建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2007年1月号〉

interview

豪雨の多発化で急がれる治水対策

求められる治水整備の増額

国土交通省 河川局 局長 門松  武氏

門松 武 かどまつ・たけし
昭和22年11月16日生
東京大学工学部土木工学科 卒
昭和48年3月 建設省採用
平成9年4月  同 中部地方建設局河川部長
平成12年8月  同 中部地方建設局企画部長
平成13年1月 国土交通省河川局治水課長
平成14年7月    同  大臣官房技術審議官
平成17年8月    同  関東地方整備局長
平成18年7月    同  河川局長
日本列島は今夏、九州から関東の広い範囲で大雨に見舞われた。土砂崩れや土石流などの豪雨災害が相次ぎ、鹿児島、福井、長野県など7府県で死者27名、行方不明3名を記録、全半壊、浸水等の被災を受けた家屋は30府県で計8,391棟(7月31日現在)にのぼった。地球温暖化に伴い地球規模での異常気象が深刻な問題になっているが、気象庁の「異常気象レポート」は、わが国においても大雨の発生頻度が長期的に増加していることを明らかにしており、約100年後の日本の年降水量は西日本の多いところで約20%増加すると予測している。近年の豪雨災害は広域化しており、従来では予想もできなかった大規模水害が都市を襲うようになっている。これを防ぎ、被害を最小限にとどめるには工学的な対策とともに、行政側の危機管理体制の充実、住民の防災意識の高揚が重要だ。そこで治水事業の舵取りである国土交通省河川局長に今年8月就任した門松武氏に治水対策の課題、来年度の重点施策などを聞いた。
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▲7月豪雨における河川の出水状況
――昨年に続き今年も未曽有の豪雨災害に見舞われました。全国の被害状況はどうなっていますか
門松
7月15日から24日にかけて、九州から本州付近にのびた梅雨前線の活動が活発となり、長野県王滝村御嶽山で701o、富山県立山町で678oとなるなど、長野県、富山県では7月15日から21日までの7日間の総雨量が多いところで600oを超えました。
また、宮崎県えびの市で1,281oに達するなど、九州地方は18日から24日までの7日間の総雨量が多いところで1,200oを超え鹿児島県、熊本県、島根県、長野県では総雨量が7月の月間平均雨量の2倍を超える記録的な大雨となりました。梅雨前線豪雨により土石流や濁流にのまれるなどして死者・行方不明者数30名、家屋の被害は全壊291棟、半壊1,257棟、一部破損347棟、床上浸水2,153棟、床下浸水7,844棟を記録しました。国が管理している17河川で氾濫危険水位を、63河川で注意水位を超えました。土砂災害は1,038件の発生を見ました。住民の避難状況は、それぞれ累計で避難指示が12,707世帯、23,347人、避難勧告が96,015世帯、239,382人に及んでいます。
――政府は、早期の復旧に向けた緊急調査団を8月1日から3日間、現地に派遣しましたが、成果のほどは
門松
8月中に河川の被災箇所300箇所の現地調査を実施したところです。早急な復旧が必要な河川施設などに対する技術指導を行うとともに、長野県、鳥取県、島根県、鹿児島県の58箇所で災害関連緊急砂防等事業を約3週間で採択しました。本格的な台風シーズンを前に甚大な被害が発生したため、河川の場合、通常なら災害発生から現地調査、設計、申請書作成、復旧事業採択まで3か月かかるところを1ヵ月間に短縮して事業に着手しました。
――河川改修や砂防施設が功を奏した事例はありますか
門松
長野県飯田市の天竜川は今回、140戸が全半壊、70戸が床上浸水した昭和36年6月の梅雨前線豪雨を上回る流量を記録しましたが、その後、引堤が完成していたことにより被害を未然に食い止めることが出来ました。熊本県五木村の球磨川水系川辺川では砂防えん堤が約6,000m3の土石流、流木を捕捉し、下流の民家への被害はありませんでした。長野県岡谷市の天竜川水系大川でも同様の事例が報告されています。
島根県松江市では現在、神戸川と斐伊川の両河川を放水路でつなぐとともに、それぞれの上流で洪水調節のダム建設を推進していますが、未完成箇所で浸水被害が発生しました。完成していれば205ha、1,700戸の浸水は未然に防止できたはずです。
――ところで局長は就任の記者会見で「中流部の減災を含めた、流域一体となった対策を推進する」旨の抱負を述べられていますが、公共事業費が削減されている中、どのように取り組まれるお考えですか
門松
「基本方針2006」では、三つの優先課題の一つとして「安全・安心かつ柔軟で多様な社会の実現」を掲げ、「防災・減災対策を戦略的・重点的に進める」ことを明記しています。限られた投資余力の中で水害、土砂災害対策を効率的・効果的に展開するために、床上浸水被害、土石流被害の軽減対策、地震により発生するがけ崩れの緊急対策事業、ゼロメートル地帯における緊急津波・高潮対策のような深刻度の高い被害は早急に解消する必要があります。これら「人命や生活に深刻なダメージを与える被害の緊急解消」のため、概算要求では前年度対比23%増の2,105億円を盛り込みました。
さらに、これまでの整備手法にとらわれることなく、流域を一体的にとらえた水害・土砂災害対策の展開が必要と考えています。これまで治水事業と言えば堤防の内側だけのことを指していましたが、これからは実際に人が住んでいる堤防の外に治水の範囲を拡大することです。例えば、輪中堤の整備や住宅地のかさ上げ、堤防から水があふれても人家に被害が出ないように道路や鉄道を本線の堤防に次ぐ二の線、三の線の堤防として活用する方法も考えられます。
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▲洪水氾濫域減災対策
――流域一体の対策は、19年度政府予算の概算要求にも反映できましたか
門松
前年度対比19%増の805億円を計上しています。まず一つ目は「洪水氾濫域減災対策制度の創設」です。従来の「洪水を川から氾濫させない対策」に加え、「氾濫した場合でも被害を最小化させる対策」を実施する考えです。対象地域を指定し、土地利用状況に応じた氾濫対策等の地域全体の減災計画を地方自治体が策定します。先ほど触れましたように二線堤等の氾濫拡大防止施設の整備、鉄道や道路の活用、遊水機能の保全、排水ポンプの運転調整ルールの設定などに取り組みます。二つ目は、神田川(東京)、寝屋川(大阪)等、社会・経済の中枢となる都市部の浸水被害が頻発していることから、都市水害総合対策事業として洪水調節池と下水道施設を連絡菅でつなぐ、下水道事業と連携した浸水対策に取り組んでいきます。次に役場、警察署などの防災拠点が被災した場合、地域全体の災害対応機能が大幅に低下するため、保全対象が人家の有無にかかわらず、防災拠点のみでも採択できるよう急傾斜地崩壊対策事業の採択基準を拡充し、優先して保全する仕組みをつくります。
――「治水はマイナスをゼロにする事業」というのが局長の持論と伺っていますが、河川事業を従来の守りから攻めに転じる、まさに発想の転換が必要だということですね
門松
災害危険区域の土地利用の規制など河川法の改正や、新法創設による対策強化の検討も必要なので短期間にできるとは考えていませんが、在任中に道筋だけはつけるように取り組むつもりです。
――概算要求には地域の防災力を支援するソフト体制の整備が盛り込まれています。宮崎県日之影町のように、総雨量が1200oに達した昨年9月豪雨では、町が予め危機管理マニュアルを作成していたこと、地域住民の日ごろから消防団の防災活動に熱心だったこともあって、避難誘導がスムーズに行われ、人的被害を防いだケースがあります。避難情報の伝達ひとつを取っても工夫の余地がありそうです
門松
防災情報が伝達されても、避難する人は1割にも満たない場合もありますから、課題も多いのは確か。サイレンなどの伝達方法もさることながら、受け手の側に立った分かりやすい情報提供が大事だと思います。例えば、「警戒水位を突破した」といった表現では、なかなか伝わりません。それならいっそうのこと「破堤の1時間前」のほうがリアルで切迫感が伝わります。このほかカーナビの活用、防災モニターと浸水センサーの組み合わせ、動画像情報や川の水位縦断情報提供のシステム開発など多様な手段で情報の収集・提供に努めていきたい。自治体の成功例を集めた事例集を作成し、首長にprしていくことも必要でしょう。また、平時から防災意識の向上を図り、災害時に的確に行動できるようにするため、各種のハザードマップの緊急整備にも取り組み、21年度末までに作成する方針です。
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▲ハザードマップの策定状況
――わが国は三大湾の東京湾、三河湾、大阪湾の沿岸部に人口が集中し、ゼロメートル地帯に404万人が居住しているだけに、人知を超えた水害への対処が不可欠です
門松
ゼロメートル地帯では、一度堤防が決壊すると、水が回り込んでなかなか引かない状態になります。カトリーナが襲来したニューオーリンズでもそうでした。ゼロメートル地帯の高潮対策として、中枢機能が集積している地区において緊急的に耐震化対策を行う海岸耐震対策緊急事業の創設を概算要求に盛り込みました。
――湖沼やダムの水質改善にも力を入れるということですが
門松
アオコや濁水が発生すれば、なかなか元に戻りません。自然湖沼の場合、水道水や農業用水に利用するなど利害関係の調整がありますが、水環境をきれいにすると観光資源としても活用できる波及効果が期待できますから、具体的なアクションを起こしたいと思っています。

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