建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2009年5月号〉

寄稿

斐伊川水系「平成のオロチ退治」

――志津見ダム・尾原ダム建設事業

斐伊川神戸川総合開発工事事務所 所長 中川 哲志

中川 哲志 なかがわ・てつし
昭和57年4月 建設省入省(北陸地方建設局)
平成13年4月 国土交通省 土地・水資源局 水資源部
        水資源計画課 水資源調査室 専門調査官
平成16年1月 中国地方整備局河川計画課長
平成18年7月 中国地方整備局地域河川調整官
平成20年4月 現職

はじめに
 「八岐大蛇(やまたのおろち)」の神話が伝わる島根県東部を流れる斐伊川水系では、平成22年度の同時完成を目指して、志津見ダム(斐伊川水系神戸川)と尾原ダム(斐伊川水系斐伊川)の二つの多目的ダム建設事業を進めている。

▲図-1 斐伊川・神戸川治水計画3点セット
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1.治水計画の概要
 斐伊川・神戸川では、昭和47年7月洪水による甚大な被害を契機として、両水系を一体的に捉えて、上流、中流及び下流でお互いに治水機能を分担する抜本的な治水計画が、昭和51年7月に策定されている。この計画は「斐伊川3点セット」と呼ばれるもので、@斐伊川・神戸川両河川の上流部でのダム建設、A斐伊川の洪水の一部を神戸川に分流するための中流部での放水路の建設と神戸川の抜本的改修、B斐伊川下流部での宍道湖と中海を繋ぐ大橋川の改修及び宍道湖・中海の湖岸堤整備、の3つの柱から成っている。

▲図-2 志津見ダム堤頂部の簡素化
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2.志津見ダム
 志津見ダムは、洪水調節、河川環境の保全、島根県に対し新たに1日最大10,000m3の工業用水の取水を可能とし、島根県が新設する発電所において最大1,700kwの発電を可能とする。  ダム形式は重力式コンクリートダムで、堤高85.5m、総貯水容量50,600千m3、湛水面積2.3kuである。  補償関係としては付替道路約24.5km、用地買収約380ha、家屋移転97戸に及ぶ。  昭和61年4月にダム建設事業に着手し、本体工事には平成16年6月に着手し、平成21年3月に全体約43万m3のコンクリート打設を完了したところであり、平成21年度より試験湛水を開始することとしている。  洪水調節方式が自然調節方式(ゲートレスダム)であり、設計洪水流量をダム天端全断面で越流させる形状とした。このため、ダム天端高を自然越流頂と一致させ管理用通路として利用可能な形状としたことで、管理橋を廃止して堤頂構造を簡素化している。  これは、ダムサイト右岸に拡がる山林について、「ダム周辺の山林保全措置に対する費用負担制度」を適用したことにより、当該山林を管理する付替道路等が不要となり、常時ダムを横断する必要が無くなったためである。ダム事業の工期短縮やコスト縮減にも繋がっている。

▲図-3 尾原ダムの放流設備
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3.尾原ダム
 尾原ダムの目的は、洪水調節、河川環境の保全、島根県東部の3市1町に対し1日最大38,000m3の水道用水の供給を可能とする。  ダム形式は重力式コンクリートダムで、堤高90m、総貯水容量60,800千m3、湛水面積2.3kuである。  補償関係としては付替道路約19.7km、用地買収約392ha、家屋移転111戸に及ぶ。  平成3年4月にダム建設事業に着手し、本体工事には平成18年6月に着手し、平成20年度末には全体約66万m3の内約45%のコンクリート打設を完了したところである。平成21年度中にはコンクリート打設を完了し、平成22年度に試験湛水を実施し事業を完了することとしている。  洪水調節方式は一定率一定量放流を採用し、貯水池容量配分は制限水位方式とし、6門の洪水調節用の放流施設を有している。  洪水用放流施設は、水位維持用放流施設2門(最大放流量100m3/s/門)、洪水調節用放流施設2門(最大350m3/s/門)、非常用洪水放流施設2門(1,125m3/s/門)から成る。  水位維持用放流施設と洪水調節用放流施設については、ダム近傍の民家への騒音問題の発生が懸念されたことより、水中放流方式の全管路型放流管としている。

▲図-4 連続サイフォン取水設備(志津見ダム)
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▲図-5 連続サイフォン取水設備(動作原理)
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4.連続サイフォン式取水設備の採用
 志津見ダム・尾原ダムとも利水用放流施設の選択取水設備には、空気によって止水を行う「サイフォン式取水管」を連続で並まべて任意の水位から取水できるようにした「連続サイフォン式取水設備」という、我が国で最初となるタイプを設置している。(図-4) サイフォン式取水設備には、鋼製ゲートや開閉装置は存在せず、連続的に配置された逆V字管の頂部に、空気を出し入れすることで開閉を行う。(図-5)この設備を用いることにより、鋼材・制御装置等の費用を抑え、コスト縮減を図っている。

おわりに
 志津見ダム、尾原ダムとも構想が発表されてから約半世紀を経て、今日建設事業の最盛期を迎えているが、今日に至る迄、水源地域の方々をはじめ多くの方々のご理解とご協力により成り立ってきた。  ダム事業においては、ダムの受益を受ける下流地域の方々に、水源地域の皆様が抱かれている「斐伊川3点セットに対する想い」を伝えていくことが重要であり、上流地域が実施される活動の機会に合わせて、ダム工事見学会等を実施しているところである。  両ダムが末永く地域に愛されるダムとなるよう、今後とも多くの方々のご理解とご協力のもとで平成22年度完成を目指し工事を進めて参る所存である。






寄稿

「命の水 命のダム」定礎石に地元小学生の“ 願い ”が刻まれた志津見ダム

――豪雨災害による休止のハンデを乗り越えて

志津見ダム安全協議会 会長 中根 亘(株式会社 大林組)

▲左岸より打設が完了した堤体を望む

1.工事概要
 志津見ダムは、15t×85mと13.5t×75mの2基のタワークレーンによる拡張レアー工法でコンクリート打設を行い、平成18年7月の豪雨災害で4ヶ月の打設休止を余儀なくされたが、今年3月に打設を完了し、現在、試験湛水開始に向け鋭意工事を進めています。

2.施工にあたっての留意点
 志津見ダムでは連続サイフォン式取水設備を採用しており、そのV字管回りの打設にあたっては、配合や注入管配置等を工夫し確実な充填に留意しました。一方、堤頂部が全面越流形状であるため、越流部の型枠は精度を重視して工場製作とし、その仕上り面の状態にも細心の注意を払い、堤頂全体のスムーズな水の流れに配慮しました。  また、工程短縮・品質確保・環境保全などを目的にいくつかのVE提案を入札時に行い実施した。その主な概要は以下のとおりです。  @夏季コンクリート打設対策として、練混ぜ水への冷水使用、骨材の冷水によるプレクーリング、骨材貯蔵設備のコルゲートビンへの断熱材巻き付けや噴霧散水、等を実施し、日平均気温27℃でも打設が可能でした。Aダムサイト周辺にクマタカの飛来が確認されていたため、パワーレベルの大きい騒音が継続して発生する骨材・コンクリート製造設備の騒音対策として、コンクリート製造設備を防音建屋構造とし、骨材製造設備についても防音建屋構造とすることで、LA5値を60dB以下に抑えました。B建設副産物対策として、伐採材をチップ化して堆肥化し緑化基盤材に利用、現場で発生したコンクリートガラは再資源化処理をして工事用道路の路盤材に再利用しました。また、骨材濁水処理設備等から大量に発生する脱水ケーキは、生石灰で固化処理し、盛土に有効利用しました。

3.地域との協調
 施工にあたっては、周辺環境に特に配慮した施工を行っている。  ダム工事では、地域の方々の理解と協力が不可欠であり、地元行事への積極的な参加や様々な面での地域貢献による信頼感の醸成に努めるとともに、関係部署とのコミュニケーションにも配慮することで、ダム建設への理解を深めていただき、円滑な工事進捗に取組んでいます。






寄稿

技術提案対話型で施工

――課題を残しつつも地場調達に前向きに取り組む

尾原ダム安全衛生協議会 会長 村上 邦夫(清水建設株式会社)

▲尾原ダム

1.施工に当たっての留意点
 尾原ダム建設工事は、技術提案の再提出を認める技術提案対話型の詳細計画審査方式(試行)でした。また、入札時VE方式の一般競争入札で、本工事におけるVE提案は、@施工日数の短縮A建設廃棄物処理対策B夜間照明対策でした。  施工計画の立案に際しては、設計条件、地域環境他に関わる留意点を十分勘案した上で、 @施工品質の確保Aコスト縮減B工程の確保C安全の確保D環境負荷の削減の5項目を軸にして取り組みました。この項目を満足させるための施工方法、施工設備の比較検討を行い、さらに最新の施工設備、機械、方法を駆使して施工に当たりました。  本工事で採用した具体例は、 @鉛直昇降コンクリート運搬設備(ライジングタワーの採用)A基礎掘削での骨材用原石の転用率の向上Bバンカー線の自動化CISO9001、ISO14001の活用D労働安全衛生マネジメントシステムの活用です。  特に、地域環境保全に十分配慮するとともに、ダムサイト下流の地元住民に対しては、水質保全、騒音、振動、粉塵、夜間照明等について細心の注意を払い施工しました。

2.地場調達の取組みと課題
 堤体本体工事等、専門技術を要する工事については専門業者と契約しましたが、仮設備工事、仮設工事及び仮設材料等については地場業者主体としました。また、専門業者の作業員についてもできる限り地場業者の作業員を使用しました。これら地場業者を使用しての課題は以下のとおりです。 @通常規模の工事を主にしているため、単価が高く単価交渉に時間を要した。 A地場の窓口を通しての契約となり、勝手に地場業者を選定できないところがある。 B地場業者が忙しい時には、当工事にまわる作業員が不足気味となる。 C一部の業者に安全管理レベルの低いものがいて、教育に時間を要した。


志津見ダム安全協議会・尾原ダム安全対策協議会


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