建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年12月号〉

特別企画・大滝ダム
自然災害を土木技術でどこまで減らせるか

古都奈良を洪水から守る

バラエティーに富んだ新技術

国土交通省近畿地方整備局 大滝ダム工事事務所

昭和34年9月の台風15号(伊勢湾台風)により、紀の川流域は未曾有の大被害を受けたことから、洪水調節の必要が生じ、昭和35年4月に建設省による予備調査が開始された。その結果、昭和37年4月には大滝ダム調査事務所が発足して実施計画調査に着手。昭和40年4月には大滝ダム工事事務所へと改組。いよいよ建設事業に着手した。昭和63年には大滝ダム本体工事がスタートし、平成8年11月に本体打設を開始。平成10年4月25日には定礎式を迎え、14年8月8日には最終打設を完了した。

紀の川流域は、伊勢湾台風による大被害のみでなく、近年になっても平成2、4、6、7、8、12、13、14年と渇水が頻発。その度に流域住民の生活にさまざまな打撃を与えてきた。特に平成6年6月から9月にかけて全国を襲った猛暑は、最高気温、最小降雨量の記録を塗り替え、紀の川本川も、川底が現れるほどの渇水に見舞われる異常事態となった。
このため和歌山県、奈良県では、多くの世帯で給水制限が行われ、翌年の渇水でも、平成6年とほぼ同じく広範囲の地域で取水制限が行われるなど、立て続けに生活に大きな傷害をもたらした。
地元では、今後の人口増加や下水道整備に向けて、より多くの水資源が必要になるのは確実だが、現在の猿谷ダム、津風呂ダム、大迫ダムの3ダムの貯水量では、不足が予想される。そのため、大滝ダムの完成に期待が寄せられている。

▲昭和34年9月 大滝ダム計画の発端となった
伊勢湾台風(吉野町上市付近)
▲山津波により民家16戸が被災、
約60人が生き埋め(川上村高原付近)
最大級の台風と洪水に対応できる調節機能
大滝ダムの計画では、流水の年超過確率を紀ノ川下流部基準地点である船戸で1/150、中・上流部と貴志川で1/100と決定。基準地点である船戸における基本高水量の16,000立方メートル/sを、大滝ダムとその他のダム群で調節。計画高水流量12,000立方メートル/sとすることにした。これは、大型台風に伴う最大級の大洪水に対応できる規模である。
奈良盆地の諸都市や、和歌山市及びその周辺地域は、いずれも京阪神地区より1時間圏内で衛星都市として人口増加が著しく、生活水準の向上とあいまって、水需要は増加の一途をたどっている。また、度重なる渇水と、それによる生活環境の悪化が生じたことから、小雨に備えた水資源の確保が必須だ。
そこで、大滝ダムは上水道として奈良県に3.5立方メートル/s、和歌山県に0.45 立方メートル/s、橋本市に1.0 立方メートル/s、和歌山市に1.54立方メートル/sを、また工業用水として和歌山市に0.51立方メートル/sを供給する。
7.0立方メートル/sの流量とは、その流量を1日供給した場合、人が1日に必要とする飲料水、入浴・炊事用水を約600リットル(コップの水約1,200杯分)と仮定すると、約100万人分を捕える量に相当する。
▲水不足でプールの休業も
クリーンエネルギーの開発
大滝ダムの建設に伴って新設される大滝発電所では、最大出力10,500kwを水力発電によって供給する。同じ電力量を火力発電所で出力した場合は、放出されるco2(二酸化炭素)を自然の森林効果で減らし、浄化するために、約14,000haもの森林が必要となる。
自然との融合をめざした新技術
ダム周辺の自然的景観の演出のためには、自然との共生をめざすフロンティア技術の研究開発が技術公募によって官民共同で行われている。
特に人工岩・人工石の開発、技術の簡素化、施工の省力化、耐眠性・耐久性の強化、メンテナンスフリーなどが当面の課題とされる。
これら新技術の開発により、労力の削減、工事工程の短縮が可能になるほか、主放流設備を5門から3門にするなど経費を削減に努めてきた。また、基礎掘削岩の骨材への利用や、スラッジの緑化土壌への転用を図ることによって、コスト縮減に貢献している。
擬岩・擬石で渓谷美
東川連絡道路の工事では、構造上の問題から川側に大規模な垂面壁をつくらざるをえなかった。しかし対岸には木工体験宿泊施設「トントン工作館」があることから、天然素材に代わり得る人工岩盤による修景を行っている。護岸構造物として充分な耐久性を持つ新素材の開発により、これまでにはなかった渓谷美が創出された。
▲東川
高流動コンクリート、プレキャストで技能者不足をカバー
コンクリート施工は大きな労力と手間を必要とする。しかし、熟練技能者の減少、高齢化の問題もあり、確実で作業性にすぐれた施工技術の開発が課題とされてきた。そこで、より流動性に優れ、材料分離も生じにくい高流動コンクリートを使用し、プレキャストの周囲や狭小で困難な作業となる堤内放流管周りのコンクリート充填に役立てる技術の導入を検討し、一部実用化されている。
また、合理化施工を考慮してギャラリー、ゲートハウス等は、プレキャスト化を実施している。これにより作業の安全性の向上と効率化が図られた。
ひび割れ防止のためコンクリート冷却施設
ダムのような大量のコンクリートを打設する構造物では、コンクリート内部の発熱によるひび割れの発生を防ぐため、特別な対策が必要となる。
大滝ダムでは、コンクリート温度を下げるための方策として、気化冷却設備を用いたプレクーリング設備を設置した。
初の油圧式クレストゲートと予備ゲートへのスライドゲートを採用
大滝ダムは、景観設計の観点から、ダム天端からの構造物の突起をできるだけ抑えるように設計している。クレストゲート関係の設備も堤体内のスペースに納めるために、コンパクト化を図る必要があることから、日本では初めての油圧式クレストゲートを採用した。
また、常用洪水吐の予備ゲートには、日本で初めてスライド式ゲートを採用し、軽重量に努め経費の削減を図っている。
環境にやさしい技術 自然環境への配慮
ダム周辺地域に広がる自然に与える影響を最小限に抑えるべく、自然環境へ配慮したさまざまな取り組みを行っている。特に貯水池から放流される水に対し、放流設備を工夫するなど下流域への自然と生態系への影響を考えた取り組みがされている。
間伐材を利用した木製法枠工法
吉野杉が育成される過程で生まれる間伐材を、建設事業の中で多角的に活用している。間伐材の活用は森林資源の有効利用につながり、将来は土に戻って桶物の養分になる自然のリサイクルにも合致している。これを道路整備、公園整備、河川整備その他、地域活性化に向けて広く活用している。
大口径放流管の採用
大滝ダムは、日本有数の多雨地帯である大台ヶ原からの流量を洪水処理する必要があり、一方、合理化施工の観点からできるだけ門数を減らすことを考え、主放流設備としては、国内最大級の高さ6.3m、幅5.0mの大口径放流管(3門)を採用している。
トイレは土壌浄化式
建設ステーションのトイレなどに、土壌のもつ物理化学的機能と土壌中に生息する微生物の生物化学的機能を浄化作用に意識的に利用した、上壌浄化式水洗トイレを採用している。
岩塊の活用
ダム周辺のさまざまな構築物が周囲の景観に溶け込むよう、大滝ダムでは水路、工事用道路の表面保護や階段などに対して、堤体掘削にともなって発生した岩塊を石積(石張)材料として使用している。
これによって岩鏡の処分量が減る上に、コンクリートで作るよりも自然で景観上美しい構造物となる。
クマタカの自然観察施設
ダム周辺地域の自然保護の観点から、この地域の来訪者に絶滅危惧種であるクマタカ等に興味を持ってもらい、その保護に努めるため、自然観察施設などの整備を地元との調整の上で行っている。
緑化への取り組み
ダムサイト掘削斜面や道路の切上斜面などの緑化対策として、間伐材を利用した緑化、テクソルグリーン工法(法面枠に植物の根の連続繊維を大量に混入し基盤を補強したもの)、エコパック工法(大型プレキャストブロック内に洪水地内の有用上を使用した植生マット付き土のうを積んだもの)、ネオエコグリーン工法(エコパック工法を合理化、機械化したもの)などを取り入れている。
▲親水公園の護岸に使用(北塩谷)
放流施設の工夫
貯水池の水温は水面の方が高く、深い所では低くなる。また、大雨の時などは濁った水がダムに流れ込む。このため、ダム下流の水温の変化や汚濁といった河川の生態系への影響を極力避けるため、適温できれいな水の層を選んで流せるよう取水口の標高を変えることができる選択取水設備を設置している。
その取水範囲はel.321 (常時満水位)〜el.271(最低水位)で、50mにも及ぶ。
カスケード方式の減勢放流施設
水位維持放流設備からの放流水は、右岸導流壁内の減勢槽から横越流方式で減勢池に放流されるよう設計されている。「カスケード」は小さな滝の意味で、まさに滝が流れているような景観が創出された。
技術交流で国際社会に貢献
ODA(政府開発援助)の技術協力の一環として、開発途上国の行政官や技術者への専門技術の向上を目的とした国際研修がjica(国際協力事業団)等を通して実施されている。また、受講生が滞在期間中に近畿地方の歴史文化に触れることは相互の理解を深める一助になり、近畿地方と開発途上国との友好関係を促進する役割を果たしている。
大滝ダム工事事務所では、社会資本の計画分野や建設技術に関する現地の研修にも積極的に協力している。
より確かな治水・利水をめざして河川総合開発事業調査
河川総合開発事業調査は洪水調節による下流洪水の軽減、水資源の広域的で合理的な利用の促進など、紀の川総合開発の一環を担うことを目的として、昭和38年度より紀の川上流において予備調査が進められた。この調査は紀の川水系工事実施基本計画(昭和49年3月)においても、河川の総合的な保全と利用に関する基本方針として述べられている。これまで地質、地形、環境などについて調査が行われてきたが、引き続き予備調査を実施する。
▲利水放流設備(選択取水ゲート)
水源地・川上村の活性化に向けた村づくりと地域特性を生かしたイベントづくり
大滝ダム建設が進められる川上村は、奈良県の東南部に位置し、面積は約270k平方メートルで、大阪市より広い面積を持つ。
川上村は、古代には「神瀬」「加美」などと呼ばれ、奈良時代には多くの天皇が行幸するなど、「古事記」や「日本書紀」などにも登場する。この他、皇室に関する由来も多く、特に南北朝時代の後の時代(後南朝)の悲話にまつわる史跡も数多く残っている。
この他、秋田杉・木曽の檜と並ぶ「日本三大人工美林」のひとつである吉野杉の産地として知られており、500年にわたる精根こめた森林が連なり、美林の里として独特の文化を育んできた。
川上村では、ダム建設を契機に、村の魅力に新たなパワーを吹き込んだ次代の村づくりが始められた。基幹産業である林業を守りながら樹と水と人の共生をめざす豊かな水源地の村として観光化による村おこしが進められている。これによって雇用の場をつくり、若者の定住をはかるとともに、村民が安心して住み続けることのできる古里の建設が進められている。
昭和63年に村営の「ホテル杉の湯」、平成7年には第二村営ホテルの「五色湯」がオープン。昭和62年には木工センター工作館ログハウスが集まった「木工の里」、平成5年には吉野林業の歴史を学べる資料館「もくもく館」、森林と水の恵みを学ぶ「森と水の源流館」が今年開設されるなど、新名所が続々誕生。特色を生かした魅力あふれる村づくりが進められている。
そこで、ダム本体の建設だけでなく、地域の発展の礎となる国道等の道路整備や代替地の整備、横断橋、地すべり対策工事などを進めるとともに、ダム建設により新たに出現する水源地域と調和した美しい川上村の創造に向けて、村のアイデンティティを活かした地域イベントの支援など様々な取り組みを行っている。

▲杉の湯 ▲もくもく館 ▲「土木の日」のイベントで工事中のダムの天端を案内
かみせ祭り
「かみせ」とは川上村の古い呼び名。過疎や高齢化のために地区ごとの盆踊りが姿を消し、これにかわる祭りをと若者達が寄り合い協力して始められた夏の夜の最大イベントだ。
会場では盆踊りはもちろん、歌謡ショー、演芸、バザー、夜店等々昔ながらの祭りの風景を残しております。老若男女が楽しめる川上村ならではの祭りとして定着しており、村おこしの起爆剤にとの願いもみごとに実を結んでいる。
全日本そまびと選手権大会
全国から腕白慢のそまびと(きこり)が集う“そまびと選手権大会"は吉野杉の里である川上村が企画、主催する珍しいイベントです。丸太の早切りリレーや木登り競争など、そまびとたちの本格的な仕事がそのまま種目になっている。失われていく木の文化の技術を継承するイベントとして、話題性を提供している。
山幸彦まつり
山辛彦とは、川上村のシンボルキャラクター。兄の大切な釣針を探しに海に入り、意地悪な兄をこらしめた「山幸彦・海幸彦」神話を題材に、海に沈んだ山幸彦が困難に打ち勝ち蘇った生命力にあやかり、林業の村「川上村」が再び新しい村として活性力を盛り返すことを願って採用したという。
山幸彦まつりは、秋の深まる11月に村のイベントを締め括る祭りとして、2日間に渡って行われる。催し物は村民たちが趣向を凝らし毎年企画され、山里を訪れる行楽客たちをもてなす。
山幸彦まつりは川上村を代表する祭りとして、回を重ねるごとに知名度、規模とも拡大し、村の新名物として村おこしの一端を担っている。
インターネットホームページを開設
大滝ダムに関するホームページを開設し、ダムの概要や効果、工事の詳細、「大滝ダム学べる建設ステーション」のイベントガイド、地元地域の情報などを公開し、情報発信している。また、メールを通じて、一般の方々からの意見なども収集。開かれたダムづくりに努めている。
▲インターネットにホームページを開設 ▲大滝ダム・学べる建設ステーションのパビリオン「ミズモリノヤカタ」
副読本「ならのみず」
2002年4月から本格導入される「総合的な学習の時間」の教材として、「ならのみず」を発行した。地域によって異なる水の問題を掘り下げることで、人々の多様な歴史や文化の歩みだけでなく、水が今後一層、貴重な資源となることを、子どもたち自らが発見することを狙いとしたもので、奈良県の水事情を、子どもたちの学習用にわかりやすくまとめた。奈良県下の小学校4年生に配付している。
▲副読本「ならのみず」

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