建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2011年2月号〉

interview

農業を取りまく状況の変化に対応した農業土木技術の向上(後編)

―― 北海道は我が国最大の食料供給地域

北海道農政部 農村振興局 局長 加藤 聡氏

加藤 聡 かとう・さとし
昭和56年4月 北海道職員として採用
平成17年4月 農政部農政課参事
平成18年4月 農政部農村振興局農村計画課長
平成20年4月 農政部農政課長
平成21年4月 農政部農村振興局長


(前号続き)

――道はTPP(環太平洋パートナーシップ協定)による北海道農業への影響をいち早く試算して国にも危機感を訴えています。農業産出額、地域経済への影響額等で年間2兆1千億円にのぼると算出していますね
加藤 TPPは、農産物を守っていた輸入作物の関税をゼロにするといわれており、危機感は他府県に比べても強いでしょう。国内で最も生産性が高く、経営規模も大きい北海道といえども、関税で守り、条件の不利な作物には交付金を手当てしてやっと成り立っている現状がありますから、関税を直ちに取り払ったら北海道農業は壊滅状態に陥ります。  例えばコメには774%の関税がかかっています。国際価格は1俵60kg当たり2,500円に対し、道産米で1万2〜3千円位。流通経費を加算しても、相当の開きがあります。コメは嗜好品だから大丈夫という意見もあるようですが、種子の海外流出の問題もありますから、同じ品種で外国産の安いコメが、輸入されたら果たして消費者に道産米を買ってもらえるかどうか心配です。  北海道の農地の7割は特殊土壌と呼ばれる重粘土、泥炭、火山灰で、特に水はけが悪いという問題があります。北海道の土地改良の歴史は、それをどのように改善してきたかという歴史でもあります。国営、道営、団体営の基盤整備事業費を投入し、ようやくここまできたのです。  例えば、石狩管内の水田地帯は篠津運河を掘って排水性を良くして湿地が美田に生まれ変わったのです。空知のコメ所も、水の手当て整備されることにより成り立っています。十勝は酸性が強い土壌が多くで農作物が出来なかったのですが、長年にわたる土壌改良が実って、今では北海道最大の農業地帯になりました。ただし、こうした整備は1回で終わりということではなく、生産基盤を適切にメンテナンス、平たく言えばちゃんと面倒を見ていかないと機能を維持できません。  そうした北海道開発の歴史の中で、農業土木は技術により、開発を支えてきましたが、今後は開発された生産基盤をいかにして生産力を維持・向上させて次世代につないでいくかという視点で、ノウハウを構築していくことが大切だと思います。  土地改良事業は地元の発意がなければ、事業ができません。地域に密着して仕事をすることが、農業土木の農業土木たる所以だと思っています。地域の声に耳を傾け、地域とともに歩む姿勢が大切なことだと考えています。
――農家の平均年齢が65歳で、高齢化、担い手不足のなかで農家戸数の減少は避けられないのでは
加藤 今後10年間で相当数の農家がリタイアするでしょうから、農家戸数はある程度減ることを前提に、農業の生産力をどう維持するかを考える必要があるでしょう。農業は北海道の基幹産業であると同時に、安全・安心な食料を国民に提供する役割もありますので、生産力を落としてはなりません。農家戸数が減少しても農地、生産力を維持するためには、当然ながら農家一戸あたりの経営規模が大きくなりますから、生産基盤整備サイドとして、そこにどういう整備ニーズがあるのか、特に、機械や営農技術の進展とセットで考える必要があるのではないかと思います。  今後、機械は必ずしも大型化するかどうかは分かりませんが、性能は間違いなく上がるでしょう。カーナビゲーションに利用されているGPS(全地球測位システム)を活用し、農作業機械の運転支援、作物情報の収集、資材散布の効率化などへの実用化が期待されています。経営規模の大きい農家は農作業の8割を機械作業が占めると言われていますので、それを効率化できれば経営面のメリットは大きい。  GPSを使って精度の高い農作業が出来るようにするためには、農地の地耐力が必要になり、そのためには排水性の確保が更に重要になるでしょう。
――北海道農業はまさに激動の時代を迎えていることを強く感じます
加藤 自民党農政は食料・農業・農村基本法を平成11年に策定し、国の責務として食料自給率の向上などを掲げました。昨年、民主党が政権を担うことになり農政の方向が変わりました。一つは、これまで以上に食料自給率を大幅に上方修正したこと、もう一つは、施策を担い手に集中する農政から多様な農家を支援する農政に転換したことだが、一方で、TPPの問題が浮上してきた。これから我が国がどういう農政を目指していくのかが、今ひとつ分かりにくい状況です。  いずれにしてもTPPがどういうものかよく分からない面がありますので、われわれとしてもその中身をよく研究し、道民の皆さんと情報を共有することが大切でしょう。
――最後に、若い農業土木技術者にアドバイスはありますか
加藤 技術は、その時代の使われ方があると思います。農業土木技術者に求められる課題も時代によって違います。「技術は課題を解決する方法のひとつ」ですので、まずはこれからの時代の農業土木技術的課題をきちんとつかみ取ることが必要です。  その上で課題を解決するための技術的な選択をしていく。例えば、純土木的に構造や水利などの面から課題解決するアプローチもあるし、あるいは地元の農業者と話し合い、共通認識を図るとか、理解してもらうことも課題解決のために必要な立派な技術の一つです。特に若い方々には、それぞれの立場で課題を見つけて、そして解決の道を探り、研究する姿勢を忘れずに研さんを積んで頂きたいですね。


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