建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2010年12月号〉

interview

土木の社会的役割と価値についてもっとアピールを(後編)

―― 先人の残した地図を守ることも大切

北海道空知総合振興局(建設管理部担当)
兼 石狩振興局 副局長 名取 哲哉氏

名取 哲哉 なとり・てつや
昭和32年3月15日 生まれ 富良野出身
北海道大学工学部土木工学科 卒業
昭和55年4月 北海道庁採用(函館土木現業所)
平成14年4月 旭川土木現業所事業部治水課長
平成16年4月 建設部河川課主幹
平成19年6月 小樽土木現業所事業部長
平成21年4月 建設部土木局河川課長
平成22年4月 現職

▲美浦大橋

(前号続き)

――副局長の入庁当時は災害が多発していたとのことでしたが
名取 インフラ整備が一定程度進んだため、同じような雨が降っても当時よりは災害が少なくなっていると思います。今ある安全・安心・便利さについて、多くの人はあたりまえのことと思っていると思います。このことが、これまで整備してきた社会資本に立脚するものであることにまでなかなか意識がいきません。  もともとインフラストラクチャには「縁の下の力持ち」という面があり、われわれ土木技術者は「名利」を求めず、「無名の美学」というのか、世間に向かって主張しない一面がありました。しかし、これからは土木技術の必要性や成果をもっとアピールしていくことも必要だと感じています。
――突発的に発生する自然災害に対しては、日ごろのリスクマネジメントが重要ですね
名取 札幌建設管理部管内で近年、大きな災害は起きていませんが、留意していきたいことのひとつに「危機管理」があります。  リスクは時間外に起きることが圧倒的に多く、緊急事態は「時」を選びませんから「危機管理」は、知識より意識が重要です。迅速な意思決定や行動が必要になりますから、専門力や技術力が問われます。  一方、内的なリスクの芽は、日常の仕事の中に潜んでいることが多いとも言われており、組織として危機の兆候を見逃さず、迅速な措置を情報共有を図ることが、的確な対処につながると思います。  報告・連絡・相談を意識的に行うことが重要で、情報を上に上げやすい環境づくりが必要だと思います。
――昭和56年の大水害では石狩川流域が氾濫しました。千歳川など道が管理している河川ともリンクしていますね
名取 特に、ほとんどフラットな千歳川流域は治水対策が難しい地域です。国の直轄事業で遊水地整備などを推進していますが、道で整備を進めている千歳川に流入する支川で、国で整備している遊水地に一部洪水をためるなど、国の札幌開発建設部と協議、連携しながら取り組んでいるところです。  56年水害時の降雨量は3日で約270mmだったと思います。今回、石狩市厚田で一晩に170mmを記録する雨が降りましたが、もしも、前線が南下して千歳川流域を襲っていたら、甚大な被害が出ていたかもしれません。
――当別ダム、美浦大橋、函館本線連続立体交差事業など話題性ある進んでいますが、技術・工法をお聞かせ下さい
名取 当別ダムは、当別川総合開発事業の一環として建設する多目的ダムで、昭和45年度から予備調査、55年度からは河川総合開発事業調査費による実施計画調査を行い、平成4年4月に事業採択され、現在に至っています。またダムサイトに約20mの厚さで堆積している河床砂礫に水とセメントを加えて混合する「CGS工法」を、台形形状の「台形ダム」に適用する「台形CGSダム」という新しい形式のダムで本格的な施工は日本で初めてとなっています。  平成20年10月に本体工事に着手、翌21年5月より本体打設を開始し、今年9月末でCSGの打設を終了しました。11月上旬には天端部のコンクリート打設を終え、本体工約81万?のCSG及びコンクリート打設が実期間約15ヶ月で終了し、洪水吐き天端橋梁架設を残しダム本体工が概成します。  一方、12路線で約35kmの付替道路工事も鋭意施工中で、貯水池中央部を長さ500mで横断する道道当別浜益港線望郷橋も、今年7月末には上部連続桁が連結され、優美な姿を現しています。  平成23年には、ダム洪水吐、天端部橋梁、管理設備及び取水・放流設備等を施工し、平成24年3月から試験湛水を実施し、平成25年度の供用開始を目指しています。  このような新しい型式なので、全国各地から視察も相次ぎ、平成21年度は、52団体、1,400名、そして今年もすでに土木学会など40団体が視察・研修のため、訪れています。  一般道道美唄浦臼線・美浦大橋は、道道としては平成13年度に事業に着手し、平成22年度の開通をめざして整備を進めています。いままで石狩川で分断されていた美唄市と浦臼町の物流や交流の活性化が期待されるとともに、緊急搬送時間が短縮されることにより、地域医療の面への貢献も期待されています。橋長は=822.6m幅員(W)は12.0m(車道8.5m+歩道3.5m)。全体事業費は15,600百万円を見込んでいます。  上部形式は、中央径間部はニールセンローゼ桁で、制作・架設において一貫した施工管理が必要なため、3ヵ年の債務負担工事としました。ニールセンローゼ桁としては、道内で最長の橋となっています。上部は8月27日に閉合しました。また、橋の色(黄)は地元の方たちが参加した景観検討委員会で選定しました。「軽快な感じがする」と評判がいい。275号線を走っていると、ランドマークになると感じます。  JR函館本線野幌駅付近の連続立体交差事業(鉄道高架事業)は、連続して鉄道の一定区間を高架化(橋梁化)する都市計画事業です。この事業により、2箇所の踏切が除去され、交通渋滞が解消されるとともに、鉄道の高架化により南北市街地の土地利用分断が解消されます。  また、同時に進める土地区画整理事業により、既成市街地の再編が可能となり、駅周辺の土地利用高度化を図ることが出来ます。平成22年度も21年度に引き続き、高架本体工事を進めます。  また北海道施工の中原通は、高架事業により閉鎖される踏切の代替となる道路であり、南側の街路事業と併せて行き止まりが解消され、安全で円滑な交通が確保されることになります。  冬期間の安全走行に配慮し、縦断勾配を実質4%未満とするとともに、「江別鉄道林環境緑地保護地区」内での工事であるため、環境に配慮した工事を行っています。
――「土木の日」の意義について伺いたい
名取 「土木の日」は広く一般の方々にも、土木との触れ合いを通じて、土木技術および土木事業に対する認識とご理解を深めていただき、社会資本整備の意義と重要性について幅広いコンセンサスを形成していくことを目的として制定されました。  昨今、「コンクリートから人へ」という言葉によって、社会資本整備が、もはや一定の役割を終えたかのような誤解を与えていることは残念です。少子高齢化社会、グローバル社会、自然環境問題など我が国を取りまく状況は大きな転換期を迎えています。  北海道は日本の食料基地として、また、国内を始め外国から訪れる観光客の主要な訪問先として、優れた資源、特性を活かして日本の課題解決に貢献し、活力ある地域社会の形成を図ることが必要です。  特に、北海道はもともと広大な面積を有していることから、広域分散型の社会形成をしており、全国に先がけて少子高齢化、人口減少が進んでいる地域です。  分散、少子高齢化、人口減少のビジネスモデルとして、医療や福祉などと連携する社会資本整備のあり方を北海道が先導して研究し、取り組みを進めることが必要ではないでしょうか。  また、社会基盤を適切に整備、保全することにより、地域の安全・安心を確保し、豊かな社会の形成を図るために、土木技術者の倫理が必要不可欠であることは言うまでもありません。専門的知識と経験の蓄積に基づき、使命と責任の重大さを認識しつつ社会に貢献していくことが常に求められていると思います。
――長期間に亘る事業も多いですね
名取 例えば、当別ダムは昭和55年から建設事業に着手し、平成20年度から本体工工事が本格化し、完成予定が平成24年度と非常に長い期間にわたっています。このように、土木事業は調査・計画の段階から事業の完了までには非常に長い時間を要するものが多いと思います。  経済や人口が右肩上がりで順調に推移していた時代であれば、将来の見通しは一定の偏差の中に収まるものであったかもしれませんが、現在のように社会情勢がグローバルに変化している状況の下では、非常に困難なことであり変化に応じて柔軟に計画を見直すことも必要です。  土木事業費はピーク時の半分と大幅に縮減しており、新しい施設をどんどん作っていける状況ではありません。既存施設の改修にも重点的に取り組み、長寿命化を図ることがますます重要になるでしょう。
――後輩の土木技術者へのアドバイスを
名取 未開の地の北海道が、今日の発展を見るまでわずか100年の歴史しかありません。旧内務省の道庁時代に道庁技士だった廣井勇は「港湾工学の父」と呼ばれ、小樽港の築港に従事しました。  田辺朔郎という人もいます。この人は琵琶湖疏水の建設に関わっていますが、京都府知事から北海道庁長官に転じた北垣国道に請われ、北海道庁鉄道部長として官設鉄道の計画・建設にあたりました。  また、石狩川治水の祖には岡崎文吉もいます。石狩川治水の草創期に活躍し、治水計画の基礎を築きました。  これら土木の技術者たちは、港湾、鉄道、治水などに命懸けで取り組み、今日の基礎を築きました。したがって、全ては土木から始まったと言っても過言ではないのです。新たに地図に残る仕事は少なくなってきましたが、先輩達が血のにじむような努力の中から残した地図を、きちんと守っていくことも大事な仕事です。  今年の土木学会全国大会が、9月2日に札幌で開催されました。阪田憲次会長の講演を聴き、大変感銘を受けました。阪田先生は講演の中で「フルセット・コンプライアンス」ということを強調されていました。これは法令遵守を含めた社会的要請への適応や対応という意味で使われています。社会基盤整備は、異常気象、施設の老朽化、災害対応など社会的要請に応える行為であり、国家の危機管理の一環として、社会を支え未来を築く仕事だと強調されていましたが、まさにそのとおりだと思います。土木技術者は自分の仕事に「社会貢献そのものだ」という実感を持つことが大切です。  土木は、(完成までに)長い時間がかかりますし、それだけに先見的視野が必要です。社会情勢の変化に応じて計画の見直しなど柔軟な対応が必要となります。また、土木技術はトータルな学問でもあり、河川事業なら生物や環境、気象など多くの分野が関わっています。ベーシックな施工の技術から当別ダムのように先端的な技術まで非常に幅が広い。日々技術開発も進展しています。更に、社会的価値観の変化により意志決定が、ますます難しくなっています。そういう意味でも幅広い視野を持たなければ意志決定することができません。インハウスエンジニアにはコンダクターとしてのリーダーシップが求められています。  北海道は他府県にはない寒冷地技術の蓄積があり、オンリーワンの技術として、きちんと継承していくことが必要だと思います。

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