建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2008年11月号〉

interview

絶え間ない水産開発のテンポと力強い拡大基調路線の歩み(中編)

――漁師から「漁師」と呼ばれながら官民一体で新機軸を確立

北海道水産林務部 部長 武内 良雄氏

武内 良雄 たけうち・よしお
平成11年5月 水産林務部栽培振興課参事
平成12年4月 水産林務部企画調整課 参事兼水産林務部企画調整課研究普及室長
平成13年4月 水産林務部漁業管理課長
平成15年6月 水産林務部技監
平成17年4月 水産林務部水産局長
平成18年4月 檜山支庁長
平成19年6月 水産林務部長

 全国370余りの事業者に事故米が流通した三笠フーズ事件の反面、北海道の食材としての農水産物の信頼性と評価は高まる一方である。その信用力と商品力を武器に、ホタテ、サケ、コンブの国内流通だけでなく、中国などへの国外輸出にも成功してきたが、一昨年からスタートしたタコ箱オーナー制は応募者が殺到するなど、北海道の水産業は勢いづいている。その勢いに乗って、政策的にはさらに国際競争力を持つ魚種の開発が進められており、ナマコ、ヒラメ、カレイ、ニシンへと拡大しつつある。まさに水産の未来は拓けている。

(前号続き)

──今後の国外への輸出拡大の可能性として、インドや東南アジア、さらには中東やアフリカなど、あまり鮮魚を食用する習慣のない方面にも、加工などの工夫によって拡販していくことは可能でしょうか
武内 確かに、将来はインドの人口が中国を越えると予測されていますから、今後はそこまでも視野に入れていく必要はあります。もちろん、これは一漁業者で対応することは無理ですから、漁連などの系統団体や行政が担っていくでしょう。何しろ、漁連が中国への販売網を確立するまでには、10数年越しで関係者との長い交流を持ってきたわけです。そして、これまでは加工用に輸出してきたのが、今度は中国の国民の食用としても販売しようという戦略も立てております。品種もサケ、ホタテだけでなく、サンマなど他の魚種にも拡大しようとしています。  この他にも、ナマコなどは全道で獲れるので、これも中国へ輸出しており、道はナマコを重点的な魚種として 位置づけており、室蘭市の道立栽培試験場で種苗を生産し、この6月に奥尻島でナマコの大量放流試験を実施しました。ナマコは数年前まで、1kgが500円の単価だったのが、今では 3,000円以上にまで高騰しています。
──ナマコの中国での需要はどう推移しそうですか
武内 今後とも北海道のナマコの高評価が続いて欲しいと思います。ちなみに中国では、ナマコを干して料理の材料とするほか、ゼラチンが美容に効果があるとのことで、栄養ドリンクとしても利用されているようです。豚のゼラチンなどもありますが、北海道産は清潔な海で育ち、安全性は確実ですから獲れるほどに売れるとのことです。
──北海道の水産技術による成果もあるでしょう
武内 技術は確かに進歩しているのですが、米などのようにブランド化が容易ではないため、試験場など研究機関の職員の努力が評価されづらいのです。ホタテやサケ、コンブの栽培技術は、国と道の技術者が基礎研究から応用までを手がけて確立されたものですが、さらに新たに手がけたナマコも成功を収めれば、道立試験場などの知名度と評価も上がるのではないかと期待しています。  この他に、日本海では現在、ヒラメの放流が始まっています。檜山管内瀬棚町と留萌管内羽幌町の栽培公社で、毎年各110万尾ずつ放流しています。また、マツカワカレイも昨年から100万尾体制で放流を開始し、かなり漁穫できるようになってきています。かつては座布団のようなサイズのカレイが獲れていたのが、後に全く収穫できない状況となっていました。それが放流によって40p以上のサイズで復活したわけです。  さらに、最近では日本海でニシンも獲れるようになっています。かつてニシン御殿が見られた時代から見ると、量としてはかなり少ないものとは思いますが、昭和30年代以降から全く見られなくなったニシンが復活してきています。これも日本海対策として、みんなで努力した成果ではないかと思います。
──減船政策の暗い時代から営々と努力してきた政策努力が、今に開花し結実したという状況で、職員もまさに収穫の時を迎えたといえますね
武内 本道水産業は大変厳しい状況には変わらず、胸をはれる話ではありませんが、少しずつ成果は表れていると思います。また、現在、道は財政緊急事態のため、職員の給与も人員も減少しておりますが、一方では北海道の水産を発展させる夢と、施策によって関係者に喜んでもらうというやりがいのある仕事を担っていると思います。現在の苦況を乗り切って、漁業者の生活を安定させ、これ以上漁家を減らさないことを目標に邁進しなければならず、そこにやりがいが感じられます。  例えば、一昨年から実施しているタコ箱オーナー制などは、支庁水産課の職員が漁業者と協力し、留萌のタコを売り込もうと発案したものでした。漁業者の視点から見れば、本来は自分が収穫すべき魚を他人に分けるわけで、一口5,000円を徴収したところで全く収入にはならないのですが、狙いは留萌のタコをブランド化することにあったのでみな協力してくれたのです。そうして募集をしてみると、途方もない数の応募があり、その反響に知事も喜んで名誉オーナーにもなっています。  こうしたアイデアも、漁業者と職員に直接的な交流があるからこそ実現できたわけです。そして二年目からは、抽選にもれた人にはネットを通じて収穫情報や商品情報を提供し、通販で購入できるシステムにしています。つまり、抽選に漏れたおよそ一万人の人々が、オーナーのお得意客となる仕組みですね。  これを好例として、私は全道水産課長会議の場では、目新しいことを新規に始めようとするのではなく、すでに目前にある素材についての考え方を変えるだけで、画期的なビジネスに繋がっていくものであることを強調しており、そうしたアイデアを考える上でも、毎週末になると家族のいる札幌に帰ってくるようではダメだと話しています。漁業者は平日には漁に出ており、週末にこそ閑ができるのだから、そうした時にこそ接点を持って交流すべきなのです。私が檜山支庁長を務めていたときなどは、年に3、4回しか自宅には戻りませんでした。週末にイベントが行われれば、そこに様々な人々が集まり、その時にこそ彼らのホンネなどが聞かれるのですから、やはり地元関係者と一緒になって酒の付き合いの一つもしなければ、彼らの真の要望などはなかなか聞かれず、本庁にいるだけでは計り知れないものです。
──道職員は2、3年ごとに異動するので、地元関係者が心を開くのも容易ではないでしょう
武内 生産の現場を知っているか知らないかの違いは、かなり大きいものです。本庁だけで事業計画を作成しても、自己満足なものになりかねず、しかも時勢から逸れてしまう可能性もあります。そのため、水産分野も林務分野も、幹部職員らが手分けをして関係支庁をすべて巡回しているところです。それによって、出先の最前線にいる職員の意見を聞いたり、本庁側の考えを伝えるなどのコミュニケーションによって、新たな発見があったりします。海でも山でも最先端の現場を見て歩いてこそ、初めて問題の本質も理解できるのです。
▲漁業研修所の研修の様子 ▲体験漁業の取り組み
──地元の漁業者から、漁師と呼ばれ仲間の一員となれるくらいに精通することが大切ですね
武内 まさにその通りで、ある支庁の水産課長などは、地元漁業者から「漁師」と呼ばれたものです(笑)。真っ黒に日焼けしながら、毎週末のあらゆるイベントに出席しているため、「どんなときも必ず会場にいるが、札幌に家族、子どもを残してきているのに、それで良いのか」などと心配されたくらいです。そのようにして、職員が浜と一体となって将来を考えていけば、面倒なことでもみな協力してくれ、そして結果的に良い成果が得られて評価されるようになるのです。  燃油問題にしても、「私はガスを使用しているから」と無関心でいるようではダメです。乗り切るためにどうするのか、浜と一体となって真剣に考え、その結果として協業化などにも取り組んでもらわなければなりません。現在は、みんなが大変な状況で生きているのに、9時−5時で業務が終わったと考えている職員は寂しいですね。
──北海道はかつての拓銀破綻事件に次いで、今度は開発局の廃止論議が具体化するなど切り捨てられつつあり、早晩自立を余儀なくされる方向性にありますが、そのためには独自に国外との貿易ルートを確立し、自力で収入を確保することが不可欠と言われます。農産物と水産物などの食によって、それは可能でしょうか
武内 北海道と中国との関係は水産物において、ある程度ルートができていますが、それだけでなくさらに直接アメリカなどにも手を伸ばしていかなければならないと考えております。もちろん、国は国家間の漁業交渉などを通じて、外国政府との接点はありますが、国が地元漁業者と一緒に相手国に売り込みをするわけではなく、それは都道府県や系統団体の役割です。  今後は、専門のコンサル業者に外国の市場調査を委託することも必要でしょうが、やはり浜の現場を自分で観るのと同様に、独自に直接歩いて観てくることも大切だと思います。従来のように資源を作り護ることも大切ですが、作った資源をどのように売るかも重要で、ホタテとサケの価格が上昇したときの市場動向を把握しておくことも必要です。
▲漁業者による植樹活動
──北海道は、岩手、長崎とともに漁港数はベスト3に入りますが、その維持管理も大切ですね
武内 低気圧や台風などで、ダメージを受けるケースが増えてきました。特に以前の基準で建設されたものは、被害が大きくなっているように思います。そのため、漁船が安心して操業に出られるよう、漁港整備は継続しなければなりません。6、7月になると漁港・魚礁整備の陳情や、期成会からの要望などが提示されますから、私たちは財源が厳しくても、必要なものは集中的に投資して整備を進めていきたいと考えています。  建設業も漁業もみな運命共同体で、漁業が衰退し、漁業者がいなくなり、浜が衰退すれば漁港整備なども必要なくなります。したがって、お互いに厳しい景況の中で知恵を出し合うことが必要です。例えば、産学官でアイデアを出し合い、海藻を採取できる魚礁を開発したり、高齢になっても作業ができる港を整備するなど、高齢者対策を兼ねた対策を行っている事例もあります。  一方、災害に強い港づくりは、もちろん不断の課題でありますが、漁港は単に漁船を係留するだけでなく、漁港内は静穏が確保された空間ですから、そこでナマコやウニ、アワビの養殖にも活用できます。特に漁港は関係者が出入りするので、密猟監視も可能なので、すでに漁港内の静穏域を活用して、沿整事業との融合策も始めています。  また、静穏域を活用した磯焼け対策にも乗り出しています。磯焼けの原因は、海洋の栄養塩の不足によるので、たとえ全海域は無理でも、せめて静穏域だけでも克服し、そこで栽培漁業を展開するという方向性です。日本海にはニシンのふくろまが多くあるので、それと漁港との連携も模索しています。  このように発想を拡大した結果、今後の漁港像としては「多目的漁港」というものが描き出せます。すでに国直轄の3、4種漁港では「親水漁港」という概念で、室蘭などでは漁港に橋を造るなど、観光機能を持たせる整備も行われており、生産者だけでなく一般者にも理解されるような港づくりが進められています。檜山管内乙部町では、海岸事業で海水浴場の造成なども行っていました。こうした多機能漁港を実現していくためにも、まだまだやるべきことはあります。
──それによって漁村のアメニティとイメージがアップすれば、後継者対策にもつながっていくでしょう
武内 それらも含めて北海道水産業漁村振興推進計画に基づくもので、漁村地域を発展させていくために、この20年からの5カ年計画で進めていきます。
──受益者が不特定多数で人口の流動的な都市部では容易に実現できなくても、漁村地域では実現することが可能な施策もあるのでは
武内 特に、北海道の漁港は整備が進んだとは言われますが、漁村については都市部の一般者が訪問しても、漁村と漁港の区別もつかないまま、単に通り過ぎてしまうという意見も出されています。しかし、石狩の朝市などは、札幌市内からも市民が出向き、そうした場を通じて漁や漁業者に対する理解を深めるコミュニケーションの場となっているなどの事例もあり、今後の方向を示しているような気がします。  おそらく幼少期に魚をあまり食べなかったために、いまでも食習慣に根付いていない人が多いのだと思います。そのために学校給食やその他の場を通じて、魚介類の愛食運動も行われていますが、そうしたときに漁港や漁村の果たす役割は大きく、また必要な存在でもあると思います。私たちも海水浴に連れられ、そこで地元の水産物を食べて味を知るわけですから、幼いときにそうした良い想い出を作って上げれば、成人してからでもそれを忘れることはないでしょう。しかも健康にも良いのですから、今後ともさらにPRし、魚食の機会を作っていくことが重要だと思います。  (以下次号)

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