建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2008年6月号〉

interview シリーズ・食の安全を考える

世界的な穀物高騰に対応して求められる自給率向上

――農作業の請負作業に建設業の参入の可能性を期待

北海道農政部長 細越 良一氏

細越 良一 ほそこし・りょういち
昭和24年9月20日 千歳市生まれ
昭和48年3月 北海道大学農学部農業工学科 卒業
平成 8年 農政部農業企画室主幹
平成13年 農政部農村計画課長
平成15年 農政部次長
平成17年 日高支庁長
平成19年 農政部参事監
平成20年 農政部長

 我が国の食糧自給率は、今なお40パーセントに満たず、大部分を輸入に依存しているが、原油、穀物への投機マネーの集中から軒並み価格が上昇する一方、中国食品の農薬検出やBSE危険箇所を含んだ牛肉が輸入されるなど、国民の食の安全は常に脅かされている。食糧安保を真剣に考えるとき、政策的に我が国の自給率を高めることはやはり必要だ。そこで注目されるのが自給率195パーセントを誇る北海道農業で、食糧供給地域としての役割を果たしていくには、まずその生産性を高める必要があり、そのためにも農業基盤整備が重要となる。そうした農政を司る北海道農政部長に、数年ぶりに農業基盤整備を担ってきた技術職の細越良一氏が就任した。北大農学部農業工学科出身で、昭和48年入庁以来、一貫して農業・農村整備事業に携わってきた。細越部長に北海道農業の現状と課題を聞いた。
――北海道農業は大規模で生産性の高い専業的な経営を展開し、わが国最大の食料供給地域として地域経済を支える基幹産業として大きな役割を果たしていますが、「食」の安全・安心に対する関心が高まるなか、国内外ともに食の信頼性が揺らぐ事件が起きました
細越
 食の安全・安心は基本的には、その国の生活の在り方そのものが問われていることです。他国に安全基準を要求することもありますが、一番安心できるのは自分たちの生活している国で作り、いつでもその工程が見えることです。そのためにも、自給力を高めていくことが大切です。
――食品衛生において、国際的に統一した基準がある中で各国が定めている安全基準まで統一するのは難しいものでしょうか
細越
 各国の生活スタイルが反映するので、容易ではないでしょう。ただ、EU諸国は、日本の安全基準に近い方だと思います。生活の仕方が似ており、国民の所得水準にもあまり差がありませんから。また、今回のように米国から輸入された牛肉に危険部位そのものが入っていたのでは、日本人の安全感覚では許されないことです。  しかし、牛肉については、国によって飼育法や管理がそれぞれで、日本のように一頭一頭を管理する厳格なトレイサビリティをアメリカに求めることが、そもそも可能なのかどうかは疑問です。飼育法自体が異なるので、おのずと限界があることでしょう。したがって、国内と同じレベルで外国に食の安全基準を要求するのは難しいので、結局は自国で生産していくことが重要ですね。
―─北海道は農業王国として生きてきましたが、現在の概況をお聞きしたい
細越
 北海道は全国の約四分の一の耕地面積を生かし、稲作、畑作、酪農などの土地利用型農業を中心とした生産性の高い農業を展開しています。平成18年の農業産出額は1兆527億円で全国の12%を占め、47都道府県のトップの地位を維持しています。国産供給熱量の約2割を供給するなど、わが国における食料の安定供給に重要な役割を発揮しています。  農家一戸あたりの耕地面積は、都府県の約15倍にあたる19.8ha、販売農家に占める専業農家の割合は、都府県の20%に対し75%と、大規模で専業的な経営形態であることが特徴です。  ただ、農家戸数は年々減少しており、17年の総農家戸数は59,108戸。農業就業人口は131,491人。このうち65歳以上は34.1%で、10年前に比べて9ポイント増えています。それでも都府県の59.1%に比べると、まだ若い農業者の割合は高い方です。農家の子弟を含め新規就農者数は近年、700人前後で推移しており、10年前に比べて約200人増えているのは明るい材料と言えそうです。  また、農業生産法人は毎年100法人程度増加しており、平成19年1月現在、2,423法人に達しています。耕地面積は平成2年の120万9,000haをピークに、19年は116万3,000haとなっています。担い手への農地の利用集積は年々進展しており、19年3月現在の集積率は80%を超えています。
――生産動向は
細越
 平成19年の水稲の作付面積は、前年を600ha(0.5%)上回る11万6,000haでしたが、7月中・下旬の低温等の影響から、10haあたりの収量は520kg、作況指数は98で、収穫量は逆に前年を4万700d(6.3%)下回る60万3,200dとなりました。  畑作物では、小麦は、作付面積が前年を11,400ha(9.5%)下回る10万9,100haでしたが、天候に恵まれ生育が良好だったことから、収穫量は前年を4万2,000d上回る55万6,100dでした。  馬鈴しょは、加工食品用が増加したことから、作付面積が前年より1,200ha(2.1%)増加し5万690ha。収穫量も11%増の224万2,000dとなっています。  畜産では、乳用牛の飼養頭数が前年より2万100頭(2.3%)減の83万6,000頭で、1戸あたりの飼養頭数が101頭。生乳生産量は前年比3万d減の377万dでした。
――積雪寒冷地であることから、本州の農業との違いは大きいのでは
細越
 全体でみれば病害虫の発生が少ないため、クリーン農業もかなり浸透しています。諸外国と比較しても、牛肉においてはトレイサビリティにいち早く取り組み、生産過程を管理するシステムも導入しており、レベルはかなり高いと自信を持って言えます。  今後は消費者ニーズに合ったものを、いかに作り出していくかが課題です。ニーズに合わなければ、自給率も上がりません。例えば、ニンニクは中国産と国産の価格は10倍くらいの差がありますが、ギョウザ事件を機に家庭でギョウザを手作りする機運が出てきたのは、産地にとっても自給率向上の絶好のチャンスですから、そうした動勢に合わせた農業生産が重要です。
──世界的な情勢が激動しているので、部長が入庁して以来、農業もかなり様変わりしたのでは
細越
 まさしく大変な変わりようですね。しかし、工業生産と農業生産とでは、技術革新のレベルが違います。工業の場合は技術革新のインパクトが大きいのですが、農業では田植え機やコンバインが開発され、機械化は進んだものの、フィールドは畑で、天候に左右されるという基本的な宿命はかわりません。その意味では、工業との技術革新の差は避けられません。  ビニールハウスや水耕栽培という技法もありますが、それも生産力に限界があり、やはり太陽の下に展開する農地が必要です。そして、農地によって二酸化炭素が吸収されるなど、工業では不可能な環境保全機能を、農業や林業が担っている側面は見逃せません。農業は環境を維持しながら循環させていく産業であり、環境に優しく、資源を枯渇させることがないといったプラス面は大きいと思います。
――全国的には、農業人口の減少で耕作放棄が問題になっています
細越
 農業所得がサラリーマン並みのレベルに至らず、海外から輸入される農産物とのコスト競争などで経営が圧され、後継者不足や高齢化が進行し、勢い経営規模を拡大せざるを得ない状況ですが、北海道農業はそうした情勢下でも頑張ってきました。耕地面積が全国の四分の一もありながら、耕作放棄地は十分の一しかないのですから、全国に比べると圧倒的に少なく、それだけ確実な土地利用をしてきたと言えます。
――国策では、食料自給率の目標を45%としていましたが、現状は
細越
 実際には39%と言われています。これを国は45%まで高めたいと考えていますが、残念ながら40%達成すら難しいのが現実です。  これは生活の仕方と無縁ではありません。今日のように、賞味期限など一定期間が経過すると捨てていくようでは、自給率は下がります。生活スタイルを省エネ型、自給率向上型に改革していくことが重要です。日本人が大事にしてきたコメを食の根幹にすれば、自給率はかなり上がります。しかし、日本型の食生活が健康に良いと海外でブームになっている一方で、日本人の食生活が欧米化し、コメ離れしているのは、なんとも皮肉なことです。
――食料自給率向上のバックボーンとして、酪農・畜産の振興が求められますが、その意味でも北海道農業がさらに重要になるのでは
細越
 北海道と九州などは、そうしたエネルギーや力を持っています。とはいえ、穀物が世界的に高騰しているため、飼料も爆発的に価格が上がっているのがネックです。全国的にも力ある北海道酪農ですら飼料自給率は、52.3%ですから、決して安穏としていられません。土地の有効利用などにより、飼料の自給率を上げなければ、食料全体の自給率も向上しませんから、これは北海道全体の大きな課題です。  そこで考えられるのは、飼料用のコメ生産です。コメを飼料に使うことには、食文化の観点から抵抗感が強いと思いますが、水利施設を有効利用する視点からも、品質に多少のムラがあっても良いから、低コストの飼料米というものもあって良いと考えます。私はこれについて、具体的に検討する必要があると思っています。北海道の牛乳は「非常においしい」との評価が定着しているのですから、合わせて飼料の自給率も、せめて三分の二くらいまでは上げたいものです。飼料も大事な作物と考えていく時期にきていると思います。
──飼料の効率的な生産に取り組んでいる事例はあるのでしょうか
細越
 標津では、数戸の農家が共同で飼料づくりに取り組んでいるようです。  また、一家族の労働力には限界があるので、釧路や根室などでは農作業の一部を民間に任せるコントラクターが一般化しています。酪農で牛を飼うのは専門的な知識や経験が必要ですが、飼料となる牧草を刈る作業ならば、土木作業とあまり変わらず機械で出来るので、建設業などの異業種との連携が可能です。
――農業土木に従事する建設業者には、農家と連携しつつ、お互いに生き残りの道を模索しようという動きも見られますがどうですか
細越
 実際に私の経験を通じて見ても、家畜の飼育などには建設業者の参入は大変だと感じます。ただし、独自に販路を持っていれば別ですが。異業種が作物を独力で作ったり育てるのは慎重にすべきです。農業とはリスクが大きく、それほど収益性の高いものではないのです。非常に地道な環境貢献型の産業であって、それを評価してもらい、農地が持っているいろいろな機能を消費者も享受できるシステムが求められているのですから、収益性だけを追求する他業界からの独自参入は難しいでしょう。  近年は建設業のソフトランディングが課題となっていますが、あくまでも農業生産の一部を担うという形であれば、十分に可能です。実際に、先に述べた牧草のコントラクターなどは、まだまだ需要があるのですから、建設業にはそうした道が開かれています。
――長年農業・農村整備に取り組まれてきた部長の今までの仕事への思いは
細越
 私としては、一戸当たりの営農規模の拡大に伴い、生産性の高い農地をタイムリーに作り上げてきたと自負しています。とりわけ、本州のように排水不良や急傾斜地のリスキーな農地を持つと、半日は作業が止まってしまうために損失が非常に大きいのですが、北海道としてはリスクのない効率の良い農地づくりに着手し、農業基盤整備費の農家負担軽減対策とともに、農地の集団化や形状の良い農地を作ることにいち早く取り組んできました。
――その意味では、農業土木技術者の功績は評価されるべきで、今後とも自給率向上のために、農業基盤整備事業は拡大していく必要があるのでは
細越
 戦後の緊急開拓、コメ不足、その延長線上でコメ過剰などの歴史を辿りながら今に至っていますが、北海道の農業生産高が1兆円を超えるまでになったのは、開拓に携わってきた先人ら全ての人たちの努力の賜物です。農業土木の技術者が、灌漑用ダムや圃場整備を農家の人たちとひざ詰めで検討してきたことも、それなりに評価されても良いでしょう。  基盤整備とは、決して無駄なことはせず、事業効果を長く持続させられるものです。これさえ確実であれば、生産性向上に結び付くので繰り返し実施できるものです。  今後に向けては、農家経営の内容に合った整備が重要です。農業・農村整備の技術力とは、単なるコンストラクションの技術力ではありません。営農施設や水が機能してこそ生産に結び付くのですから、営農全般を含めた複合技術が求められます。  したがって、これからは時代の流れを見極め、どのような方向に向かうのか、それに合わせて、農業の担い手のために農地の集積、集団化などに取り組み、農地の高度化を図っていけば、農業土木へのニーズは失われていくことはないと思います。

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