建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2015年1月号〉

水害から人々の生命と暮らしを守るため

―― 荒川放水路の通水から90年が経過

国土交通省 関東地方整備局
荒川下流河川事務所
 所長 里村 真吾


 荒川は東京・埼玉を流れる一級河川であり、下流部は大都市における貴重なオープンスペースとして、多くの人々の憩いと安らぎの場となり、動植物の生息・生育の場ともなっています。荒川下流河川事務所では、河口〜笹目橋までの約30kmの区間について、人々の生命と暮らしを守るため、改修及び管理に努めています。このうち河口から岩淵水門までの約22kmの区間は自然にできた河川ではなく人工の河川、「放水路」です。
 荒川放水路が開削される前の江戸・東京は、有史以来、度重なる洪水被害を受けてきました。特に明治40年、43年の洪水は、近代国家の帝都建設に向けて拡大していた工場地帯や市街地が浸水し、大きな打撃を与えました。
 荒川放水路は、こうした洪水被害を契機に抜本的な治水対策として、明治44年に着手され、昭和5年に完成しました。
 放水路の完成により、東京東部・埼玉南部の低地帯は洪水から防御され、沿川に多くの住宅や工場が立地するなど、市街化が進展しました。また、地下鉄や地下街が建設されるなど、高度に土地利用がなされ、首都東京とわが国は大きく発展しました。
 一方で、荒川の下流域では、地下水のくみ上げなどを原因とした地盤沈下の影響で、低平地が広がり、満潮位以下の土地、いわゆるゼロメートル地帯が広く存在しています。
 荒川放水路は、このような高度に利用された低平地である首都東京を水害から守り続けています。
 もしも荒川放水路が無かったなら、どんな事態が考えられるでしょうか。例えば平成19年9月洪水では、隅田川との分岐点である岩淵地点で、隅田川の水位が堤防高を越えて氾濫が生じてしまい、浸水域は、放水路西側では神田川付近まで、東側では綾瀬川にまで到達します。浸水範囲は約50kuに及び、浸水深は大きいところで4m以上に達します。
 北区や荒川区、台東区では、区内の広範囲で2m以上の浸水が発生し、多数の避難者の発生が想定されます。また、都電荒川線や東武伊勢崎線などが浸水するなど、交通網は寸断され、多数の帰宅困難者の発生も想定され、足立区や荒川区では、区役所が浸水し、区の中枢機能が停止する可能性があります。
 さらには多くの病院、警察署や消防署が浸水し、その浸水も長期化することが想定され、救急活動に支障が出ることや、交通網の麻痺による救援物資の停滞も想定されます。
 この洪水による被害額は約14兆円と見積もられ、阪神・淡路大震災の約9兆6千億円を大きく上回り、東日本大震災に匹敵するような大きな損害が生じることも考えられます。
 荒川放水路完成から、80有余年が経過し、その間に堤防が決壊したことは一度もありませんが、昨今の気象変動を鑑みると、今後も堤防決壊による被害を防止することが重要であり、荒川下流河川事務所では、様々な取り組みを進めています。

■堤防強化対策

 河川の堤防は基本的に土で整備されています。このため、大雨による洪水時に水位が上昇すると、堤防内に水が浸透し、最終的には崩れる可能性があります。堤防強化対策は、堤防に河川水や雨水が浸み込まない構造とし、堤防の安全性を向上させるものです。
 天端をアスファルトで舗装し、遮水シートを張り、緩やかな盛り土を行うなどの方法で堤防を強化しています。

■高規格堤防

 今までの堤防では予測を超える大きな洪水に対応できないケースも想定されます。堤防を高くすればするほど、堤防が壊れた時の影響は大きく、洪水被害は大きくなります。想定を超える大洪水が発生しても、決壊することなく被害を最小限に抑える堤防として整備しているのが、高規格堤防です。
高規格堤防は、従来の堤防の高さの約30倍の幅を持たせた幅広い堤防で、大地震や水の浸透にも耐えられ、万一にも計画規模を超える大洪水によって、堤防を乗り越える流れが発生しても、水は斜面をゆるやかに流れ、堤防の決壊が避けられます。また、高台となることから避難地としての役割も担うことができます。通常の堤防と違って街と川が区切られることがないため、堤防上に公園や建物を整備することも可能で、水辺への眺望の開けた快適な街づくりが可能になります。

■耐震対策

 首都及びその周辺地域では、過去M7クラスの地震や相模トラフ沿いのM8クラスの大規模な地震が発生しています。また、首都直下型地震の発生が懸念されており、荒川放水路でも地震に備えた対策を進めています。
 排水機場は、洪水の際に市街地側に溜まった水を河川に排水する機能を担っており、低平地の多い荒川沿川では重要な施設です。水門は洪水の逆流を防止する機能を担っており、洪水時には確実にゲートを閉鎖する必要があります。
 こうした施設が地震によって機能しなくなると、洪水時に低平地からの排水や逆流防止ができなくなり、市街地側で氾濫が発生します。阪神・淡路大震災以降、治水上重要な施設では、将来にわたって考えられる最大級の強さをもつ地震動に対して、確実に施設が機能するようL2対応の耐震対策を進めており、耐震補強工事を実施しています。

■ソフト対策(タイムライン検討)

 前述のハード対策に加えて、ソフト対策にも取り組んでいます。
 近年、水害が局地化、集中化、激甚化しており、昨年の台風第18号では近畿地方を中心に大きな被害が発生し、公共交通機関も運休を余儀なくされました。また、台風第26号は伊豆大島において大規模な土石流による激甚な被害を引き起こしました。海外においても、大規模な災害が発生しており、特に、平成24年に米国ニューヨークを直撃したハリケーン・サンディは米国史上最大の大都市圏災害をもたらし、地下鉄や道路、電力施設等に甚大な被害が発生しました。
 一方で、このハリケーン・サンディでは、タイムライン(事前防災行動計画)の取り組みにより、交通施設が浸水したものの人的被害は発生せず、さらに、交通施設の早期運行再開が可能となりました。
 多くの人々が生活し、日本の政治・経済・文化等において中心的役割を果たす首都圏においても、水害による犠牲者を出さないよう、このタイムラインを導入する必要があります。
 荒川下流河川事務所では、荒川下流域において、具体的な検討を進めるため「荒川下流域を対象としたタイムライン(事前行動計画)検討会」を設置し、交通・インフラ関係者、関係自治体等とともに、タイムライン策定のための検討を進めています。
 今後とも首都圏を洪水被害から守るため、ハード・ソフト対策と適切な維持管理を実施していきます。


HOME