建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2013年6月号〉

【寄稿】鶴田ダム再開発の計画と設計施工

―― 国内最大規模の施設改造工事

 国土交通省 九州地方整備局
 川内川河川事務所

 前所長 久保 朝雄
 国土交通省 九州地方整備局
 川内川河川事務所

 前開発工務課長 遠山 玄郎

1.はじめに

図-1 鶴田ダム位置図
 川内川(せんだいがわ)は、遠く熊本県あさぎり町の白髪岳を源とし、熊本、宮崎、鹿児島の3県を貫流して薩摩灘へ注ぐ一級河川で幹川流路延長137qは、九州で2番目に長く流域面積1,600m3は、九州で5番目の広さとなっている。
 鶴田ダムは、川内川のほぼ中央、河口から約51qに位置する昭和41年に完成した洪水調節と発電を目的とした高さ117.5mの九州で1番高い重力式コンクリートダムである。
 川内川流域では、平成18年7月19日から23日にかけて薩摩地方北部を中心に記録的な豪雨に見舞れ特に宮崎県えびの市の西ノ野雨量観測所では、この5日間だけで全国平均の年間総雨量の70%、鹿児島市の年間総雨量の50%に相当する1,165oという雨量が観測された。
 この記録的な豪雨により、流域内の15箇所の水位観測所うち11箇所で既往最高水位を更新している。特に河口から約38qに位置する鹿児島県さつま町の宮之城水位観測所では、計画高水位を2.92m超過し、11.66mに達した。
 この既往最大の洪水により、川内川流域全体の3市2町(薩摩川内市、さつま町、伊佐市、湧水町、えびの市)において浸水家屋2,347戸に及ぶ甚大な被害が発生したため、河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)が採択された。

図-2 川内川流域の総雨量図

 鶴田ダムは、平成18年7月洪水時に東京ドーム約60個分に相当する7,500万m3の洪水を貯留し、下流に流れる水量を少なくして洪水被害を軽減させた。
 具体的には、ダムから約13q下流の宮之城水位観測所で洪水調節を行わなかった場合と比較して、最高水位を約1.3m低下させ、最高水位に達する時間を約4時間遅らせる効果を発揮している。
 水害直後は、鶴田ダムに対する批判的な意見もあったが、最終的には地元から「鶴田ダムの洪水調節容量を増やして、治水機能を強化してほしい」という要望が出され、激特事業と相まって川内川流域の洪水被害を軽減するため平成19年度より鶴田ダム再開発事業に着手している。

写真-1 さつま町虎居地区浸水状況(その1) 写真-2 平成18年7月洪水時の鶴田ダム
図-5 再開発事業の概念図

2.再開発事業の概要

図-6 再開発事業のイメージ図
(1)現在の鶴田ダムの諸元

表-1 ダムの諸元 表-2 貯水池の諸元
(2)洪水調節容量の増量

表-3 現在の放流施設の諸元
 今回の再開発事業は、洪水期の発電容量(250万m3)と死水容量(2,050万m3)の合計2,300万m3を洪水調節容量に振り替えることにより洪水期の洪水調節容量を最大7,500万m3から最大9,800万m3に増量するものである。
 そのため洪水期の貯水位を大幅に低下させる必要があり、最低水位を現在の標高130mから標高115.6mへ14.4m低下させる。

(3)放流施設の増設

 最低水位の低下に伴い現在の放流施設では洪水調節のための放流能力が不足するため、現在の放流施設より低い位置の右岸側に放流施設(コンジットゲート3門)を増設して放流能力の増強を図る。
 また、これに伴い新設減勢工を増設し、併せて既設減勢工を改修する。

図-4 鶴田ダムの洪水調節効果 図-3 鶴田ダムの洪水調節状況
表-4 増設放流施設の諸元
図-7 増設放流管の配置(1・2号増設放流管)

3.技術的課題

図-9 堤体削孔形状

(1)堤体穴あけに伴う削孔周辺部の安全性の確認

 堤体への穴あけは、構造安定性に大きな影響を及ぼすため、既設ダムの設計時に安定計算を実施した断面に欠損が生じることに対する安定性の検証、開口部周辺の応力状態の検証を行う必要がある。
 今回の再開発事業では、増設放流管(直径4.8m、削孔断面は高6.0m×幅6.0m)3本、付替発電管(直径5.2m、削孔断面は高6.4m×幅6.4m)2本の合計5箇所の穴空けを行い、設計水深は60mを超え、既往実績で最大級の規模であるため、工事中及び工事完成後の発生応力を3次元有限要素法を用いて詳細に検討し、削孔形状は円形よりも最大発生応力の低下が見込まれる矩形とした。
 更に堤体削孔により発生が予想される空洞周辺コンクリートの最大引張応力を堤体下流面に試験削孔(直径2.5m×奥行5.0m)を行うことにより再現して目視及び、ひずみ計等による観測を実施した。
 実証実験の結果、削孔面に引っ張りに伴うクラック等が発生することが無く削孔に対する堤体コンクリートの安定性が確認された。

図-8 ダム上流面図
(2)既存施設や法面掘削への影響を考慮した減勢工設計

 増設及び既設改造部の減勢工の配置については、左岸側の発電所や右岸側の法面掘削への影響を考慮するとともに洪水時の流況を確認するため水理模型実験により最適形状を決定した。
@増設減勢工
 設計洪水位での放流量を対象とし施設規模を定めるとともに、減勢工設置に伴う右岸法面の掘削を極力低減させるため現地形標高の高い位置に一次減勢工、下流河道との接続部分に二次減勢工を配置する2段式減勢工(副ダム付き水平水叩き方式)とした。
A既設減勢工改造
 堤体の安定及び放流水の減勢効果の増強を図るために、堤体下流に順傾斜式水路のマット工を設置し、その下流の既設減勢工を改修し、水平水叩き方式の減勢工を新設・延長することで既設のクレスト及びコンジットゲートからの最大放流量を減勢させることにした。

写真-3 実証試験空洞内での観測状況
(3)大水深下での上流仮締切の設置

 堤体穴あけ時に必要となる貯水池側の仮締切は、大水深かつ大規模になるため、水圧に対応した構造を検討するとともに大水深下での作業に対応した潜水方式で施工する必要がある。
 検討の結果、上流仮締切の構造形式は、上流面への設置が容易な鋼製角落としゲート構造とした。
 図-11に示す側方の緊定金物について、タイロッドとターンバックルを用いているが、現在この部分の合理化を検討している。
 また潜水方式については、最大水深65mでの水中作業が必要となり、作業の効率化と作業員の安全確保を考慮して「飽和潜水」方式を選定した。
 飽和潜水とは、作業期間を通じて作業水深と同じ気圧の居住空間内で生活して、作業終了時に減圧して大気圧に戻す潜水方法である。
 飽和潜水を行う際には、地上・船上で高圧環境を維持したままで約1ヶ月間このシステムの中に滞在して湖底まで往復するためのベルを使用して水中作業を行う。

図-10 上流仮締切一般図 図-11 飽和潜水の概要図
(4)ダムの現有機能を維持しながらの施工

図-12 堤体削孔(放流管・発電管)の進め方
 現在の鶴田ダムの治水機能を維持するとともに利水機能への影響も必要最小限に抑えて施工する必要があるため、安全で効率的な施工方法を検討した結果、原則として貯水池内の工事は、非洪水期(10月16日〜6月10日)のうち、10月16日〜5月31日に通常より貯水位を下げて工事を実施する。
 上流仮締切設置等は、発電のために最低限必要な水位である標高133mの貯水位にて施工して、上流仮締切内での制水ゲート設置等は、工事の安全を最大限確保するために、既設コンジットゲートを全開にして貯水位を最大限低下させた状態である概ね標高120mの貯水位にて施工する。

(5)環境への影響検討

図-13 水位低下による水質への影響
 今回の再開発事業は、環境影響評価法及び鹿児島県環境影響評価条例での要件には該当しないが、事業規模が大きく事業期間が長期に及ぶため、鶴田ダム再開発事業環境検討委員会(有識者等にて構成される委員会)の指導・助言のもとに環境影響評価法に準じた調査、予測、環境保全のための検討及び評価を行った。
 その結果、工事期間中及び再開発事業完了後に貯水位がこれまで経験のない水位に低下することでダムの堆積土砂が侵食され、一時的にSS(水の濁り)が高くなるとともに環境基準を超える日数の増加が予測された。
 そのため、工事期間中の水位低下時に堆積土砂の侵食を抑制する対策工を実施している。

4.事業の進捗状況

写真-4 貯水池内の施工状況(平成24年12月)

(1)事業全体の進捗状況

 平成20年4月に工事用道路工事に着手し、平成23年3月末に既存の町道を改良した工事用道路(約2.2km)及び本体関連工事であるダム下流の右岸法面掘削工事が完了し、本体工事の着工準備が整った。
 また、平成23年1月に施設改造工事(堤体削孔と増設減勢工)及び上流仮締切設備工事を発注して、平成23年3月からダム本体工事、4月中旬から上流仮締切の台座コンクリートを設置するためのダム湖内での浚渫工事に着手し、同年12月から飽和潜水作業及び増設減工のコンクリート打設を開始している。

(2)貯水池内工事の進捗状況

 飽和潜水では、水中の急傾斜での施工となることや水温が10℃と低く、視界が40〜50pであること等のダム湖内特有の厳しい条件を考慮して作業する必要があった。
 鶴田ダム再開発は、上流仮締切を固定するために台座コンクリート方式を採用しており、水中不分離性コンクリートによる施工を行っているが、コンクリートの打設量が多く、温度応力の発生が懸念されたため、水中コンクリートの打設に合わせて、ダム天端構台上で事前に製作したプレキャストブロックをクローラクレーンで設置している。
 また、ブロックとコンクリートとの一体化を図るためブロック中央部は中空とし、ブロック周囲全面をチッピングする等の工夫がなされている。
 また工事期間中の水位低下時に堆積土砂の侵食を抑制する対策工は、平成24年4月の試験施工後に本格的工事に着手している。

(3)ダム下流工事の進捗状況

 平成23年12月27日にダム右岸下流側の増設減勢工を開始して、平成24年12月現在で約7万m3のコンクリート打設を完了している。
 掘削面においては、岩盤スケッチを行い過去の資料を確認しながら施工を進めるとともに今後のダム再開発の参考とするために記録の保存を行っている。

(4)その他

写真-5 ダム下流側施工状況(平成24年12月)
 本事業の施工上の課題の迅速な解決や現地の施工状況及び安全性を適時的確に確認するために「鶴田ダム再開発技術検討委員会」を設置しており、第1回委員会を平成23年11月に第2回委員会を平成24年5月に開催している。
 また「環境レポート」の作成及び工事期間中の環境保全措置の履行状況への指導・助言を目的として、設置された「鶴田ダム再開発事業環境検討委員会」を定期的に開催している。

5.まとめ

 平成24年12月現在、上流仮締切台座コンクリートの設置作業及び増設減勢工のコンクリート打設を行っている状況である。
 来年度には、上流仮締切扉体設置及び増設放流管設置のための堤体削工が予定されており、着々と準備作業を進めている。
 これらの工事は、これまでの国内事例を大きく超える大水深下での施工であり、鶴田ダム再開発での経験が今後のダム再開発事業の発展につながるものと認識している。
 既設ダムの再開発事業は、ダムを新設する場合に比べて短期間で効果が発現出来ることや、我が国の厳しい財政状況や社会環境に及ぼす影響を最小限に抑えることが出来る等のメリットがあるため、その必要性は今後、益々高まることが予想される。
鶴田ダム再開発事業は、地域住民の強い要望と期待を受け、早期に事業化が実現した経緯がある。
 そのため、洪水調節機能の強化による治水効果が一刻も早く発現出来るように、また今後のダム再開発における先進的な事例としての役割を果たすとともに効率的な施工方法、施工計画を立案することが重要な課題となっている。
 最後に平成27年度の事業完了に向け、今後も安全第一に鋭意工事を進めて参りたい。

図-14 鶴田ダム再開発後の完成予想図


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