建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2009年6月号〉

interview

健全な建設市場維持と優良業者の育成に全力(後編)

――いよいよ高まる直轄事業への要請と執行専門機関の存続と役割

北海道開発局 局長 鈴木 英一氏

鈴木 英一 すずき・えいいち
昭和50年 3月 北海道大学工学部 卒業
昭和50年 4月 北海道開発庁 採用
昭和63年 4月 同 北海道開発局石狩川開発建設部千歳川放水路建設事業所長
平成 3年 4月 同 北海道開発局帯広開発建設部帯広河川事務所長
平成 4年 6月 同 北海道開発局建設部河川計画課長補佐
平成 5年 4月 同 水政課開発専門官
平成 7年11月 同 北海道開発局建設部河川計画課河川企画官
平成 9年 4月 同 北海道開発局旭川開発建設部次長
平成10年 6月 同 北海道開発局石狩川開発建設部次長
平成12年12月 同 北海道開発局長官房開発調整課長
平成13年 1月 国土交通省北海道開発局開発監理部開発調整課長
平成14年 8月 同 北海道開発局建設部河川計画課長
平成15年 7月 同 北海道局水政課長
平成17年 8月 同 北海道局参事官
平成18年 7月 同 北海道開発局建設部長
平成19年 7月 同 北海道開発局長

 平成21年度予算は公共事業を抑制する旧来の基本方針によって編成されたが、一国では手に負えない世界不況に対する即効性ある景気対策の必要から、2次にわたる補正とゼロ国債の執行が決定した。問題はその契約のあり方で、従来のように市場性と経済性を無視した不当廉売的ダンピングがなおも続いたのでは、波及効果は全く望めず、景気対策の意味は無くなる。公共資金をムダにせず、公共投資から確実に大きな配当を得るために発注者に求められるのは、流通業界の安値合戦に慣らされた不自然な相場感覚を抱く大衆向けマスコミや世論の、社会資本に対する誤った価値観に振り回されず、信念を持って健全な建設市場と業界とを、受注だけを狙う不適格業者の浸食から防衛する毅然とした覚悟だ。そして、それを為し得るのは業界事情と積算・施工技術や、それを取り巻く諸政策などに精通した人材だけであり、そしてそれを組織的に効率よく行う機動的な専門機関が北海道開発局である。

(前号続き)

──ダンピングの問題は全国的に深刻でした。落札率が6割などという、いわば投げ売りのような事例も聞かれ、どう考えても手抜き施工でしか対応できそうもないと危ぶまれるケースも聞かれました
鈴木 いわゆるダンピング受注は、公共工事の品質への影響、下請へのしわ寄せ、労働条件の悪化、安全対策の不徹底などにつながるもので、建設業の健全な発展を阻害するものであり、その排除の徹底を図る必要があります。  そのために、主に大規模工事の施工段階における監督・検査等の強化を実施してきましたが、依然として低価格による入札案件が高水準で推移しています。  平成20年12月末現在の低入札件数は、昨年同期に比べ予定価格1億円以上の工事では、ほぼ同じですが、1億円未満の比較的小規模工事で4割以上増加しています。工種別では、一般土木の低入札が大幅に増加し、全体の5割を占めています。  また、一般土木の落札率は、特に大型工事(予定価格4.5億円以上)で85%台となっており、一般土木全体でも90%と低下しています。  そこで、入札段階を中心とした新たな対策として、施工体制確認型総合評価方式や特別重点調査を平成19年1月から実施しました。さらに、平成20年11月からは施工体制確認型総合評価方式や特別重点調査の対象範囲を1億円以上の全ての工事に拡大しました。
──適正に受注する施工会社に対する発注者の総合評価を、国民とも共有できるのが理想ですね
鈴木 私たちの見積もる予定価格とは、地域の人件費と資材価格を調べた上で、それを基に積算しています。それに対する各社の落札価格の分布を見ると、予定価格の90%を中心に、低い方に偏向した形で不均衡にばらついています。それを基準にして、落札率が90%だから「高い」と批判するのは如何なものでしょう。落札価格が予定価格に近いから、その業者に余分な利益が与えられているなどということはあり得ません。実際には、現在の道内建設業各社の利益率はかなり低く、道内の建設業の営業利益率を平成19年度で見ると、わずか0.5%でしかありません。他の産業に比べて、利益率が高いといえる状況では決してないのです。  本来、努力をした優秀な企業や人材に対しては、やはりそれに相応しい待遇を以て処遇し、そしてさらに技術力を高めてもらわなけれけばならず、一方、若い新人も希望を持ってそれぞれの役割を果たしてもらわなければなりません。  しかし、現状のままでは、ただひたすらに安くしなければ契約も取れず、そのためにスタッフは長年勤務しても給与は全く上がらないという状況です。どの産業よりも待遇が悪い業界などという事態になれば、国土を作って守るという重要な使命を持った建設業から新しい人材がいなくなってしまいます。  そもそも会社として、地域の多くの従業員を擁しながら、経営に当たって今後の予定も立てられないなどという事態は、あってはならないことです。従業員の生活も考慮した上で、翌年の企業経営や規模拡大の目標を立てていくというのが、健全な企業の本来のあり方です。地方を支えている大切な建設業が、このような状況に陥っているのですから、「低価格入札をやめろ」と単に非難するのは簡単ですが、まずは、このような状況を国民のみなさんに理解していただくことが必要と考えます。
――政府は財政出動を抑えるため、地方分権によって開発局を含む全国の地方整備局を解体したがっている機運があり、公共事業批判者はそれを利用している印象があります
鈴木 私が子供の頃は、世情がいまだ終戦後の混乱を引きずっていた情勢でしたが、それでも苫小牧港開発に向けて、昭和30年代に掘削が開始されました。当時は「あのような砂浜なんかを、なぜ掘削するのか」と、北大の中谷宇吉郎教授が文藝春秋で「北海道開発に消えた八百億円−われわれの税金をドブにすてた事業の全貌−」というタイトルの論文を発表し、「今すぐに役に立たない事業に、大金を浪費して良いのか。もっと即効性のある分野に投資すべきではないか」と痛烈に批判しました。それに対し、当時の田上辰雄北海道開発庁次長が、「先行投資をしておかなければ、国は良くならない。」と反論していました。  そして私が入庁した昭和50年には、事業はまだ完成していませんでしたが、着工から50年が経過した現在では、本道の半分以上の物資が苫小牧港に輸送されるまでになりました。この苫小牧港がなかったなら、今日の本道の発展も無かったのです。30年後を見通して、果敢に投資してきた成果です。  また、50年代は道路の拡張に力を入れ、整備・舗装が盛んに行われた時代でした。その結果、物流が飛躍的に向上しました。  基盤整備とはこのように先を展望して行うもので、北海道開発局としても北海道が発展するために、先の時代を見通した北海道総合開発計画を策定し、それを実現できる社会基盤整備を進めようという意気込みに溢れていました。  例えば、職員が退職する際に、別れの挨拶では「私はあの道路を造った」、「私はこのダムを造った」と、みな自分の仕事の成果を誇りながら退職していったものです。仕事に対する拘りと誇りこそは、北海道開発局の特性でしたが、近年では 「無事に勤め上げた」と安堵して去る職員もいるようです。これは組織が成熟した結果かも知れませんが、組織としては、やはり意識改革を考えるべきで、10年後を展望した北海道総合開発計画に基づき、北海道を造っていこうという熱意は、基本的には変わりません。
――地域からの要望に応え、地域に喜ばれる事業を進めてきたのに、世論ではあまり歓迎しないムードがあり、さらには組織の統廃合までもが提案されたのでは、職員の士気に影響するでしょう
鈴木 私が現職に就任してから、昨年、全道の開発建設部を巡回したところ、地方に勤務する職員は地元の方々と密に接しており、地域の実感を深く把握しています。都市部よりも郡部の職員の方が、北海道開発局の事業に対する地域の人々の感想や反応を理解しているため、地域の実感を持っているわけです。例えば、ある漁業者の方が年齢的に漁は無理なので、そろそろ辞めようと思っていたが、港湾整備によって作業負担が軽くなったお陰で、まだ漁を続けられると現役の継続を決意したという話も聞かれました。職員にとっては、そうした体験が使命を再認識するきっかけになっているようです。  思い起こせば、私たちがまだ若手だった頃にも、様々な事業を通じ、地域の方々から「開発さん」と親しんでいただいたものでした。今も、現場に出る若い職員は、道路改良その他の事業を通じ、地域住民の方々と接し、意見を交換しながら事業を完成させ、そして喜ばれるという技術者ならではの達成感を日々、経験しているようです。
――北海道の農産物の品質が世界水準に到達し、競争していけるようになったのも、開発局による農業インフラが行われてきたお陰だと、生産者らは認めていますね
鈴木 例えば、稚内で獲れた農作物をその日のうちに本州にまで輸送することは、交通上の問題から不可能ですが、高規格道路が整備されればそれが可能になるのです。本道の社会資本整備は、全道にまで行き渡っていないために、そうした地域はいまだにハンディを負っているわけです。こうした地域格差は許されないことで、ハンディの責任は国である北海道開発局にあるのです。  インフラというのは、地域の人々の産業や生命の根幹に関わるものですから、他国を見ても堅固な国土軸を形成することは、政府の責任として着実に遂行しています。
――その意味では、国家が持つ戦略について、もう少し情報を発信して国民の理解を徹底させることも必要では
鈴木 その通りです。この2月の大雪の時に各地で渋滞が発生しましたが、そうした時には国道が頼られます。というのも、どんな時にも通行でき、有事の緊急出動にも対応できることを、国が責任を持って保証しているからです。そして、それを可能にする維持管理体制を確立しており、実際に道東でも一時通行止めはありましたが、地域の開発建設部は猛吹雪による渋滞で閉じこめられた170台もの乗用車を救出しながら、短時間で復旧に当たったのです。それが国道の使命なのです。  国土に責任を持つのは国家ですから、北海道開発局としてはその役割と責任があり、地方からもそれを期待されています。私たちはその期待に応えていかなければなりません。  そこで、先にも述べましたが、国と道と市町村の長期計画を管内ごとにまとめ、将来像をどのように展望し、その実現に向けてそれぞれがどんな役割を果たしていくのかを分かりやすく編纂して公開することにしました。そのように国、道、市町村が同じ目標に向かって協力する体制が、確立されつつあります。
――経済構造が脆弱な北海道は、世界的不況に呑まれて、ほとんどの道民、特に企業関係者は疲弊していますが、これまで北海道経済の基盤を支え、これからも支えることを期待される開発局のトップとして、メッセージはありますか
鈴木 北海道開発局は、3月をもって再出発に乗り出します。予算は一次、二次補正を合わせると、昨年よりもかなり大規模になります。したがって、事業予算は昨年ほど窮屈ではありません。特に、今回は地元企業が仕事をしやすい環境づくりも進めていきますから、新しい北海道造りに向けて、力を合わせていきたい。  これほどの景気後退に対して、アメリカも中国も公共事業を中心としたニューディール政策で乗り切ろうとしており、これが景気対策の王道なのです。それを踏まえた21年度の景気対策に向けての議論が、まさに始まろうとしており、国を良くするのは国家経済を良くすることであることが認識されつつありますから、私たちはそのためにも早期発注に全力を挙げます。したがって、地元建設業の関係者の方々も、そのために力を貸して欲しいと思います。

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