〈建設グラフ2006年3月号〉

interview

危険地帯の解消に向け急がれるインフラ整備

整備率は全国ベースでたったの2割

国土交通省 河川局 砂防部長 亀江 幸二 氏

国土交通省 河川局 砂防部長 
亀江 幸二 かめえ・こうじ
本籍地 愛知県
昭和49年3月 名古屋大学農学部林学科卒業
昭和49年4月 建設省採用
平成2年4月 九州地方建設局大隅工事事務所長
平成4年10月 中国地方建設局河川部河川調査官
平成6年4月 河川局砂防部砂防課砂防事業調整官
平成9年4月 新潟県土木部砂防課長
平成11年9月 ネパール王国に派遣
平成14年1月 河川局砂防部保全課長
平成15年7月 河川局砂防部砂防計画課長
平成17年8月 河川局砂防部長
平成17年8月 国土交通省北海道開発局札幌開発建設部長
近年は、台風、豪雨、洪水、地震と災害続きで、年末からは大寒波と豪雪など、これまでに異常気象とみなされてきた気象、天変地異が、今や異常気象とは呼べないほど身近な現象となっている。それだけに、比較的に地味な存在だった砂防事業の重要性が高まっており、砂防整備は時代の要請ともなっている。そこで、全国の砂防行政を担う国土交通省河川局の亀江幸二砂防部長に、今日の砂防事業の課題と今後に向けての対策などを伺った。
▲平成17年9月の台風14号による土砂災害
(宮崎県岩屋戸ダム上流)
――日本は、国土のほとんどが土砂災害の危機にされされており、特に今年は各地で豪雪被害があり、昨年は豪雨や台風などの被害もありました。
亀江
土砂災害にも土石流や地すべり、崖崩れなどいろいろあるのですが、原因も雨による土砂災害のほか、台風、あるいは地震によって山が崩れたり、あるいは地盤が緩んだあとに雨が降って崩れるなど、様々なケースがあります。
そのほかに火山もあります。火山地域は火山灰や火山岩などの火山噴出物でできているので、非常にもろく、活動が活発でなくても土砂災害が起きやすいわけです。まして噴火して火山灰が積もれば、雨が降るたびに泥流や土石流が発生します。また、融雪もあります。今年のように大雪が降ると春先に融け、地面に浸透して地すべりが起きたり、山が崩れるなどの被害が起きます。
一方で、今年は全国的に大雪ですが、雪害のひとつに雪崩災害があります。砂防部では、集落を襲うような雪崩によって人家あるいは人命を失うことを予防すべく、雪崩対策事業も砂防事業の一つとして取り組んでいます。
――去年の暮れから大雪が続いているので、雪崩が懸念されています
亀江
今のところ、1月第三週の時点で50件の雪崩が発生しています。昨年の12月から降り続いて一気に記録を更新するような積雪となっています。大規模なものはあまりありませんが、雪崩によって、負傷者が13名、家屋も6戸が一部損壊と報告されています。集落雪崩と呼ぶ人家・住宅周辺で発生した雪崩が、このうち16件あります。これからが冬本番という時期なので、引き続き注意が必要ですね。
集落雪崩で、人が亡くなった雪崩は昭和61年以降はありません。もともと雪が少なくなり、暖冬が続いていたので、雪崩による死亡者はいなかったのですが、今年は注意が必要です。
――日本は年間を通じて、何が発生しても不思議ではない状況ですね
亀江
そうです。特に平成16年が飛び抜けて土砂災害の多い年でした。これは土砂災害に限りませんが、台風が10回も上陸したほか、新潟福島豪雨や福井豪雨もありました。そして最後の極めつけが中越地震です。その結果、2,537件もの崖崩れ、地すべり、土石流による土砂災害を記録しました。
中でも、崖崩れが非常に多く見られますが、崖崩れは人家の裏山が崩れる災害で、規模はあまり大きくはありませんが、多数発生するのが特徴です。崩れた土砂が直撃して、家屋が潰れ、人命が失われる場合が多く、人命に関わる災害なのです。
――日本の地形は、集落の後ろに山脈が控えていることで共通していますね

亀江
それだけ平地が少ないということが、日本の国土の特徴なのです。日本は地形が急で、地質も弱いので基本的に土砂災害が発生しやすく、その上に大雨や大雪が降れば、さらに被害は拡大するのです。去年は台風14号で記録的な大雨が降りました。年間トータルの土砂災害発生件数は平年並みでしたが、台風14号関連の雨は、各地でかなりの被害記録を残しました。
地すべりというのは、大きな土砂の塊が徐々に動く現象なので、人命に直結することはあまりありませんが、規模が大きいので被害も大きくなります。一方、土石流は流れ下ってくるものですから、衝突すれば相当の破壊力があり、これも人命に関わります。このようにインパクトがあり、エネルギーもあるので、平均すると自然災害の中で半分近くの人々が土砂災害で亡くなっています。去年の台風14号に至っては、29人が亡くなっており、うち22名が土砂災害で命を落としています。
――近年は災害が増加傾向にあるのでしょうか
亀江
雨の降り方も地球温暖化や異常気象などと言われていますが、1時間に50mmや100mmという集中豪雨が、10年単位で検証しても増えてきているのです。「バケツをひっくり返したような雨」とよく表現されますが、地球温暖化などの影響で、大雨が増加し「21世紀は災害の世紀」といわれていますが、災害の増加が心配されます。
――他国の砂防への取り組み状況は
亀江
技術協力は、インドネシアや、ネパール、フィリピンで盛んに行っており、中国、中南米のベネズエラ等々でも技術協力を行っています。世界各国の中にも、土砂災害に悩まされている国があるということですね。私もネパールにjicaの技術協力プロジェクトのチーフアドバイザーとして、2年4ヶ月ほど従事しました。 「sabo」、「砂防」ということばは、世界の共通語となっています。砂防を英訳すると、エロージョンコントロールやエロージョンアンドセディメントコントロールなどと、非常に長い名称になるのです。侵食、堆積などの制御を意味するのですが、それよりも「sabo」の方が短く使いやすいので定着しました。
――地震の発生状況などは
亀江
南アジアは、背後にエベレストが控えており、ネパールなどはまさに壁のような急な地形です。地学的に見ると、かつては孤島だったインド半島が南からプレートに乗って流れてきて、ユーラシア大陸にぶつかり、さらに押していったわけです。その圧力によるしわ寄せがチベット高原であり、中国との国境にヒマラヤ山脈がそびえています。ネパールはその境に位置します。ヒマラヤの最高峰はエベレストで標高8,848m、最低では100m以下と落差が極端であり、非常に急峻です。しかも圧力で隆起したので、地質的にもろいのです。
――日本の山脈は
亀江
日本も基本的にはプレートの境にある島なので、各方面から押されて複雑な地形になったことでは似ていますね。 地盤が安定するためには長い年月をかけて雨が降り、徐々に削って地形がなだらかになり安定していくのですが、地形の変化の方が激しいために、アンバランスも甚だしいわけで、雨が降ればどんどん崩れます。日本も同じように隆起した地形が多く、しかも火山もあるので不安定な地域がたくさんあるわけです。砂防土砂災害は世界共通の悩みであり、必要な地域が多いということですね。
――国策として、どう対処していきますか
亀江
有識者で構成された検討委員会を発足し、提言をいただいているところです。土砂災害対策というのはソフト対策とハード対策の2つに大分されており、これらによって、安全な場所を作ったり、避難して人命だけでも守っていこうとしています。 日本は危険箇所が多い中で、徐々に危険地域を減らしていかなければなりませんが、整備率は、いまだに2割でしかありません。まだまだ多くの危険箇所が放置されているわけですね。例えば、昨年の台風14号で、人的被害の出たところが11箇所もあるのですが、うち10箇所は砂防施設がないのです。施設が全く不十分であるために被害が起きているのです。整備率が100%に到達するのが最も良いのですが、しかしかなりの予算と時間がかかるので、主に警戒避難によって人命を守らなければならないというのがソフト対策です。 また、危ないところでの宅地化を抑制し、場合によっては危険箇所から安全なところに移転していただくソフト対策も組み合わせながら進めていかなければなりません。 ハード対策では、施設のできているところはさすがに効果が高く、例えば去年の熊本県の災害の例では、砂防堰堤の下に温泉街がありますが、土石流を鋼製のジャングルジムのような形の堰堤で止めていたお陰で、無事でした。 ただし、土砂だけではなく大量の流木も流れてきますが、全てを止めなくても無害に流れていくものは流し、粗いものや大きな流木を止められるような施設整備を考えています。
――山から崩落してくるものを、全て食い止めるという発想は、変更するのですね
亀江
よく誤解されるポイントですが、砂防は土砂の流れを止めることが目的ではなく、むしろ安全に流すことが目的なのです。簡単に言えば、被害を生じさせないように土砂を流そうとしているのです。
とかく砂防堰堤が満杯になると、役目が終わったと思われがちですが、満砂したら機能が停止するのではなく、満砂によって勾配が緩くなるため、土砂の流れもかなり緩やかになるのです。勾配が緩やかになることによって、言わば川がおとなしくなるという効果があるわけです。
――熊本県の山川温泉など、秘境温泉というのは日本全国にありますが山沿いに位置することが多いので、観光・湯治などの観点からも、重要ですね
亀江
日本の典型的な地形というべき中山間地域の地形ですね。施設が効果を発揮しているかどうかは、災害がなければ判然としないため、まさか堰堤で土石流が止まっているとは思わず、それを知らない人がたくさんいるわけです。そこでパンフレットなどを作成してprしています。砂防の専門家は上流の状況などを巡視していますが、やはり地域住民の人々にも関心を持ってもらうことがまず必要です。

(以下次号)


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