建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2009年4月号〉

interview

人と自然が調和する後志管内の地域づくりをめざして

――技術と経営に優れた信頼される建設業

小樽建設協会 会     長
株式会社 草別組 代表取締役
草別 義昭氏

草別 義昭 くさわけ・よしあき
略歴
昭和12年2月21日生
昭和34年3月 法政大学工学部土木工学科 卒業
昭和34年4月 株式会社草別組 入社
昭和43年2月 同社 代表取締役社長 就任
昭和43年2月 北興コンクリート工業株式会社 代表取締役社長(現会長) 就任
昭和49年7月 株式会社北興生コン 代表取締役社長(現会長) 就任
公職
昭和54年9月 社団法人北海道水産土木協会 会長(社団法人は62年から)
昭和62年5月 岩内商工会議所 常議員
平成 2年4月 社団法人北海道建設業協会 理事
平成 2年4月 建設業労働災害防止協会 北海道支部理事
平成 2年3月 小樽建設協会 会長
株式会社 草別組
岩内町字東山12番地12
TEL 0135-62-1647

 後志管内岩内町の草別組は、後志を代表する総合建設会社だ。事業意欲に燃えた先代の草別甚蔵が裸一貫で製材・木材販売業を始め、戦後、土木・建設業に参入、草別組の土台をつくった。昭和43年に2代目社長に就任以来、40年余にわたって会社の陣頭指揮にあたっている草別義昭氏は小樽建設協会長等の要職をこなし、後志の基盤整備に力を尽くしてきた。高速道路、北海道新幹線など後志の課題と展望を聞いた。

――小樽建設協会の会長でもある社長に、まず後志管内の建設業の状況について伺いたい
草別 建設協会の歩みからお話しすると、小樽建設協会は、人と自然が調和した後志・私たちは未来に継ぐ地域づくりをめざしています。建設業者の親睦と地域の発展を目的に昭和28年、後志小樽土建協会として発足。40年に小樽建設業協会と後志小樽土建協会が合併し、今日に至っています。現在の会員企業は56社。経済情勢が厳しく、公共事業もピーク時の半分以下にまで落ち込むなど「生きるか死ぬか」の瀬戸際に立たされていますが、地域の活力・雇用を支える基幹産業であることの自覚と誇りを持ち、難局に立ち向かって生きたいものです。  そこで、21年度の事業計画では入札制度変更への対応、建設技術者の資質向上、労務管理指導の推進、若手経営者の育成などを最重点に取り組みます。
――入札制度への対応が難しくなっているようです
草別 低入札制度など建設業界の経営環境が様変わりしています。極端な低価格では、品質・安全管理体制が確保されません。ダンピング受注は、建設産業の健全な発展を阻害するものとして強い危機感を抱いています。そのため、低入札の下限は、建設業協会としては90%前後にしていただけるよう要望しているところです。  建設業界の利益率は全国平均で0.9%。最低制限価格が予定価格の82、3%では企業経営は厳しく、しかも、仕事量が減っているので、減量経営に努めなければ、勢い一般管理費が高くなってしまいます。従来10%を切っていたのが10%超になります。そのため、時代の変化に適切に対応し、技術と経営に優れ、地域から信頼される建設業をめざしたい。
――入札では相変わらずダンピングが激しいですか
草別 後志管内にも大手が参入し、一種の「仁義なき戦い」の様相を呈しています。建設工事は規模によってA工事からD工事にランク分けされていますが、4億5,000万円以上のA工事の発注はほとんどないので、A・B混合型の全道規模で公募しますから、勢い競争が激化します。
▲北海道新幹線概要図
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――後志管内は新幹線、高速道路の話題もあり、将来展望を考えると先が楽しみでは
草別 東京まで3時間少々の北海道新幹線は、長万部〜札幌間(124km)が平成21年に一部着工が決まり、倶知安と小樽に新駅が計画されています。ただ、裏返すと地元負担があります。そのための道財政も厳しいですが、直接受注できなくても建設が本格化すれば生コン、重機等が動きますから、他の地区よりは多少は夢があるかもしれません。 北海道横断自動車道の余市〜小樽間(23.4km)は、平成18年3月に事業許可を受けて着手、NEXCO東日本が整備しています。  もう一つは手付かずに残っている余市〜黒松内間(79km)の高規格道路建設です。建設業界だけではなく倶知安商工会議所の川上会頭等とも連携し、建設促進運動に取り組んでいるところです。後志は高速道路がつながっていません。小樽〜余市間は平成30年度に供用開始の予定ですが、余市〜黒松内間の79kmは着工の目途さえ立っていません。  現在はまだ計画路線ですから、あと2段階ステップアップしないと実現しません。政府の景気浮揚対策に向けて、何とか道筋を付けたいと期待しており、先般も倶知安でシンポジウムを開催しましたが、ひたすら陳情するしかありません。 高速道路網の整備により苫小牧港まで2時間、函館港も4時間で行けるようになり、野菜、果物や海の幸など後志の「食」を新鮮なまま東京、関西へ届けることが可能になります。  ニセコなどへ観光客の誘致にも波及効果が大きい。また、後志管内は脳疾患、心疾患などの専門医が不在のため、札幌まで救急患者の搬送は時間との戦いであり、命に関わる重大な問題です。一日も早い高速道路の実現を願っています。
――公共事業の発注状況は
草別 最盛期は全国で14兆円の規模でしたが、今では7兆円まで落ち込んでいます。小樽開発建設部の発注額も、かつての400億円から250億円にまでダウンしているのが現状です。  泊原発は、管内4ヵ町村の25社で結成した岩内建設業協同組合で受注した3号機の工事も終了しました。町村は国の地方交付税が大幅に減額されていますので、公共工事の発注は少なくなっています。  泊村はすでに水洗化が完了していますが、岩内町は下水道が完備していないので、引き続き受注が期待できます。京極町では北電が水力発電施設を整備中です。 例年なら向こう1年間の受注予想額を決める時期ですが、今回ばかりはなかなか詰め切れません。こんな事態になるとは考えたこともありませんでした。
▲しりべし高速交通ネットワーク推進会議より
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――草別組は後志管内では小樽も含めて建設業界でトップクラスですが、会社の生い立ちについて伺いたい
草別 私の両親は、共に富山県の農家の出身です。両親は結婚後の昭和10年、京極町の叔父を頼って北海道に移住してきました。草別組は、父の草別甚蔵が昭和18年、茅沼(現泊村字茅沼)で茅沼炭鉱向けに製材・木材販売業を始めたのが始まりです。戦後は引揚者住宅の建設、小樽土木現業所共和出張所の直営土木工事の施工に携わり、24年10月には岩内町に営業所を開設しています。  そして、木材業と合わせて土木・建築業にも積極的に参入し、事業の拡大を図っていきました。管内の業者として初めて箱型トラックを導入したのも先代社長でした。  昭和20年代はまだ役所が直営で土木工事を施工するのが主流でしたが、20年代後半になると河川災害復旧工事、橋の架換工事を受注するなど草別組の名前が土木業界で次第に広がっていきました。  27年には河川護岸工事のコンクリートブロックを試作したところ、30年代に入って相次いだ台風による河川氾濫の復旧工事でコンクリートブロック敷設による工法が採用され、爆発的な需要で草別組の飛躍につながりました。
──社長は現職に就任して40年、入社した年からは50年で半世紀に及びますが、その間の建設業界の変遷を見て、感じることもあるのでは
草別私は昭和34年に、法政大学工学部土木工学科を卒業し、草別組に入りました。当時は55歳くらいが引退時期でしたが、現代は寿命が80年に伸びていますからね。  先代社長は農業が本業で、建設業に拘泥していたわけではなく、現在の共和コンクリート(株)の初代会長を務めていました。そして、本間社長が退任したことから、パテント料金を支払って全国展開に乗り出すべく北興コンクリート(株)を設立し、ブロック協会の初代会長にも就任して勲五等も受賞しました。  最近は工事が減ったので、私は消波根固協会の会長や支部長なども務めていますが、28社だった会員がみな本州に引き揚げ、13社に減るなど、時代は様変わりしました。まさかこれほど大変な状況になるとは、思いもしませんでしたね。  かつての工事契約は指名競争入札が主流で、最低金額を提示した会社に落札するだけで決まっていましたが、近年は告示されてから時間がかかり、関係者さえも忘れた頃に落札しているという状況です。
──長年の業務を通じて、印象深かった現場などはありますか
草別 岩内町が36、37年と2年連続で集中豪雨に見舞われ、突貫工事で復旧に当たったのが忘れられません。  車両も何もない時代で、地元市町村でも冬場は事業をしないというのに、国からは「年度内に完了して欲しい」と言われ、「冬場の施工は難しい」と抗弁しましたが、補助事業ですから施工者の私だけでなく、道や市町村の担当者も復旧に向けて急かされました。私たちは橋梁技術者ではなかったので、そのことでも渋ったら「これからでも勉強して施工に当たれば良い」と、とにかく施工を急いでいました。  昭和30年代は今日のように一級、二級土木技術士の資格が設けられていなかったため、施工経験や実績がなくても経験ある下請け企業とジョイントを組めば、受注できるという寛容な時代でした。
▲岩内港展望
──今日の世界不況に対応して、ようやく政府も2次にわたる補正予算とゼロ国債の執行、そして新年度以降に向けては3次補正予算の必要性が論議されるなど、本格的な景気対策に乗り出しました。今後の会社運営について、どんな展望を持っていますか
草別 会社としての今後のビジョンについては、今なお検討中で、従来は会社としての3カ年計画や5カ年計画を立ててきたのですが、本年の単年度計画さえ立てるのが困難な状況です。従来なら3月中に、新年度の受注見通しを立てて、経営計画を作れましたが、今年は全く見通しが立っていません。これは当社だけのことではないと思います。  やはり、入札制度の変更による影響が大きいですね。官制談合の反省から、一般競争入札を主流にしたわけですが、この制度によって業界事情も大きく変化しました。  しかし、21年度も補正予算が執行される見込みがありますから、そこに期待を賭けています。
表彰
昭和54年 5月 札幌市長感謝状(札幌市都市計画事業推進の功績)
昭和63年 5月 社団法人北海道建設業協会会長表彰 (建設業界発展の功績)
平成 元年 5月 北海道知事感謝状(水産土木事業推進功労)
平成 元年10月 北海道開発局長表彰(北海道開発事業推進の功労)
平成 元年 11月 北海道知事感謝状(体育振興の功績)
平成 2年 5月 社団法人全国建設業協会長感謝状(建設業界発展の功績)
平成 3年 5月 北海道知事感謝状(農業農村整備事業推進の功績)
平成 3年 8月 内閣総理大臣褒状(公益奉仕の功績)
平成 4年 6月 社団法人北海道交通安全推進委員会会長感謝状
平成 5年 4月 札幌市長感謝状(社会福祉事業推進の功績)
平成 5年 9月 北海道土木現業所長感謝状(北海道公共事業推進の功績)
平成 6年 1月 北海道知事感謝状(北海道公共事業推進の功績)
平成 6年10月 札幌市長感謝状(札幌市交通事業推進の功績)
平成 7年 7月 建設大臣表彰(建設事業功労)
平成 8年11月 黄綬褒章受賞
平成13年11月 厚生労働大臣賞受賞

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