきた事例があり、例えば石れき除去で「厚沢部だいこん」の収量・品質がアップしたり、客土と畑かんで「らいでんスイカ」の安定生産が可能となったり、客土で「夕張メロン」の品質が維持されるようになり、畑かんによる収量・品質の向上によって「北見や網走地域のタマネギ」が市場で高い評価を得ています。  さらに、深暗渠で安定生産できるようになった「川西ながいも」が、日本農林水産祭で天皇賞を受賞したり、客士によって表面の白い「大正メークイン」が、ブランド品として以前にもまして好評を得るようになりました。  このように確かな成果を得ていますが、一方、「農業農村整備事業」のハード対策と併せて、「農村活性化対策」のソフト施策が今後のもう一本の大きな柱となります。中山間地域等直接支払い制度や農地・水・環境保全向上対策、農山漁村活性化プロジェクト支援交付金、子ども農山漁村交流プロジェクト対策などの非公共事業が充実し、基盤整備を補完する施設や機械の整備、地域活性化のための活動支援などで効果を上げつつあります。
──生産に直結するこうした産業インフラへの予算投下は、決してムダではないことが実証されましたが、今後はどうするのでしょうか
坂井 国際的に食料価格が高騰するとともに食料輸出国の干ばつなどによって、食糧需給は不透明となっている中で、国民に安定的に食料を供給していくことは大切です。昨年は特に、中国産ギョーザ事件や、汚染米事件など、食の安全安心に関する様々な問題が生じ、その影響で道産食材に対する消費者ニーズや食料自給率向上が求められることから、これを支える生産基盤の整備は今まで以上に必要となっています。  そのために、道としては地域の要望を踏まえ、緊急性や優先性を考慮して、農産物の安定生産の基盤となる農地や農業用施設、飼料作物の生産拡大に資する飼料基盤の整備に重点化して予算を確保します。
──昨年は穀物相場の高騰など、世界的な混乱と危機的局面が見られ、将来不安が今なお払拭できませんが、それを回避するために新技術も求められるのでは
坂井 国では現在、「農業農村整備事業に関する新たな技術開発5ヵ年計画」の見直し作業を行っています。その見直しの考え方は、昨年12月に閣議決定された「新たな土地改良長期計画」の3つの視点である「自給率向上に向けた食料供給力の強化」、「田園環境の再生・創造」、「農村協働力の形成」とその実現に向けた技術開発の方向性などであります。この方向性を参考に考えるなら、今後求められる施工技術がどのようなものかが見えてきます。  この一つとして、食料供給力強化の問題に対しては、農地の生産力向上として、排水性の向上や、地耐力の強化、大区画の傾斜修正などにより、農作物の選択性の拡大と品質向上を可能にする技術が求められます。例えば泥炭土壌に砂質系火山灰土を客土することで、タンパク含量を低減する、食味改善のための新たな客土工法などです。また、集中管理孔による暗渠の清掃と地下かんがいの構築も有効です。  農業用用排水施設のストックマネジメントにおいても、機能診断手法やライフサイクルコストを低減する補修・補強技術、費用、効果、リスクを考慮したマネジメントのシステム化技術も重要になるでしょう。  農村環境への配慮としては、豊かな農村環境・景観の形成や管理に資する技術、ほ場からの土砂流出防止の沈砂池では、整備後の管理方法まで考えておくことが大切です。このほか、ニホンザリガニの生息を考慮した水路や、のり面緑化に現地のすき取り土を活用するなど、動植物の生態系の保全技術、循環型社会の構築に向けてバイオマス利活用技術を定着させる必要があります。  農業災害防止の面では、農業用施設などの災害予防と減災技術も必要です。また、地球温暖化の農業分野への影響を予想し、これに対応する技術の検討が求められます。  さらには、地域共同活動を通じた農地・農業用水などの適切な保全管理のため、管理技術の簡素化に資する技術や農村コミュニティの維持・再生に資する技術も必要です。
──具体的に進展が見られるものはありますか
坂井 経済的な調査設計、施工、管理に資する技術分野においては、イノベーションが見られつつあります。例えば、レーザーレベラーを利用した農地の均平作業はすでに活用されていますし、さらに、標高データを位置情報として管理可能で、夜間でもモニターを見ながら作業が可能なGPSレベラーも、実用化されつつあります。  この他、掘削、管埋設、疎水材投入を一体作業として行う高速自動暗渠敷設作業も開発されています。また、集中管理孔を利用した地下かんがいを導入すれば、地下水位管理で食味向上効果も期待できます。  草地においては、無材で低コストな暗渠排水として、カッティングドレーン工法も考案されています。
──農業の本場である北海道としては、どれも有効な技術ですね
坂井 こうした新たな整備技術や手法の開発・導入のため、私たちは部内に「農業農村整備技術検討会」を設置しています。農地整備技術部会、自然環境保全部会、農業水利施設ストックマネジメント部会、地球温暖化対策検討部会などで構成されており、各々の部会で各種検討を行い、整備に反映しています。
――それらの施工に当たっては、どんなことに留意していますか
坂井 農業農村整備事業は、農作物の生産条件を整備するという社会的役割を持っていますが、同時にその内容は、農産物の生命体としての生育環境を整えるというものです。  したがって、こうしたことに十分配慮し、常に現地の条件を把握・評価しながら施工に反映していくことが重要です。
――事業費が限られる中でNN事業の将来は
坂井 生産基盤の整備に対する農家の要望は高まっています。必要な予算の確保に努めることは勿論ですが、私は整備の質を高め、コストを低減させていくことでカバーしていける部分もあると考えています。  そのために対象となるほ場一枚一枚の状況を細かく把握して、一率の整備ではなく現地に合ったものとなるよう弾力的に行っていくことが大切です。  また、先ほどご紹介した新しい技術や工法などを積極的に取り入れて効率を高めていくとともに、ストックマネジメントの技術によって既存のストックを長寿命化させることなど、今後重点的に取り組んでいこうと考えています。

農業農村整備事業に期待する波及効果(後編)

――地域経済の活性化にも大きく貢献

北海道農政部農村振興局 局長 坂井 秀利氏


 農業農村整備事業はいろいろな役割を持っている。前編では主に農業生産基盤整備が農産物の収量・品質の向上に大きく貢献している点を中心に伺いました。今回は農業農村整備事業の地域経済への波及効果や食料自給率向上にどの様な役割を果たしているかについて坂井局長に伺った。

――アメリカの金融経済の失敗により、世界中の勤労者が経済難民へと追い込まれる状況になっています。このため、かつてのニューディール政策のような即効性のある景気浮揚策が求められていますが、農業農村整備事業の経済効果は大きいのでは
坂井 三和総研による平成8年の調査結果ですが、農業農村整備事業(以下NN事業)の経済波及効果を、他の公共事業と比較すると、例えばNN事業で1兆円を投資した場合の経済波及効果は1.84兆円で、河川事業は1.79兆円、道路・街路等では1.32兆円との試算です。  そして、同じく1兆円を投資した場合の誘発就業者数は、NN事業は12.6万人、河川改修は10.5万人、道路改修では9.1万人との調査結果です。  これは、NN事業は地場中小企業への発注率が高く、地域経済に及ぼす効果が大きい上に、一般土木事業に比べて用地補償費の割合が低いという特徴を持っており、生産誘発効果、就業誘発効果が大きいということですね。
――それだけ雇用吸収力があるものと期待できますね。一方、公共投資削減で、連日のように建設会社は倒産しており、新たな失業者が生み出されています。そのため、各社とも他業種への参入を余儀なくされていますが、農業への施工会社の異業種参入と失職者受け入れの可能性は
坂井 平成19年9月現在の、道内農外企業の農業への参入概況を見ると、農外企業と関連のある農業生産法人は92法人となっており、参入数は近年増加傾向にあります。特に平成15年以降の増加が目立っており、参入企業の業種別では120企業のうち建設関連が4割以上を占めています。  営農類型別では畑作が36%、畜産が21%で、この二分野で6割近くを占めており、それに野菜が続いています。  参入の動機は、建設業では雇用対策で、食品関連や農産物販売などそれ以外の業種では関連部門の拡大や原料調達を理由としているものが多いですね。現在の厳しい経済状況の中で、建設業界からも農業への参入を考えている企業は多くなっています。そもそも建設業界の場合は、重機オペレータなど人的、物的資源をすでに所有しているため、有利な面もありますが、農業の技術、販路、資金、制度や法律など様々な課題もあることから、幅広く情報を収集・検討し、関係機関にも相談するなど、少しでもリスクを減らすよう準備することが重要です。
――建設から農業への参入は、成功事例もある一方で、収益状況が思わしくない事例も多く聞かれ、業界内では今でも懐疑的な声や否定的な反応も見られます
坂井 道では、建設業の支援に関する総合的な相談窓口として、北海道建設業サポートセンターを設置しています。それだけでなく、各地域にも農業参入に関する制度や支援施策、生産技術、農業経営等に関する相談窓口があります。まずは、それらを積極的に活用して欲しいと思います。
――成功した事例に見られるポイントは
坂井 道内のいくつかの成功事例を見ると、経営者の将来的な夢が農業にあり、「いずれは農業を」という情熱と、それを実現するため社会情勢に対する観察力を持っていたことです。そして、地元建設業としての長年の実績が「あの会社なら農地をまかせてもいい」という信頼感につながって地域での参入を促す大きな力となってます。また、地元の営農集団に一部作業委託したり、農業者の生産部会に加入するなど既存農業と共存しながら、地域に根を下ろした経営を心がけています。  一方、重機やオペレータの人材など建設会社の強みを発揮し、4〜6月などの農繁期には従業員を農作業に派遣して支援したり、暗渠排水施設、均平、区画整理などの基盤整備を、自ら実施して効果を上げた事例も見られます。  さらに、農業参入前から離農者を臨時雇用してきたことが「農業のわかる人材」の確保につながった例や、常勤の専任スタッフを核として技術習得に努めたことが成功の大きな要因となったケースもあります。
――「できるわけがない」と諦めて悲観的に捉えず、どうすればできるのかを現実的に模索する姿勢が大切ですね
坂井 公共事業の先行きが不透明な中、従業員の就労の場を創出し、確保していくための選択肢として、まずは広く情報を収集してみてはと思います。
――カロリーベースの自給率が200%に達する北海道は、かつては木材供給基地、後に石炭供給基地、そして今日では我が国の食料供給基地としての役割を高めつつありますね
坂井 近年、地球温暖化や多発する気象災害、発展途上国における食糧不足の深刻化や輸出規制、原油をはじめとした生産資源の高騰、輸入食品の安全性をめぐる問題などで、農産物をはじめとする食料自給に対する国民の関心がかつてなく高まっています。  そして現在、国においては食料農業農村基本計画の見直しが進められ、食料自給力の向上をはじめ農村の振興などについて幅広く議論されているところです。  北海道は、第3期北海道農業・農村振興推進計画で、平成27年度におけるカロリーベースの食料自給率の目標を242%に設定していますが、我が国最大の食料供給地域として目標を達成することが重要でありますし、生産性や品質を向上させ新たな作物の導入を可能にする農業農村整備事業の役割は大変重要だと考えています。  もとより、本道農業・農村は、安全・安心で良質な食料の安定供給をはじめ、国土や環境の保全、美しい景観の形成など多角的な機能の発揮を通じて、本道の地域経済を支える基盤として大きな役割を果たしています。  今後とも農業・農村が持続的に発展するためには「農地」「農業用水」「農業用施設」「自然環境」「農村景観」といった地域資源の持つ機能が十分に発揮されるよう、地域の特性や農業経営の特長を活かした整備が重要となっています。  私としてはこれらのことを踏まえ、新たな技術手法の導入や、個々の農地条件や経営形態に応じたきめ細やかな整備に努め、効果的・効率的な整備により地域の個性が輝く活気ある農業・農村づくりをめざしたいと考えています。

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