国際会議「河川情報システム」(96/12)


《講演論文》

日本の河川行政と情報

建設省河川局河川計画課長 吉岡和徳 氏

吉岡 和徳 よしおか・かずのり
1946年1月4日生まれ、京都大学土木工学科卒、同修士課程修了
1970年建設省入省
1982年河川局開発課長補佐
1991年建設省大臣官房政策企画官
1995年河川局河川計画課長
【要 旨】
河川管理の基本理念は、自然公物である河川と人間の共存を図ることであり、合理的な河川管理を行うためには、水に関する情報を、河川管理者と流域住民とが常に共有することが、不可欠である。
日本は急峻な山地が多く、全国土の10%に過ぎない沖積平野に総人口の50%、資産の75%が集中しており、モンスーンと台風がもたらす「水」を適切にコントロールして洪水被害を軽減するとともに、必要な水の安定供給を図ることは、日本にとって極めて重要な課題として認識されているが、治水、利水施設の整備が十分達成されていない状況にあって、洪水被害の最小化を図るためには、情報の双方向交換は不可欠である。
また急峻な地形を流下する河川が大多数であり、年間を通じて安定した流量が得られないので、河川管理者は、利水を安定させるために、上流のダム群を始めとする水管理施設を、極めて精緻にコントロールすることが要求され、このため河川情報の円滑な運営が合理的な河川管理に欠かせない。
日本における河川に関する情報基盤の整備状況は、1級水系の雨量、水位、水質テレメータ、雨量レーダ、建設省通信回線であるマイクロ回線の設置などの基本的な観測網は整備を完了し、2級水系の観測施設は現在整備中である。また河川情報サービスについては、財団法人河川情報センターを通じて雨量、水位や洪水警報、水防警報、ダム貯留量等をリアルタイムで公表するなどの施策を進展させているが、最近の急激な電子情報に対応した高度情報化システムの構築については、今その発展途上にある。
日本政府は、1996年2月に「高度情報化社会推進に向けた基本方針」を決定し、光ファイバー網を2010年までに全国整備を完了すること等を内容とした国全体の情報インフラ整備の方向を鮮明に打ち出した。さらには情報公開法の制定作業も最終段階に入っており、情報サービスの新時代を迎える。
河川行政における情報化は、日本全体の情報化戦略と軌を一にしながら、より合理的に河川管理を行うための、基本的、かつ不可欠なツールであるとの認識のもとに、一層強力に推進することにしている。
平成9年度から始まる第9次治水事業五カ年計画では、この流れに沿い、新たな高度情報システム構築を推進し、開かれた河川行政を実現するため、管理用光ファイバー網などの情報基盤の整備を図り、情報の公開、提供や、システムの共有化を進め、関係機関や地域住民との双方向のコミュニケーションの確立を図る。
T 21世紀に向けた河川行政の課題
21世紀を目前に控え、我が国の河川行政は大きな転換期を迎えている。治水の現状を見ると、我が国の洪水に対する安全度は依然として低い状況にあり、また、低地への人口、資産の集中により被害ポテンシャルは増大している。
一方、急峻な山地が国土の7割を占めるといった水資源に恵まれない国土条件、近年の少雨化などを背景に渇水が頻発しているが、これに対処するための水資源の開発も欧米の水準などに比べ、低い水準に留まっている。
また、急速な土地利用変化などにともなう水環境の悪化、河川内での生物の多様な生息・生育環境の減少、水循環系の変化など河川及び流域における環境問題への対処は河川行政に課せられた大きな課題である。更に、地域と河川の関係の希薄化は、都市部における河川の役割の増大と裏腹に進行しつつある。
こうした河川を取り巻く厳しい環境の中で、21世紀の新しい河川行政を展開するためには、大胆な政策転換を行い、関係機関との連携のもと、広域的かつ総合的な河川整備を推進することが求められている。このため、平成9年度から実施される第9次治水事業五ヶ年計画においては、流域の視点に立って人と水の関わりの再構築を図り、「健康で豊かな生活環境と美しい自然環境の調和した安全で個性を育む活力ある社会を実現する」ことを目指し、特にこの中で、21世紀に向け、流域の視点の重視、連携の重視、河川の多様性の重視、情報の役割の重視の4つの基本認識に基づき、今後の河川整備を進めることとしている。
このうち、河川行政における情報の役割の重視は、危機管理だけでなく、365日の河川管理のあらゆる側面に関わる重要な課題であり、このためには単に情報機器の整備といった即物的な側面に留まらず、広く行政システム全般における人と情報の関係の再構築が必要となっている。
U 河川行政における「情報」の重要性の認識
河川行政に関係する情報の種類は、課題別に洪水対策、水利用、河川空間利用に分類され、さらにそれらを支える内部の河川管理事務がある。
合理的な河川管理がなされるためには、河川の状況を熟知した河川管理者と、河川の利用者でかつ洪水防御時の責任者である地域住民とが、洪水の状況や堤防やダムなどの洪水防御施設の能力程度の情報を共有することが不可欠である。
一方、日本の大部分の地域では、必要な水需要量に対して確保量は慢性的に不足しており、このため、水利用者間の配分量調整を行うことが、河川管理者にとって極めて重要な責務となっている。このため、ダムの貯留量を始めとする水確保量に関する現状や予測について、水利用者(住民)と情報を共有することが、調整を成功させて有効な水運用を行う上で欠かせない。
また、河川管理者は、河川の高水敷や水面を利用する市民にとって必要な情報を提供する責務を有している。
これら3つの課題を達成するためには、現在の河川管理事務の内容を一変させ、電子的な管理体制に移行することがより質の高いサービスを実行する前提と考えており、今これの整備の途上にある。
V 日本の河川管理と情報との関係の現状
1 洪水管理 日本は急峻な山地が大部分で、全国土の10%に過ぎない沖積平野の人口の50%、資産の75%が集中している。これらの地域は洪水被害を受けやすい低地で、1985年から1994年の10年間の全国での洪水被害は、平均して6,545億円(平成2年度価格)に上る。

図−1 洪水被害グラフ


これらの地域は上流のダム群、遊水池と堤防によって防御しており、河川管理者は、1級水系は建設大臣、2級水系は都道府県知事が建設と維持管理責任を有している(河川法)が、洪水来襲時の水害防御行為は「水防法」の規定により、防御エリア内の自治組織が責任者となっている。
従って河川管理者と水防管理者(住民)との濃密かつ迅速な情報交換が行われることが、水防システムのなかで不可欠の要素となっている。

図−2 洪水防御システム


2 水資源管理
河川内に存在する流水を利用する者は、「河川法」の規定に基づき河川管理者の許可を必要とするシステムになっていて、一元的に河川管理者に許可権を集中させており、水の私権を認めていない。1896年に河川法が成立するまでの流水の権利者は、近代までは地域で土地と密着して生活していた農業経営や漁業者などが独占していたが、その後の上水道用水、工業用水などの都市用水の必要が増大してきたため、従来の権利者の権益を保全しつつ、新たなダムなどの水開発施設を新規に建設して、新しい水需要を充足して来ている。
このような歴史背景を反映して、渇水時の河川管理者の権限は、河川法の規定では調整権限の規定はあるが、裁定権限は付与されていないことから、渇水の際にはそれぞれの水権利者の自主的調整を待つことになるので、ダムの貯水状況など流域の水情報を河川管理者と水利用者(市民)が濃密に共有する事が、円滑な水運用を可能にする根幹的な課題である。

図−3 水利用者と河川管理者の権限関係図


3 河川利用者情報サービス 河川空間は身近なレクリエーションの場として、広く利用されているが、今後これまで利用されていなかった水上レジャーを中心に利用度が増加することが推計されており、利用者に対する利用案内などのサービスが今後、飛躍的に要求されると推定される。

図−4 河川敷利用者数の変遷図
W  河川行政の高度情報化への取り組みの現状と方向
1 雨量データ観測システム @ 雨量  日本全土を網羅する気象庁の気象業務法に基づく雨量観測システム(amedas)は、全国1,316箇所(平成8年9月現在)、平均17平方キロメートルに1基設置されているが、洪水対策としてこれを補完する建設省所管の雨量観測所は2,885箇所(平成8年9月現在)設置され、その大部分はテレメータでオンライン配信されるシステムがすでに構築されている。
従来、気象庁所管の雨量と建設省所管雨量計、あるいは地方自治体が設置したデータラインで活用するシステムが出来ていなかったが、地方自治体とのオンライン接続については、平成8年度から5カ年計画で情報システムの整備を概成させる予定である。また、気象庁とのオンライン接続については、建設省と気象庁は共同で水防活動の利用に適合する予報を実施していることから、平成8年4月に「洪水予報にかかる建設省・気象庁連絡会」を設置したところであり、洪水予報、気象・水文観測情報をオンライン接続することを検討している。
また、全国23カ所に雨量レーダーを配置し、一部を河川情報センターを通じて配信をしているが、現在は精度の向上、洪水流出の自動予測、降雪地域での降雪状況の観測実用化などの研究を急いでいる。

図−5 雨量レーダー観測網

A 水位、流量  全国1級109水系の基準地点に水位、流量観測所を設けており、水位の計測結果をリアルタイムで送信している。1級水系には、基準地点の他、補助観測地点を設けており、観測データ数は20,821である。このほか、1級水系には建設省所管のダム(小規模生活ダムを含む)、堰が合計で234箇所あるが(平成8年4月1日現在)、これらの貯水位、流入量、放流量もリアルタイムで送信されるシステムになっている。
2級水系についても、1級水系と同様なシステムが、都道府県で構築されつつある。 B 水質
水質データの観測は、水質汚濁防止法に基づき、都道府県知事が、毎年、国の地方行政機関の長と協議して、公共用水域及び地下水の水質測定計画を定め、統一的、効率的に水質汚濁状況の監視を行い、公表している。
河川管理者は、流水を利水者に配分する責任を有するところから、シアンなどの流出事故に対応出来るよう測定計画箇所以外にも水質観測点を設け、一部は24時間の自動監視を実施している。さらには今後5カ年以内には、重要な上水道用水供給河川においては、魚やバイオセンサーによる毒物監視システムを導入し、管理用光ファイバーを通して、常時監視システムの完成を図ることとしている。
2 通信、管理用回線網の整備
@ マイクロ通信回線  現在管理用通信手段としては、建設省独自のマイクロ回線を運用している。この回線は阪神淡路大震災を始めとし、大震災時にも確実に稼働し、高い信頼性を保持している。
今後はこのマイクロ通信回線のディジタル化、二重化を推進するとともに、これを利用したマイクロ電話の移動通信システム(k−cosmos)の配備を急ぐことにしている。

図−6 マイクロ通信回線網 (省略)

A 光ファイバーケーブル  河川管理用光ファイバー網は、雨量情報や洪水や渇水などの画像送受信のほかに、堤防や水門、排水機場などの施設管理に、また水質等の監視などに河川管理用として、さらには流域との双方向通信の手段として必要であり、今後道路管理者、下水道管理者などと調整しつつ、光ファイバネットワーク基盤を形成する計画で、このうち河川関係では平成7年度末までに約600qを完成している。
2010年までに総延長を約500,000qまで敷設する計画で、五カ年計画では約11,000qを予定している。なお、政府の高度情報化推進本部で決定した方針は、2010年までに光ファイバー網の全国整備を図ることにしており、光ファイバー通信事業者の要請があれば、河川空間の専用について許可する方向で現在最終調整段階にある。
3 河川情報公開システムの高度化
雨量、水位、警報などのリアルタイム洪水情報や、ダムの貯留量などの渇水情報は、財団法人河川情報センター(frics)を通じて地方自治体や一般市民に有料配信している。このシステムは1986年に開発した画像提供方式(キャプテンシステム)で全国4,000台の端末に24時間体制でサービスしており、平成6年度には約900万件のアクセスがあり、洪水や渇水対策を支援している。
このシステムは、サービス開始以来、本年で10年を経過した柔軟性のないシステムであるので、次世代型システムであるデータ通信方式(受信側で2次処理が可能)に全面的変換を果たす計画であり、平成9年度から5カ年以内には新システムへの移行を完了させる。

図−7 fricsの提供画面


また、平成9年度から、防災情報の各戸配信の可能性を検討するため、郵政省と共同し、一定規模の住宅団地に対し、新たに敷設する光ファイバーおよびcatvネットワークを介して、震度、河川水位、雨量等の防災情報を提供するモデル実験を実施する。

@ 対象地区:神戸市北区鹿の子台
A 対象戸数:約300戸
B 実験実施時期:平成9年度より3年間
C 配信情報の内容:
(イ)防災情報 ・レーダー雨量、河川水位等、河川情報センターで現在保有している防災情報
・震度情報(平成9年度内に提供)
(ロ)自治体行政情報(神戸市が実施) ・神戸市政情報、神戸観光案内、震災記録等
(ハ)電子新聞 ・新聞様式のデータ配信。写真や広告をクリックすると、関連する映像も見ることができる。

4 水質、水文データベースの 標準化、構造化
雨量、水位、流量や水質データについては、「水文観測業務規定」に基づき観測、収集、整理を行っているが、現在これらは統一的な方法で、電子的な構造化、標準化がなされていない。このため、データは電子化されていても共用できない構造になっており、また公表している「流量年表」「水位年表」「水質年表」は紙データとして作成されており、リアルタイムデータなどを始めとして電子的な方法では流通、公表がされていない。
業務の高度化やデータの公開、河川以外の機関が収集したデータの共同利用のためには、電子データの構造化、標準化が必要であるので、各機関の支援、評価を得て日本スタンダード構造を制定すべく作業中である。一次案の完成は1997年3月を目標としている。
5 公開型水質、水文データベースの開発
水質、水文データベースの標準化、構造化の完成後、これを活用して公開型水質、水文データベースを作成し、一般に提供するシステムを開発する。
一次案の作成は1997年度末までに完成させて、各学会、利用者の評価を得て、システムを完成させる考えである。
6 ハザードマップ
これまで、全国の1級水系と主要な2級河川において、過去の浸水実績区域を表示した「浸水実績図」や洪水氾濫シュミレーションを行い浸水区域を予想した「浸水予想区域図」、計画高水位より低い沿川の地域が浸水すると仮定し、浸水区域を表示した「防御対象氾濫区域図」などを河川管理者が公表してきたが、1994年より、これらを利用し避難、誘導に直接役立つ「ハザードマップ」の市町村作成を、河川管理者が支援するシステムを設けて、引き続き推進することにしている。

7 河川水辺の国勢調査
全国の1級水系と2級水系において、1991年から、河川の環境を定期的、継続的、統一的にモニタリングを行っているもので、その内容は河川の水際部や瀬と淵などの河川調査、魚介、植物などの生物調査、河川空間利用実態調査などであり、毎年調査結果をとりまとめて公表している。

図−8 河川水辺の国勢調査リスト

D 結  び
河川情報に関して、河川管理者と住民との双方向コミュニケーションのこれまでの成果とこれからの課題と方向を述べてきた。これらの課題を達成するためには、すべての河川管理に関する業務を電子化し、calsあるいはcals的な手法に業務内容を変化する必要がある。これにはまだ緒についたところである。しかし洪水や渇水が非日常化しつつある中で、必ず生起するであろう大洪水や大渇水時に、被害を最小にするために情報が果たす役割はますます大きくなってきており、建設省では、関係省庁、自治体などと協力しながら計画的、かつ重点的な整備を図る考えである。
国際会議「第2回河川情報システムに関する専門家会議」へ
HOME