建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2009年10月号〉

interview

先見的施策によって損害を回避するための公共投資(後編)

――利益の得られる投資は民間企業に

北海道 副知事 高井 修氏

高井 修 たかい・おさむ
昭和24年12月16日生まれ  札幌市出身
【学歴】
昭和49年 3月 北海道大学大学院 (工学研究科土木工学)
【資格】
北海道職員採用職員上級職(土木)試験合格
【経歴】
昭和49年 4月 函館土木現業所 勤務
平成10年 2月 総合企画部政策室参事
平成11年 5月 総合企画部構造改革推進室参事
平成13年 4月 帯広土木現業所所長
平成14年 4月 総合企画部政策室次長
平成15年 6月 総務部知事室長
平成16年 4月 知事政策部知事室長
平成17年 4月 経済部参事監
平成19年 6月 環境生活部長
平成21年 4月 現職

  公共投資に対する世論の批判には、投資に対する配当の曖昧さも反映している。そのため、投資結果に対する厳密な説明責任が求められるようになり、事業者はそれに応えるべく説明しやすい分野を選択して、効果の上がりやすい都市部に集中させ、費用対効果を数値で示すなどの努力をしてきたが、高井副知事は「そもそも採算性が低いながらも潜在需要のあるところに、配分するのが公共の役割である」と喝破する。不採算を覚悟で、必要とされるところに投資するのが公共の役割であるとして、利益優先主義の企業とは異なる行政本来の使命を強調した。とはいえ、公共事業に携わる建設業界にも、赤字契約によって出費や出資を強いるのは、経済原則に反している。そうした官民が持つ役割の相違に基づき、インフラ整備の必要性と、その発注・契約における諸問題に言及する。

(前号続き)

──阪神淡路大震災によって、高速道路の橋脚が折れて横倒しとなったり、防災本部としての役割を果たすべき神戸市役所の一部が、潰れたという衝撃的な情景がありましたが、あの光景を忘れてはならないでしょう
高井 公共事業批判には、そうしたことを忘れている側面も見られます。河川改修などは、「しばらく災害がないのに、なぜ改修をしているのか」と疑問を持たれたりします。しかし、災害が起きると逆に「なぜ改修しなかったのか」との批判が起こるわけです。災害はそう頻繁に起こるものでもありませんが、だから何もしなくて良いというのではありません。起きると考えられる場合には、手を施しておかなければなりません。  ダムによる貯水対策なども同様で、「北海道は水資源が豊富で心配ない」との指摘もありますが、それは常に先手を打ってきた結果であって、例えば札幌市の水道に将来の心配がないのは、そうした施策のお陰です。それを放置して災害が起きたり、渇水になってから急いで施設を造ろうとしても、整備には20年から30年もかかるのですから到底、間に合いません。だからこそ常に先読みし、先手を打つのが行政の責任なのです。  もしそれをしなければ、不作為と指弾されることになります。「なぜ行政がそれを見通せなかったのか」と、非難されることになるでしょう。反面、適切に手を打って施設整備をすると、「そんなものは必要ない」と言われたりもします。河川関係者などは、その意味でも守りの仕事で理解されづらいですが、手を抜けば甚大な被害が生じるのです。実際に危険箇所はかなりあるのですから。
――今後は人口が減り、高齢者の比率も高まり、国力はさらに衰退するとの未来像も予想されていますが、その時に既存のインフラを維持することは可能かどうかを懸念する主張もあります
高井 インフラの利用者がいる限りは、そのための負担に理解は得られるはずですが、あまり利用されなければ、そこに維持管理費を投入することに理解は得られないでしょう。そもそも何のために造るのか、原点に立ち返る必要があります。  地方が寂れると、医療・福祉の整った住みやすいところに人々が移動するのは当然で、便利な都市部に人口は集中します。それを全国レベルで考えるなら、北海道自体に住む人がいなくなるかも知れません。  しかし、一方には地域の魅力というものもあるのです。インフラなどが整ってさえいれば、地元に住み続けたいと思っている人々もかなりいるのです。北海道に魅力を感じて訪問したり、Uターンしてくる人々もいるわけですから、現在、北海道に住む道民は北海道の魅力に気づいて、確かな暮らしができるような街にしていかなければならないのです。
──特に、国防や国際治安に関する情報を同盟国のアメリカに依存している現状では、海岸線に対する地域住民の監視も必要で、居住し続けられる環境づくりが重要と言われています
高井 北海道は四方が海ですから、海岸線も活性化が必要で、特に日本海側では、治安目的ではないにしても、古くから「日本海対策」が行われてきました。有力な漁場が疲弊し続けていく中で、道北は稚内から道南の松前まで漁港を整備するなど、重点的に対策が行われました。  もともと競争力のある地域ですが、行政が力添えもせず自然体に任せていたのではその力も発揮できないままになります。地域の力だけで頑張るにも限界があります。
──現代は地方分権の趨勢にあり、道も14支庁体制の改革に着手しましたが、地元では地方斬り捨てとの反感もありました
高井 この1年間は支庁制度改革に向けて、様々に議論が高まりましたが、結果的には振興局も総合振興局と同格の機能を持つなど、あまり変化が見られないとの指摘はあるものの、広域事務などは改革していくことになります。  この1年間の議論を通じて、支庁は地域から求められている組織体制であり、重要な役割を担っている出先機関であることを、我々自身が改めて再認識しました。様々な計画で「地域重視」と表現しているように、地域があってこそ道政は成り立つわけで、本庁が北海道を担っているというより、支庁職員こそが道民と日常的に接しながら道政を行い、それが道民の評価につながるのだという意識を明確に持つべきです。各地で地域課題がいろいろとありますが、支庁・支庁長の果たす役割は本庁以上に大きいことを再認識した意義は大きいものでした。
──ところで、入札制度はこの数年の間に様々な改革が行われ、競争性を高めた結果、経済原則に反した異常な原価割れ入札が横行しました。このため、国も自治体も再度、見直しに乗り出しましたね
高井 公共事業は、公正な競争の下に入札契約が成り立たねばならないのですが、今日のように全体の需要が減少していく中で、なんとしても受注を得ようとした結果、過当な価格競争が発生しました。こうなると心配されるのは、完工した施設の品質や、また従業員や作業員にしわ寄せがないかどうか、下請け業者に対してもしわ寄せがないかという問題です。そこで実際に調査してみると、やはりその懸念はあり、建設業界に限らず経済界からも指摘があり、対策への要請を受けてきました。  行政側としても是正する必要を感じ、この7月から最低価格を90%に引き上げることになりましたが、それによって私たちが意図する通りに機能するかどうかを検証しなければなりません。品質確保の意識が薄れてきていないか、下請け企業に対する我々の意図した波及効果が損なわれていないかを監視し続ける必要があります。
──100円ショップ感覚によるのか、9割の落札率を指して、高すぎるなどといった批判もあるようです
高井 「9割が談合ラインだから」などとする指摘もありますが、最低価格ラインを引き上げたのは、それとは全く無関係です。国交省からも地域事情に合わせて見直すように通達があり、長崎県など、すでに9割のラインに引き上げた例もあります。  基本的には、我々の見積った予定価格は正規の価格であり、それによって標準価格が設定されるのです。それに対して、応札する各社が個別の有利な条件を生かして競争するのです。それを、ただ仕事欲しさに価格破壊する傾向が見られたために是正したわけです。
──建築施設も土木施設も、ともに規格品を大量生産するのではなく、一つ一つがオーダーメイドで造り上げられるものですが、そこに量産品と同じ価格競争を導入するのは可能なのでしょうか
高井 入札における競争性・透明性が問われ続けたため、近年になって総合評価方式などが導入され、単なる価格競争だけでなく、各企業の技術力や、企業の地域に対する貢献などを総合的に評価することになりましたが、これは難しい問題です。価格だけでなく、技術力をいかに正当に評価するかがポイントになります。  企業の責任施工ではあっても、われわれ発注者も監督していかなければなりません。技術公務員の使命としては、そうした技術と企業の信頼性を見極める選択眼を高めることが重要になってきます。今は、職員自身が施工する技術力ではなく、業者の施工を見極めるための技術力を持つことが求められています。ですから、現在直面している課題に適切に対応するためには、単なる積算能力だけではなく、現場を知ることが重要であると考えています。


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