建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2012年4月号〉

釧路港を核としたネットワークづくりが急務

──釧路市阿寒湖温泉で日本カジノ創設サミットを開催

釧路建設業協会 副会長、白崎建設株式会社 代表取締役社長 白崎 義章 氏


──明治18年の創業から今年で127年になり、道東のあらゆるインフラ整備に携わってきましたね
白崎 曽祖父・白崎次郎松の時代に創業しましたが、北海道で本格的な建設投資が始まるのは戦後からですから、その中で当社もその旗振り役の一人として歩んできました。
──2代目の祖父の白崎正治氏が昭和21年に釧路建設工事業組合の初代組合長となりましたが、どんな人物でしたか
白崎 古い話になるので、あまり記憶に残っていませんが、昔の人らしい武骨な印象でした。「会社は俺が築いてきた」という気概のある感じでした。
──昭和45年に父3代目社長・白崎功一氏となりますが
白崎 当時父は多忙だったため子供の頃は接する機会が、ほとんどありませんでした。中学時代までは正月くらいに顔を合わせる程度でした。私が社会人になってから、ようやく背中を見るようになったものです。
──4代目現社長、昭和60年に技術室長付の立場で釧路に戻ってきましたね
白崎 当時は技術者の数も多く、地場業者の中で先頭に立っていたと思います。その意味では、一人一人が自覚を持って仕事をいると思いました。
──道東管内のほとんどの現場に携わっているのですね
白崎 私が入社した頃は、それに近い状態で、さらに道央圏や帯広方面でも現場を持っていました。
──昭和63年から平成5年まで、先代社長が釧路建設業協会長を務めましたね
白崎 平成5年といえば、釧路沖地震発生しそれまでは国・道及び市町村も緊急時の出動体制がない状態でしたが、大災害で建設業者として、釧根管内の国道・道々そして下水道等の応急復旧に当たりました。その後の緊急体制を発足させる契機になったと思います。
──震度は6で火災が発生し、停電もありましたね
白崎 都市ガスもストップしてしまい、その復旧に2、3ヶ月もかかりました。全国のガス会社から応援に駆けつけ、支援村のような拠点を作り、地域住民がボランティアで炊き出しをしながら復旧に当たりましたが、これが全国でも初めての支援体制でした。
──先代が会長という立場で、各行政機関を横断的な役割を果たしながら奔走していたのですね
白崎 協会員もみな地元の建設会社として、緊急時に対応しなければならないという意識で取り組んでいましたね。とにかく道路が復旧できるような状況ではなかったのです。大規模な被災でしたので、緊急自動車の通行のため迂回路などが議論されていました。そのため、防災体制やそのための組織がないのに、震災の発生した当日の夜から直ちに復旧作業に取りかかっていました。各社が自発的に取りかかったのですが、やはり組織体制を作るべきだとの考えに至り、その後、釧路建設業協会が地域ごとの分担を作り、それを全道でも適用することになりました。そして、今では全国的にその仕組みが採用されていますね。
 釧路はいわゆる都市型災害で、被害は市の公共施設をはじめ、港湾や道路、宅地に至るまで多岐に渡りました。特に隣接する釧路町は下水道被害が大きく、マンホールが液状化現象で浮き上がってしまい、液状化現象が見られたのは、これが最初の経験だったと思います。復旧に当たっては、支線は無事だったのですが、幹線が破損していたので迂回させる必要があり、それまでは下水道の使用中止を呼びかけたのですが、どうしても住民は使用してしまうので、迂回路線に汚水が押し寄せて水位が急激に上がってしまうなど大変でした。
 浮き上がったマンホールは、そのまま震災のモニュメントとして役場などに移設されています。
──災害復旧工事では、新たな技術や工法が用いられたのですか
白崎 サンドコンパクションで地盤改良したり、港はグラベルドレーンで液状化を防いだり、道路などはサンドマットを採用したようです。
──そうした経験があると、東北震災の現場も状況がすぐに判断できるのでは
白崎 東北の場合は津波被害が大きかったので状況は違います。千葉や茨城などの関東方面では、液状化が見られるなど似た状況もありますが、東北の場合は海岸線を大津波が襲ったので、これは私たちも未経験です。
――道路網を基軸としたインフラ整備が本格化される状況ですね
白崎 それを願っていますが、現在道東自動車道は新直轄としての路線整備が進んでおり、2015年度には阿寒ICまで開通する予定です。その先の釧路IC-阿寒ICの区間開通目標は2020年度です。さらにその他の区間への整備が課題になるでしょう。国道自体は様々に改良されています。一方地方道につきましては、釧路・鶴居・弟子屈線の線形改良や、根室・中標津道路のように高規格化が進むと共に橋梁の長寿命化対策、急傾斜地対策が実施され安全・安心の向上に努められています。
――釧路建設業協会の副会長としては、公共事業削減による地域崩壊の影響は大きいですが、更新期を迎えたインフラもかなりあるのでは
白崎 地方のことをもう少し考えて欲しいですね。インフラ自体が道東の全地域にはまだ未整備です。橋梁も道路も不足しています。例えば、新釧路川は橋梁が少ないので、市がそれを要望していますが、一方釧路川は崖縁を流れており、旭橋だけは対岸の丘の上を上る形で架かっていますが、それ以外の橋はすべて対岸の丘の手前に架かっていて、釧路川の橋を渡ってから坂道を上るような道路づくりとなっています。
 旭橋は利便性を高めるため、対岸の丘の上まで到達する形にしましたが、そうした発想を取り入れて整備して欲しいですね。避難においてはもちろん、日常生活の利便性においても、地域にはそれが必要です。
 また、海岸線は特に津波の影響を受けるので、3.11でも漁港や海岸が被災し、見直しているようですが、海岸線に人がいてこそ漁業は成り立つのですから、整備は進めてもらわなければなりません。
 例えば道東自動車道は釧路市街の住宅地に美原インターが出来る予定ですが、これなどは避難を考慮してのものでしょう。仙台などはそうした高速道路によって、助かった人々がかなりいますね。高速道路は、徒歩では立ち入り禁止ですが、避難は高所に上ることが基本ですから、今後はそのルールも出来てくると思います。
 私が20代半ばだった頃に、中小企業大学校に通学していましたが、同期には仙台で会社を経営している人もいたことから、現地へ会社訪問したことがありました。その時は台風が直撃し、仙台市内は史上最大の洪水被害が発生して、完全に麻痺状態となりました。在来線や国道は各所で水没して止まっていました。その中で動いていたのは、新幹線と高速道路だけだったのです。在来線などはコストを考えながら整備していますが、高速道路などはリスク回避を考慮しながら整備されるので、明確な差が出ますね。
▲釧路港
――釧路は酪農によって、釧路港から毎日生乳が出荷されています
白崎 釧路港も平成23年に耐震バースが東港区に完成し緊急時において利用可能な岸壁が整備されました。また釧路港の取扱貨物の重要品目である背後圏の酪農における乳牛の飼料の取扱と製品である生乳輸送が表裏一体となって、輸送時間の短縮や冬季間の安全走行に繋がる高規格な道路網整備が必要と思います。
――地域振興に向けて、協会副会長としては、様々なところに陳情している思いますが、印象に残った経験はありますか
白崎 やっぱり道路ネットワークですね。国道や高速道路とのつながりが、まだまだ手薄なので、それが形成されるように努力しなければならないと思います。それが太平洋側に生活している者にとって、地域が生かされる道だと思うので、私たちはその基盤づくりを応援することが使命だと思います。
―― 一方、釧路商工会議所でも役職に就いていますね
白崎 地域開発委員会の委員長で、街づくりに関する様々な提案についての調査研究を担当していますが、私としては釧路市内にカジノを誘致しようと活動しています。法案として成立することは確実で、近く日の目を見る方向で進んでいますが、そこから準備を始めたのでは遅いので、今から着手しています。
――橋下大阪市長などは大阪の埋め立て地に、それを誘致しようと考えていますね
白崎 その構想は間違いなく実現するでしょう。関東では千葉、神奈川が誘致を表明していますから、都市型カジノは関東と関西その二極になるでしょう。その他地方に於けるカジノはどうかという話になると思います。
 地方型カジノとしてのあり方の問題は、例えば札幌市に作るのが地方型なのか、釧路市阿寒のような地方で作るのが地方型となるのか、それについては議論されていませんが、阿寒のような地域にできるものが地方型と認められる可能性もあるので、ぜひとも誘致したいとの思いで取り組んでいます。
――阿寒湖温泉は有数の観光地ですね
白崎 カジノは観光産業に位置づけられており、海外からの観光客をさらに呼び込むために国は「ヴィジットジャパン」というキャンペーンを行っております。この流れに乗る形で観光産業の牽引役としてカジノは考えられています。我々は、釧路商工会議所が主催する第7回日本カジノ創設サミットIN阿寒湖温泉の3月17日開催に向けその準備に追われています。
 来賓として国際観光産業振興議連という超党派の通称IR議連の事務局長を務めている鈴木克昌衆議院議員に出席をお願いし打ち合わせしてきました。
 また、大阪商業大学アミューズメント産業研究所長の美原融教授の「IRの実現に向けて」の題で基調講演が行われます。
▲模擬カジノでの研修会の様子
――構想が実現すると、かなり波及効果が期待できるのでは
白崎 この道東は世界自然遺産に登録された知床など、自然が世界的に人気を博していますが、残念ながら昼間の観光しかなく、夜間は温泉に浸かるだけしかありません。カジノはその夜間の観光を補完する道具となります。観光としての魅力が高まり、観光客入込み数が増加することで施設設備が必要になりますから、その需要によって町も発展していきます。
――地域住民の反応はどんなものでしょうか
白崎 観光関連に携わる人は賛同してくれますが、それ以外の人は治安の悪化を懸念したり、様々な憶測も出てくるので簡単な話ではないですね。ですから、シンポジウムで実際の話を聞いてもらうのが良いでしょう。
――道内は他の候補地もありますか
白崎 小樽や苫小牧も名乗りを上げています。私たちはやや後れを取っている印象はありますが、トップダウンではなく、ボトムアップで進んでいる活動なので、実際には他市よりも活発です。
――イメージとしては、阿寒湖温泉に訪れた全ての観光客が、カジノに収容できる規模となりますか
白崎 そうですね、既存の施設と連携はしますが、カジノは新たに誘致されるので、一人勝ちするような展開をしたのでは、他の地域に進出できなくなりますから、必ず地域の特性に合わせた施設づくりがされるのです。
 したがって、それを見本として提示すれば、地域住民にも受け入れられるでしょう。カジノでの出費に伴う税収や補助金などによって、地域は振興していきます。まして、中央での動向や気運が従来とはまったく変わってきているので実現の見込みは高いと考えています。
▲「第7回日本カジノ創設サミットINくしろ阿寒湖温泉」 会場:阿寒湖アイヌシアター「イコロ」(釧路市阿寒町)
──さらに言い残してことはありますか
白崎 この道東管内は食糧生産基地としての性格が強く、水産業は海と海岸線、農業は農地という面で営まれていますから、それらを安全・安心に結ぶネットワークづくりが急務です。それを強く主張し、常に訴えていくことが必要だと思います。


白崎 義章 しらさき・よしあき
昭和55年3月 武蔵工業大学土木工学科 卒業
昭和55年4月 株式会社 田中組に勤務
昭和60年4月 白崎建設株式会社に入社、技術室長付に就任
昭和62年5月 取締役社長室長に就任
平成 6年4月 取締役副社長に就任
平成11年6月 代表取締役社長に就任

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