建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2011年1月号〉

interview

農業を取りまく状況の変化に対応した農業土木技術の向上(前編)

―― 北海道は我が国最大の食料供給地域

北海道農政部 農村振興局 局長 加藤 聡氏

加藤 聡 かとう・さとし
昭和56年4月 北海道職員として採用
平成17年4月 農政部農政課参事
平成18年4月 農政部農村振興局農村計画課長
平成20年4月 農政部農政課長
平成21年4月 農政部農村振興局長

 原則100%関税撤廃の自由貿易をめざすTPP(環太平洋パートナーシップ)が、北海道農業を揺るがしている。道の試算によると、道産米は生産量が9割減少など農業生産額や関連産業、地域経済への影響は計り知れず、北海道だけで年間2兆1千億円にのぼるという。北海道農業は地域の基幹産業であると同時に、全国の食料供給基地の役割を担っている。食料自給率の向上がわが国の喫緊の課題でもあり、戦後、農業生産力の飛躍的な発展を支えてきたのが農業農村整備事業である。平成22年11月にまとまった「第4期北海道農業・農村振興推進計画(素案)」は副題が「ずっと愛され、輝きを増す北海道農業・農村をめざして」。道農政部の加藤聡農村振興局長に北海道の農業農村整備の推進状況などを伺った。

――農業土木の道を志した動機は
加藤 私は秋田県湯沢市出身で、親はサラリーマンでしたが三反ほどの稲作や果樹をやっていましたから、農作業を手伝うのは、子どもの頃から日常生活の中に根付いていました。工学系を志望していましたので北海道大学に入り、農学部に進んで自然な感じで農業工学を専攻しました。
――その当時は農業土木を目指して全国から集まっていましたか
加藤 本州と道内の学生はだいたい半々の割合で全国各地から集まっていました。
――明治時代の札幌農学校のイメージがあるのでしょうか
加藤 確かにそういうイメージは持っていたかもしれません。特に道外出身者にはそういう傾向は強かったように思います。
――卒業後は北海道に根付く考えがありましたか
加藤 農業土木をやるなら北海道という気持ちはありましたが、卒業後は建設会社に入り、本州で仕事をしていました。2年後の昭和56年に道庁に入り、当時の農地開発部の深川市にある耕地出張所が振り出しでした。稲作地帯の深川市はどこか故郷に似ているところがあり、今でも愛着を感じています。  本州とは営農形態がまるで違い、規模の大きさに驚きましたが、赴任した当初、深川のコメは正直言って美味しくなかった。良食味米の「きらら397」が誕生する10年ほど前のことです。道産米の食味は本州に比べて、当時はまだ相当劣っていました。
――深川ではどのような仕事をされていましたか
加藤 道営総合パイロット事業や客土などを担当しました。特に農地開発は一番力を入れて取り組んだ気がします。
――北海道の自然条件はコメ作りに厳しいのでしょうか
加藤 日本の稲はもともと温暖湿潤な気候に適した品種です。北海道のような寒冷地に適用するためには技術開発や品種開発、営農技術、それらを支える基盤整備に総合的に取り組まないと、美味しいコメを導入するのは難しかったと思います。北海道のコメが美味しいとの評価を得るまで、試験研究や基盤整備に30年以上かかり、ようやくここまできたと思います。
――現場での仕事で印象に残っている物はありますか
加藤 北海道には開拓の歴史があります。赤平市で実施した開拓地整備事業を担当したことがあります。九十九折の山道を登って行くと山の上に開拓地が広がっており、その道路を整備しました。入植者の方々に大変喜んでいただいた想い出があります。  また、現場の監督員として直接、農家の方々と話し合う場面が多かったのですが、農家のニーズをきちんと聞いて形にしていく難しさを感じました。こちらは農業に対する知識も経験も足りません。一方、農家の方々は何十年も営農されてきた経験などに基づき、例えば農地開発においては、この山を切り開いて、こういう畑を作りたいという思いを話されるのですが、それをきちんと汲み取り設計し工事を実施していくという、当たり前のことをきちんとやれるようになるには、まだまだ勉強が必要だと思いました。
――今後の事業概要をお聞かせください
加藤 いま北海道の農業農村整備事業は、ほとんど水田や用排水路、畑、草地などの整備が中心です。従前は環境整備や農道整備、集落排水など農村整備的なものが一定程度ありましたが、最近は生産基盤整備にウエイトがシフトし、その比率がだんだん高まってきました。  道の平成22年度農業予算は1,162億4,100万円で、前年度当初対比27%減。一般会計予算に占める農政費の割合は5.6%から4.1%に縮減されました。 公共事業費の減額が最も大きく、前年度の985億円から575億円と400億円強の落ち込みです。
――それは予算規模が圧縮してきたことと関係がありますか
加藤 そういう部分もありますが、15年ほど前から道独自対策として着手している農家負担軽減事業、パワーアップ事業による生産基盤整備への重点化が影響しています。
▲基盤整備が進む北海道の水田地帯
――そのなかで局長として重点的に取り組まれているのは
加藤 21年度から22年度に予算規模が急激に縮まったので、まずは、いかにして地元要望に即した形に戻していくかが当面の一番大きなテーマになっています。中長期的には、用排水施設や農地などの生産基盤をいかに保全管理していくかということが課題です。  整備の対象が新たに農地や施設を作り上げていく時代から整備した社会資本つまり、農地や施設の機能の経年変化による低下などへの手当てをどうやっていくか、生産機能などの維持・向上を長期的にいかに低コストで図っていくかという時代になってきました。  また、土地改良は「手あげ方式」であり、農家の発意がなければ事業化されません。保全管理にきめ細かく取り組むにも、限られた予算の中でどこを優先するかというの問題も現実的にでてきます。早く手を上げたほうが早く事業化されるような仕組みだけではなかなか上手くいかないと思います。生産資源である農地や排水路、用水路.などがどんな状態なのか診断、評価し、どういう手当てが必要か、全面改修なのか、部分改修で済むのか、維持管理も含めて評価する仕組みづくりが重要です。
――全国の農地の25%を占める北海道農業発展の推進母体である農政部として、限られた職員で対応できますか
加藤 土地改良事業の大きな特徴は、土地改良施設の管理はユーザーつまり農家の代表である土地改良区や市町村が行うことです。管理主体とユーザーが同じです。河川や道路などのように公物管理をしているセクションとは自ずと別の方式をとらざるを得ません。ですから、その全てを道が担うということではなく、所有と管理の実態や特性を踏まえながら、地域・道・国などがいかに連携していくか。資源管理的視点からの診断、評価、実施のサイクルについて、いかにその仕組みを作り上げるかが重要です。
――農地の管理を指導するにしても、現場の情報をいかに収集するかがポイントになりますね
加藤 そのやり方を検討しているところです。農地の機能、施設の性能を見ながらいかに適切な保全管理をするかという視点に立って、現地の情報をどう把握し、地域の土地改良区や市町村と共有していくか、そのシステムの構築に取り組みたいと思います。
――畑や水田によって作物も多様ですから、道の下で情報の一元管理が必要なのでは
加藤 必ずしも道が全てを一元的に把握する必要はないと考えています。当然マンパワーにも限界があるので、今の仕組みで何が困るかを考え、道としてカバーすべきことから検討していきたいと思います。具体的にはこれからですが、何箇所かモデル的に実施し、それを検証しながらグレードアップを図っていくつもりです。
――平成21年4月、農林水産省が打ち出した「農業農村整備事業に関する新たな技術開発五ヵ年計画」を受けて、道としての対応が問われますね
加藤 道の農業・農村振興条例に基づき、だいだい5年ごとに中期計画を策定しています。北海道農政のあり方については北海道農業・農村振興審議会の答申をいただきますが、その中には基盤整備も含まれています。そこで22年11月に第4期北海道農業・農村振興推進計画(素案)を策定したところです。  北海道農業は地域の基幹産業にとどまらず、全国の食料供給地域としての役割を担っています。しかしながら、担い手の減少や高齢化の進行、食の安全・安心に対する消費者の関心の高まり、さらにはWTO農業交渉及びEPT・FTA交渉の進展、国の新たな「食料・農業・農村基本計画」に基づく戸別所得補償制度の導入をはじめとする農政の大転換など、本道農業を取り巻く情勢は大きく変化しています。  こうした状況を踏まえ、これからの農業農村整備のあり方などについて、空知、石狩、渡島、上川、オホーツク、十勝など全道6ヵ所で意見交換会を開催しました。道側から、予算の動向、道の中長期的施策、パワーアップ事業の効果等を皆さんに提示しつつ、多くのご意見をいただきましたが、やはり予算規模の大幅な拡充を望む意見が圧倒的に多かったように思います。
――国の農業農村整備事業費削減が及ぼす影響は
加藤 地域の方々が農業農村整備事業に取り組む際は、実はかなりの時間とエネルギーをかけて地域をまとめていきます。そこでは一定の約束事もあります。ある程度の予算規模を想定し、地区ごとに不公平のないよう、事業実施の順番を時間を掛けて決めますから、突然予算が大幅に削減されると現地が大変混乱します。  22年度の予算は前年度対比で6割を切りましたが、今回の補正予算を合わせると9割ほどまで戻せると思います。  補正予算分は、年度内に発注し、工事自体は23年度に行うことになると思いますので、農家の営農計画や作付け計画との調整を急いで進める必要があります。

(以下次号)


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