建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2006年4月号〉

interview

避難勧告発令の迅速化が課題

行政と住民と双方向での災害監視を

国土交通省 河川局 砂防部長 亀江 幸二氏

国土交通省 河川局 砂防部長 
亀江 幸二 かめえ・こうじ
本籍地 愛知県
昭和49年3月 名古屋大学農学部林学科卒業
昭和49年4月 建設省採用
平成2年4月 九州地方建設局大隅工事事務所長
平成4年10月 中国地方建設局河川部河川調査官
平成6年4月 河川局砂防部砂防課砂防事業調整官
平成9年4月 新潟県土木部砂防課長
平成11年9月 ネパール王国に派遣
平成14年1月 河川局砂防部保全課長
平成15年7月 河川局砂防部砂防計画課長
平成17年8月 河川局砂防部長
平成17年8月 国土交通省北海道開発局札幌開発建設部長
▲平成17年9月の台風14号による土砂災害
(宮崎県岩屋戸ダム上流)
――芋川地区の被害の大きさは予想外でしたね
 亀江
芋川流域などは、あまり地震が起きないと考えられていたのですが、そうしたところでも地震が起きるのです。 また、昨年は福岡県西方沖地震で、玄海島に大きな被害がありましたが、あの地域も地震の発生率が非常に低いと予想されていたのですが、実際には発生していますから、確率が低いからといって油断はできません。まして東海、東南海、南海地震など地震が起きると予想されている地域では、確実に対応していかなければなりません。
―― 一つの集落だけでなく、自治区そのものが消失するほどの大規模地震が起きていますね
 亀江
壊滅的な被害があった地域では、今なお避難している人が大勢いますから、集中的に安全基盤を整備していくことが必要です。しかしながら、ハード対策を進めるにも整備率が2割程度というのはあまりにも低すぎるので、さらに急速に進めていかなければならないのですが、予算と時間が非常にかかるので、選択と集中によりメリハリをつけて、重点的な事業を選別せざるを得ません。その意味でも最近災害が発生して崩れたようなところでは、次に豪雨があれば危険なので、そうした箇所を最優先しなければなりません。 また、近年はお年寄りなどの災害時要援護者が逃げ遅れるケースが非常に多いのです。まずはそうした人々のいる老人ホームなどの施設について、重点的に安全を確保していきます。 そのほか、流木災害というものも非常に多いのです。各地で山の整備、間伐などの手入れが滞り、管理が不十分との指摘が聞かれますが、それだけでなく川沿いに生えている木も土石流でえぐり取られながら流れ出し、それらが下流の橋梁に引っかかって氾濫源となるわけです。それによって被害が拡大するので、流木災害対策も重点的に進めなければならないのですが、これについては治山とも関連するので、林野庁の治山事業と連携してモデル地域を選定し、一緒に計画を立てて取り組む方針です。
――森林が土砂を食い止めると、一般的には考えられています
 亀江
森林があれば大丈夫と考える人が多いようですが、現実には大雨が降れば森林があってもなくても同じなのです。雨の量が少ないうちは確かに効果はあるのですが、いかに水分を土壌で吸収するとはいえ、満杯にまで水を含んでしまえば根こそぎ崩れてしまうわけです。 とはいえ、丸裸となった禿山では土砂流出が頻繁に起こるので、緑化は必要です。そこで、砂防工事でも山腹工などにより緑化を進めています。そして、容量以上の雨が降って崩れたときに備え、下流での砂防堰堤の整備などが必要です。 一方、中越地震では大雨で道路が至るところで寸断され、山古志村など中山間地域の集落が孤立化した事例を踏まえて、道路局と連携しながら災害に強い道路の確保を着実に進める必要があります。孤立化しても中枢施設が被災せずに機能するよう、安全確保を確実にするなど、集落の孤立化対策も重点の一つです。 それから重要な問題点として、被災者が避難する避難場所それ自体が実は危険な場所に位置しているケースがあるのです。香川県の被災事例ですが、避難場所を土石流が襲い、2名が亡くなっています。そのため、これを契機に全国の避難場所を総点検したところ、27,000箇所が危険箇所となっている実態が判明しました。そこで、危険箇所から避難場所を外して設定し直したのですが、それでも対処できないところが13,000箇所あるのです。 そのため、避難場所の安全対策に着手しなければなりませんが、これまでは人が居住していない建物は採択基準から外れているため、砂防事業の対象になりませんでした。しかし、18年度の新規施策として保全対象が避難所しかなくても事業ができるよう採択基準を拡充することにしています。そして、そうした避難所にきちんと逃げてもらうためのインフラ整備とソフト対策とを一体的に実施することを同時に進めることにしています。
――地震大国と呼ばれ、特に東海大地震の発生が懸念される首都圏にありながら、民間マンションの耐震偽装が発覚したのは皮肉な話ですね
 亀江
住宅局では家屋の耐震化を進めていますが、反面、建物は耐震化されても、地震によって裏山が崩れてきたのでは何にもなりません。そのため、裏山も同時に強固にする必要があることから、住宅局の施策と提携し、耐震化と土砂災害対策を合わせて行う事業を始めることにしています。 もうひとつは和歌山県、高知県など、前方が海で後方が崖という地形が結構あります。そうしたところは、避難するにも裏山を駆け上がるしかないのです。しかし、それは容易なことではなく、例えば北海道奥尻島の地震災害でも、高台に逃げ切れなかった人々が多く亡くなっています。したがって、裏山の安全対策と同時に、避難用の階段を設置したり、避難場所となるスペースを設けることが必要です。
――日本は火山列島とも言われます。雲仙普賢岳、三宅島、有珠山など、各地で噴火を見ましたが、特に壊滅的な被害を受けた三宅島などは、島民の復帰にかなり時間がかかりましたね
 亀江
活動が活発で重要度が高い30の火山については、ハザードマップができたので、それに基づき噴火したときにどうすべきかをハード・ソフト両面で検討し、「火山噴火緊急減災対策計画」を順次策定していくことにしています。 一方、ソフト対策について検証すると、去年も一昨年も避難は順調ではなかったのです。避難勧告が災害発生後に発令されている事例が多かったのです。平成16年の災害で、災害発生前に避難勧告が発令されたのはわずか14%です。昨年の台風14号では死者・行方不明者の出た11箇所中、一箇所しか事前に避難勧告が出ていませんでした。つまり、避難勧告のタイミングが大変難しいということです。事後の避難勧告では被害はなかなか防げないのですから、改善していかなければなりません。
――平地が少なく、宅地開発の余力が乏しいことも課題なのでは
 亀江
平成12年に土砂災害防止法が施行されました。これは平成11年の広島災害がきっかけです。広島市は周辺を山に囲まれた地形であるにもかかわらず、宅地開発などが活発で、大雨で土石流や崖崩れが起きて、新興住宅地がかなり被害を受けました。このため、そうした危険箇所での宅地開発を制限することを一つの目的としてできたものです。これに基づき警戒区域(イエローゾーン)と特別警戒区域(レッドゾーン)が指定されています。レッドゾーンは土砂の圧力が加わると人家が壊れてしまう危険なエリアで、イエローゾーンはそこから周辺に土砂が広がる地域です。これらは、都道府県知事が指定することになっており、現在、指定作業が進んでいるところです。 しかし、以前に触れた21万の危険箇所とは人家が5戸以上の地区だけを指しているのです。したがって5戸以下の地区や、現在は人家がなくても、今後に向けて開発するおそれがある地区についても指定しなければなりません。そうした地区を総計すると、52万箇所に上ります。現況では7千超の指定が済んだだけなので、まだまだ続けなければなりません。そして、危ない地区とはどこなのかを地域住民に認識してもらうことが大事で、周知徹底していかなければなりません。 一方、開発事業者側もそれを知らずに開発している場合があるので、危険箇所を公表することが重要です。そして、指定されたイエローゾーン全体に対しては避難場所や避難路を決めるなど、警戒避難体制を確立し、それを盛り込んだハザードマップを作成することも平成17年の法改正によって義務化されています。あとは避難勧告が的確に発令できるための支援をしていかなければなりません。 そこで、今年度からは土砂災害警戒情報というものを作成、発表しようと考えています。これは県の土木部局と地方気象台が連携して、警戒情報を作るというものです。雨が降るたびに危険な状況になったら、この情報をマスコミや市町村を通して住民へ伝えていくわけです。実際に、鹿児島県で去年から本格運用を初めており、去年の台風14号で実際にこのシステムが使われたのです。これをさらに改善しながら、全国に普及させようと考えています。 もう一つは住民の自主判断で土砂災害が起きるときには、古くから前兆現象というものが伝えられており、これを広く知らせて、自ら危ないと判断したときには自主的に避難し、被害を回避することです。 むしろ、住民が前兆現象を発見した場合には逆に市町村長に情報を伝えてもらい、避難勧告を決断してもらうことです。実際のところ、なかなか踏ん切りがつかずに事後になっていますが、住民からこうした情報を受ければ、市町村長も決断して避難勧告をすぐに出すことも可能になるでしょう。役場から住民への一方通行ではなく、双方向で情報を交換しながら、状況を把握していくことが大切です。
――地域コミュニティの力がものをいう局面ですが、反面、過疎化、高齢化が進んでいるので、その仕組みが維持されるのか心配もあるのでは
 亀江
コミュニティの大切さというのは災害時にこそ鮮明となります。情報の的確な伝達と早めの行動が何より大切です。ソフト対策は、昨年、一昨年の実態を見ればわかるように、まだまだ改善の余地があるのです。ですから今はどちらかというと緊急的にソフト対策に重点を置いて、上手く避難をしてもらうことが必要です。 ソフト対策とは、とりあえず命だけは助かるためのものです。また、砂防施設を整えれば安全度は高まりますが、多額の予算と時間が必要です。逆に施設がない地域では、いかにソフト対策が完成しても災害を受ける危険性がなくなるわけではありません。そのため、雨が降る度に避難しなければならず、毎度住宅が壊されるおそれがあり、永遠に逃げ続けなければならないことになるのです。ハード対策によって安全な地域を増やしていくことが基本的に大切なのです。

(以下次号)


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