建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2012年1月号〉

interview

農業土木技術者は最先端の技術を追求し 環境にも配慮した幅広い知識が求められる

――農業農村整備事業はマクロ的なグランドデザインが必要〔前編〕

北海道 オホーツク総合振興局
局長 有好 利典氏


──北大へ進学したのは、農業や農業基盤を学ぼうとの向学心からですか
有好 特にそれほど高い意識だったわけではなく、入学は昭和48ですから好景気だったというわけではなく、道外へ出る気もなかったので入学したようなものです。土木といえば、一般土木か農業土木ですが、結果的には農業土木を専攻して良かったと思っています。最終学年の頃は、冷夏による農業気象災害が道東で発生し、被害調査に入りました。とはいえ、すでに収穫後の事後調査で、データ整理ですから、視覚的に被害が感じられる状況ではありませんでした。
 それでも現場に入った時は、圃場としての形は整っておらず、排水施設の状況もあまり良好ではなく、農道も満足に整備されていないという状況でした。つまり、まだ農業基盤整備が本格化されていない時代だったのです。そのため、雨や寒さなど気象の影響をまともに受けて、すぐに減収してしまうような状況でした。

 そして私は昭和52年に卒業し、東京都内のコンサルタント会社に就職しました。業務は環境全般が対象でしたが、当時は北陸、東北新幹線建設に当たって降雪が路線に与える影響についての調査依頼や、関越自動車道で排気ガスに関する調査が多かったです。その他、農業土木関連では北陸農業試験場から委託された新幹線高架の日陰による減収調査もありました。その試験場に勤務していた研究者は北大の先輩だったので、同じ北大卒者が全国で活躍していることを心強く感じましたね。
 その後、調査を受託する側ではなく、世の中の情勢を考えながら対策を模索する発注者である行政の立場に立った視点が必要だと感じて、54年に北海道にUターンして入庁しました。
──最初に配属された部署は
有好 渡島支庁が振り出しでしたが、そこで感じたのは農業基盤整備予算の必要性でした。当時は農地整備がまだ知られていない時代で、農道整備をするにも新規採択されず、思いはあっても予算措置がされませんでした。
 当時は「農地開発」という言葉が使われていて、山を開拓し畑地を開墾していましたが、道南では畑地よりも水田がメインでした。圃場整備をして、用水路や排水路など水系システムを作り替えて近代化させることが中心でした。
▲馬鈴薯畑(大空町)
──当時は農家の平均年齢も、今のように高齢化していなかったのでは
有好 混在していましたね。若い人もいましたが、道南は歴史があるので古い人もおり、地域をまとめていたのはそうした人々でした。整備事業のための地域協議に当たっては、そうした古参の人が中心となり、自分たちの思い通りの整備をして欲しいとの要望を受けたものです。したがって、今日のような整備基準も何もあったものではないですね(笑)
──当時の農業基盤整備は、どんなことが中心でしたか
有好 畦で囲う農地面積が小さく、機械作業には適していなかったので、区画を拡大することが中心でした。それにともなって、水路も付け替えが必要になりますが、そのためには他者の農地との関係もあって、権利調整が必要になり、そこにおいても様々な注文が出たものでした。
 そうした権利調整も行政の職務なので、土地調査は民間コンサルタントに委託しますが、その図面に基づいてグランドデザインを農家に説明し、権利調整にも入り、補償の必要なところには補償し、工事発注に向けて設計書を作成し、着工後には工事監督にも当たるなど、これらを一人で行うわけです。
──収穫期や農閑期などがあるので、時間の制約もありますね
有好 作付けをして収穫の終わる9月から着工ですから、冬期間だけの短期間で施工しなければならず、現場も大変でした。着工前の段取りがしっかりしていなければ、年内に終わらなくなります。
──昭和50年代は機械化を進めていた時代だったのですね
有好 まずは機械化が中心で、現代のような食味や品質については、それほど意識されていない時代でしたが、農地としての性能は飛躍的に高まりました。特に道南の場合は道内でも特殊で、早い時期から入植し農地を取得していたので、農家には本州の農家と同じく自分の農地を護ろうという意識が高かったのです。
▲畑地帯総合整備事業による区画整理工事
──農業農村工学会では、寒冷地の農地改良技術の向上に向けて、いろいろと貢献されていますね
有好 寒冷地では畑作物しか出来ず、道東の入植に当たっては畑作に限られていました。本当は入植者らの希望としては、稲作に着手したかったのですが、米の作れる地域ではなかったので、畑作が前提で、ビートや麦、ジャガイモを作る理由は、降雨が少なく寒冷地でも作れるという特質があるからです。それらを作付けしながら営農が成り立つように、みな努力してきたのです。
 しかし、広大な土地を効率的に耕し、使用していくには機械化しなければ無理です。機械化するには、平坦でなければならず、また農道も配置しなければ畑に入れません。また土質については、重粘土で堅いため、それを入れ替える必要もあり、客土も行われました。こうした整備が60年代後半から盛んになり、反収は大きく伸びました。
 一方、雨は少なかったのですが、近年では豪雨や梅雨のような長雨も降るようになったので、減収を防ぐために畑地からの排水対策が求められています。

 こうして畑の性能を形状から改良するとともに、土質についても土壌改良が行われ、水はけも向上し、反収は上がりましたが、今なお長雨があると平年を下回るなど、雨水には弱いという状況です。したがって、その対策によって生産を安定させることが、農家にとっての目標となっています。
 そこで、地中に管を埋める暗渠排水がありますが、地表までの埋め戻しを雨の降り方を想定しながら、水の通りやすい資材に置き換えるなど、技術的に検証しつつ整備レベルも上げていっています。その過程では、技術的にも様々な苦労もありました。先輩方の残した記録を見れば、重粘土で固まりやすい土質に、どんな土をブレンドするのが最適なのか、研究も熱心に行われ、何度も試験が繰り返されて今の技術が確立されてきていることは痛感しました。特にこの管内は、農業技術において苦労の多かった地域であることが分かります。農家側も生産を上げようと懸命に努力してきましたから、そうした意味で最先端地域だったのだと思います。
──そうした情勢を踏まえて、若い技術者に対し、どんなアドバイスをしていますか
有好 農地の性能、利用のシステムを作り替えることを考えると、農地は私有地で所有者に権利がありますから、技術者は工事管理ばかりでなく、権利調整をしながら整備区域を配置するというマクロ的なグランドデザインが必要です。部分的な整備だけでは今後の経営規模から考えると対応できないでしょう。そうした視点が必要な時代に入ったのだと思います。
 そこで地域の調整を含めたデザインについて、農家にプレゼンテーションを行い、実効あるものしていくための技術と技術者は、北海道にとっては特に必要になると思っています。そのためには、最先端の技術を追求しなければならず、環境にも配慮した幅広い知識が求められます。
▲美幌温水溜池)
──グランドデザインとなると、民間企業では無理ですね
有好 民間では無理だと思います。農業には水が必要ですが、そのためには背後地の森林からの流出や農地に降った不要な雨水は川に流して海に繋がっていきますが、そうした水系循環が出来上がっている中で、どのような圃場を作るのか、基盤整備をするのか、グランドデザインを地域住民や農家、施工会社に示し、協議しながら進めていくコーディネーターとしての役割が求められています。
──本州では休耕地が増加傾向にあるようですが、北海道の状況は
有好 北海道では、休耕地はほとんどありません。ただ、入植当初に条件の悪い奥地まで開拓してしまった所については、放置せざるを得なかったとは思いますが、それは特殊なケースで本州のような意味合いとは異なると思います。  真に隅々まで農地の機能を高め、周囲の環境への配慮もできるバランスを考えてデザインしていく技術が必要です。そのため、これからは農地の情報、周囲の情報などを、地図情報で的確に把握できる技術力を高めていく必要があると思っています。
──そうした高度化された基盤整備に対する地域の要望は高まっているのでは
有好 排水と客土に対する要望は、新規地区ではかなりあります。もちろん、地域の首長としても町の生産力を高める必要を感じているので、早期実施を希望しています。そのためには、予算が確保されていなければ応えられません。  今年度の北海道の補助事業に対する国費は、当初予算で200億円くらいです。かつては400億円だったので、半減ですね。直近の数字で見ていくと、21年度は300億円でした。これによって、新規地区を含めると事業執行の時間が長くなっているので、新規地区にすぐに着手するとは言えない状況になりました。つまり、要望に応え切れていないというのが実態です。  近年の約1,700億円の粗生産額は、5年以上堅調に推移しておりますが、品質面でも基盤整備によって向上しているという実績を残していますので、今後も地域要望は高いものと考えられます。(以下次号)

有好 利典 ありよし・としのり
昭和29年6月4日生 北海道札幌市
昭和52年3月 北海道大学農学部卒業
昭和54年1月 北海道庁入庁(農地開発部総務課)
平成 2年4月 留萌支庁防災ダム建設事務所管理係長
平成 5年4月 網走支庁農業振興部計画課基盤調整係長
平成 7年6月 農政部土地改良指導課施設整備係長
平成 9年6月 農政部設計課設計係長
平成10年3月 農政部農政課主幹
平成10年4月 農林水産省構造改革局総務課管理技術専門官
平成12年4月 後志支庁農業振興部耕地課長
平成15年6月 農政部設計課主幹
平成17年4月 農政部事業調整課参事
平成18年4月 農政部農政課参事
平成19年6月 農政部農村振興局農村設計課長
平成21年4月 農政部技監
平成23年6月 現職


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