建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2019年10月号〉

【寄稿】

三遠南信地域の発展を強力に後押しする三遠南信自動車道

―― 多岐にわたる顕著な整備効果

 国土交通省 中部地方整備局
 浜松河川国道事務所 所長
田中 里佳

図1 三遠南信自動車道全体図


 浜松河川国道事務所が整備・管理する三遠南信自動車道(国道474号)は、長野県飯田市山本を起点として、静岡県浜松市北区引佐町に至る延長約100kmの高規格幹線道路です。(図1)中央自動車道、新東名高速道路と連結し、三河、遠州、南信州地域の交流促進、連携強化および奥三河・北遠州・南信州地域への高速サービスの提供、災害に強い道路網の構築、地域医療サービスの向上とともに、これら地域の秩序ある開発、発展に寄与する重要な道路です。
 三遠南信自動車道の一部を構成する、水窪佐久間道路、佐久間道路・三遠道路のうち、水窪佐久間道路は静岡県北遠地域への高速交通サービスの提供、沿線地域開発及び地域交流の支援を図るものです。この区間はこれまで全線を通して唯一の未事業化区間でしたが、今年度新規事業化できたことにより、早期全線開通の期待がさらに高まりました。佐久間道路・三遠道路は、鳳来峡IC〜浜松いなさJCT間が平成24年4月14日迄に、また佐久間川合IC〜東栄ICが平成31年3月2日に開通し、現道改良区間も含め平成30年度末時点で三遠南信自動車道全線の約6割の区間が開通しました。現在は東栄IC〜鳳来峡IC間の整備に全力を挙げています。(写真1、2)この三遠南信自動車道が整備されると、高規格幹線道路のICまで60分以内で到達可能なエリアが拡大します。

写真1 三遠道路3号トンネル(仮称) 坑口(撮影:令和元年8月)
写真2 三遠道路3号トンネル(仮称) 貫通式(撮影:令和元年8月28日)

 続いて三遠南信自動車道の整備効果をご紹介します。
 三遠南信地域は広域的な道路ネットワークの空白地帯であり、災害面で非常に脆弱な状況にあります。
 今年度新規事業化された水窪佐久間道路周辺の現道では、平成24年から平成29年の6年間で、災害等による通行止めが13回発生しました。また、並行する国道152号には防災点検要対策箇所が27カ所、線形不良箇所が115カ所もあり、危険な箇所が連続しています。時間50mmを超える短時間強雨の年間の発生回数が過去30年間で1.4倍に増加し、温暖化によりさらなる降雨量の増加が想定される中で、三遠南信自動車道の整備により災害に対して信頼性の高い道路ネットワークを確保することは喫緊の課題です。
 また、救急医療の面から見ても、現状は非常に厳しい状況です。
 浜松市水窪町・佐久間町周辺には第三次救急医療施設がなく、この地域から第三次救急医療施設である聖隷三方原病院まで60分以内に搬送することは困難です。さらに、搬送ルート上には前述のとおり線形不良箇所や狭隘区間が多く、搬送時における患者への負担が大きくなっています。(写真3)三遠南信自動車道の整備により、速達性・アクセス性が向上し、第三次救急医療施設60分カバー圏が拡大するとともに、患者への負担軽減などが図られ、地域の医療活動に大きな効果をもたらします。平成31年3月に開通した佐久間道路・三遠道路の佐久間川合IC〜東栄IC間ではすでに救急搬送に利用されており、搬送時間の短縮、またカーブや勾配の減少による患者への負担が軽減するなどの効果が発現しているところです。
 産業面では、輸送時間の短縮、信頼性の向上等により、沿線地域の産業の活性化が期待できます。
 三遠南信地域では航空宇宙産業の特区が形成されており、航空関連産業の企業誘致が進み、平成24年3月の佐久間道路・三遠道路の一部開通以降、東三河・遠州地域から南信州地域への商談件数が大幅に増加しました。(図2)しかし、飯田市から浜松市、豊橋市の間の三遠南信自動車道未開通区間の物流は、狭隘ですれ違いが困難な現道ルートを利用しており、輸送時間が産業連携の弊害となっています。三遠南信自動車道が全線開通すれば、飯田市役所から浜松市役所までの所要時間が現況の約200分から約150分に短縮され、地域の産業連携を大きく後押しすることになります。

写真3 狭隘な現道を走る救急車(国道473号) 図2 三遠南信地域の産業連携(商談件数)


 さらに、歴史文化、観光交流面に目を向けると、三遠南信地域は可能性に満ちています。
 遠州と南信州地域は、縄文時代に遠州の塩を信州へ、信州の黒曜石などを遠州へ運ぶ塩の道でつながれていました。この道は後に秋葉街道となり信仰の道としても人々のつながりをつくり続けてきました。現在でも登山道や趣のある旧街道として人々に親しまれています。また、奥三河は、平安時代から室町時代にかけて熊野三山から諏訪大社へ行き来する修験者たちの修行路の上にあり、そこに土着した修験者がもたらした湯立ての祭儀が旧暦11月に夜通し行われています。そのうち東栄町では、鎌倉時代末期から室町時代にかけてこの地に伝えられ700年以上続くと言われる『花祭』が現在でも地域の人々に受け継がれています。現在では花祭りに魅了された若者が他地域から移住する等の動きも見られるようになりました。また、外国人観光客が日本の地方の生活を体験できるということはインバウンドでは重要であり、本物が残る地域だからこそ他にはない魅力的なコンテンツを形成することが可能です。三遠南信自動車道は、このような関係人口の形成、外国人観光客の受け入れにあたり、アクセス性を向上させ、多様な人々がこの地域に関わりやすい環境をつくるという面で大きな役割を担っています。
 さらに今後、三遠南信自動車道に加えリニア中央新幹線が開業すれば、三遠南信地域だけでなく首都圏も含めた人の流動はより活発になることが期待されます。これにより、地域と人、人と人との関係性がより広い範囲で構築されることでしょう。
 私たちは、様々な面から地域を支え、そして、地域を未来につなぐために、三遠南信自動車道の早期整備に努めて参ります。


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