建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2009年4月号〉

interview

農業農村整備事業に期待する波及効果(後編)

――地域経済の活性化にも大きく貢献

北海道農政部農村振興局 局長 坂井 秀利氏

坂井 秀利 さかい・ひでとし
昭和26年9月29日 東京都生まれ
昭和50年3月 北海道大学農学部農業工学科 卒業
平成10年 胆振支庁耕地課長
平成12年 十勝支庁農業振興部長
平成15年 農政部農村計画課参事
平成16年 農政部農地整備課長
平成17年 農政部農村設計課長
平成19年 農政部農村振興局長

 農業農村整備事業はいろいろな役割を持っている。前編では主に農業生産基盤整備が農産物の収量・品質の向上に大きく貢献している点を中心に伺いました。今回は農業農村整備事業の地域経済への波及効果や食料自給率向上にどの様な役割を果たしているかについて坂井局長に伺った。

(前号続き)

――アメリカの金融経済の失敗により、世界中の勤労者が経済難民へと追い込まれる状況になっています。このため、かつてのニューディール政策のような即効性のある景気浮揚策が求められていますが、農業農村整備事業の経済効果は大きいのでは
坂井 三和総研による平成8年の調査結果ですが、農業農村整備事業(以下NN事業)の経済波及効果を、他の公共事業と比較すると、例えばNN事業で1兆円を投資した場合の経済波及効果は1.84兆円で、河川事業は1.79兆円、道路・街路等では1.32兆円との試算です。  そして、同じく1兆円を投資した場合の誘発就業者数は、NN事業は12.6万人、河川改修は10.5万人、道路改修では9.1万人との調査結果です。  これは、NN事業は地場中小企業への発注率が高く、地域経済に及ぼす効果が大きい上に、一般土木事業に比べて用地補償費の割合が低いという特徴を持っており、生産誘発効果、就業誘発効果が大きいということですね。
――それだけ雇用吸収力があるものと期待できますね。一方、公共投資削減で、連日のように建設会社は倒産しており、新たな失業者が生み出されています。そのため、各社とも他業種への参入を余儀なくされていますが、農業への施工会社の異業種参入と失職者受け入れの可能性は
坂井 平成19年9月現在の、道内農外企業の農業への参入概況を見ると、農外企業と関連のある農業生産法人は92法人となっており、参入数は近年増加傾向にあります。特に平成15年以降の増加が目立っており、参入企業の業種別では120企業のうち建設関連が4割以上を占めています。  営農類型別では畑作が36%、畜産が21%で、この二分野で6割近くを占めており、それに野菜が続いています。  参入の動機は、建設業では雇用対策で、食品関連や農産物販売などそれ以外の業種では関連部門の拡大や原料調達を理由としているものが多いですね。現在の厳しい経済状況の中で、建設業界からも農業への参入を考えている企業は多くなっています。そもそも建設業界の場合は、重機オペレータなど人的、物的資源をすでに所有しているため、有利な面もありますが、農業の技術、販路、資金、制度や法律など様々な課題もあることから、幅広く情報を収集・検討し、関係機関にも相談するなど、少しでもリスクを減らすよう準備することが重要です。
――建設から農業への参入は、成功事例もある一方で、収益状況が思わしくない事例も多く聞かれ、業界内では今でも懐疑的な声や否定的な反応も見られます
坂井 道では、建設業の支援に関する総合的な相談窓口として、北海道建設業サポートセンターを設置しています。それだけでなく、各地域にも農業参入に関する制度や支援施策、生産技術、農業経営等に関する相談窓口があります。まずは、それらを積極的に活用して欲しいと思います。
――成功した事例に見られるポイントは
坂井 道内のいくつかの成功事例を見ると、経営者の将来的な夢が農業にあり、「いずれは農業を」という情熱と、それを実現するため社会情勢に対する観察力を持っていたことです。そして、地元建設業としての長年の実績が「あの会社なら農地をまかせてもいい」という信頼感につながって地域での参入を促す大きな力となってます。また、地元の営農集団に一部作業委託したり、農業者の生産部会に加入するなど既存農業と共存しながら、地域に根を下ろした経営を心がけています。  一方、重機やオペレータの人材など建設会社の強みを発揮し、4〜6月などの農繁期には従業員を農作業に派遣して支援したり、暗渠排水施設、均平、区画整理などの基盤整備を、自ら実施して効果を上げた事例も見られます。  さらに、農業参入前から離農者を臨時雇用してきたことが「農業のわかる人材」の確保につながった例や、常勤の専任スタッフを核として技術習得に努めたことが成功の大きな要因となったケースもあります。
――「できるわけがない」と諦めて悲観的に捉えず、どうすればできるのかを現実的に模索する姿勢が大切ですね
坂井 公共事業の先行きが不透明な中、従業員の就労の場を創出し、確保していくための選択肢として、まずは広く情報を収集してみてはと思います。
――カロリーベースの自給率が200%に達する北海道は、かつては木材供給基地、後に石炭供給基地、そして今日では我が国の食料供給基地としての役割を高めつつありますね
坂井 近年、地球温暖化や多発する気象災害、発展途上国における食糧不足の深刻化や輸出規制、原油をはじめとした生産資源の高騰、輸入食品の安全性をめぐる問題などで、農産物をはじめとする食料自給に対する国民の関心がかつてなく高まっています。  そして現在、国においては食料農業農村基本計画の見直しが進められ、食料自給力の向上をはじめ農村の振興などについて幅広く議論されているところです。  北海道は、第3期北海道農業・農村振興推進計画で、平成27年度におけるカロリーベースの食料自給率の目標を242%に設定していますが、我が国最大の食料供給地域として目標を達成することが重要でありますし、生産性や品質を向上させ新たな作物の導入を可能にする農業農村整備事業の役割は大変重要だと考えています。  もとより、本道農業・農村は、安全・安心で良質な食料の安定供給をはじめ、国土や環境の保全、美しい景観の形成など多角的な機能の発揮を通じて、本道の地域経済を支える基盤として大きな役割を果たしています。  今後とも農業・農村が持続的に発展するためには「農地」「農業用水」「農業用施設」「自然環境」「農村景観」といった地域資源の持つ機能が十分に発揮されるよう、地域の特性や農業経営の特長を活かした整備が重要となっています。  私としてはこれらのことを踏まえ、新たな技術手法の導入や、個々の農地条件や経営形態に応じたきめ細やかな整備に努め、効果的・効率的な整備により地域の個性が輝く活気ある農業・農村づくりをめざしたいと考えています。

HOME