建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2008年2月号〉

interview

札幌市民に安心で安全な住まいを提供

――プロフェッショナルの技術者集団がJR篠路駅西第2地区に着手

株式会社 宮川建設 代表取締役 宮川 敬浩氏

宮川 敬浩 みやかわ・たかひろ
昭和33年9月28日生まれ
昭和57年3月 同志社大学文学部 卒業
昭和59年4月 株式会社デベロップメント・リサーチ 入社
昭和61年4月 株式会社宮川建設 入社
平成 3年1月 同社 常務取締役 就任
平成11年1月 同社 取締役副社長 就任
平成13年8月 同社 代表取締役 就任
                 現在に至る
株式会社宮川建設
札幌市白石区平和通15丁目北1番21号
TEL 011-861-1000

 マンション供給戸数で道内No1の実績を誇る株式会社宮川建設(本社・札幌市白石区)。同社は、マーケティング、土地取得から企画・設計・施工・販売・アフタサービスに至るまで自社一貫体制を整えており、各分野のプロが連携し「ワンランク上」のデザインの物件を提供している。特に力を入れているのが街並みに溶け込んだ中高層マンションを供給する都市再開発事業だ。地権者の複雑な権利調整、事業スキームの構築、金融機関との協議、行政機関への法的手続きなど「総合力」を発揮できなければ成功しない住宅型プロジェクトで、宮川建設が事業全体のプロデュースを担っている。これまでに手掛けた手稲東、豊平橋地区に続き、JR篠路駅西第2地区第一種市街地再開発事業の工事が昨年10月からツチ音高く始まった。 地域住民の長年の悲願でもあった「篠路プロジェクト」は総事業費31億円。平成21年度までの3年計画で、国庫補助の対象にもなっている。ここに10〜11階建ての高層マンション3棟を建設、うち2棟144戸は札幌市営住宅の借上げで、残る1棟42戸が分譲マンション。宮川建設が設計・施工を担当。事業の推進役となる再開発株式会社を立ち上げ、不動産投資信託のJ-REITが事業スキームに参画するなど、全国的にも注目を集めているプロジェクトだ。「札幌市の発展のためにも成功させたい。こうした事業を手掛けるのは、地場の宮川建設に課せられた義務だとも思っている」と熱く語る宮川敬浩社長にインタビューした。
――最初に会社の経歴からお伺いします
宮川
創業は昭和39年です。初代の社長が祖父の宮川良松、二代目が父の裕朗。そして三代目が私です。 そもそも祖父の良松は北炭の技術者でした。炭鉱全盛期の昭和20年代に炭鉱住宅の発注を担当していまして、当時不足していた炭住建築の下請として前身の宮川組を赤平で創業したのが始まりです。たぶん30年頃だと思います。祖父は進取の気性が強かったのでしょう。その後、石炭生産が下火になり、「これからは札幌の時代だ」と、ちょうど父が大学を卒業した時期に拠点を札幌に移し、住宅建築・設計の宮川建設を立ち上げたのが昭和39年です。父は設計の仕事をしたかったようで、理想に燃えて作品的なものを手掛けていましたが、それではなかなかソロバン勘定に合いません。 宮川建設の基礎を築いたヒット商品が木造平屋建ての100万円住宅です。総2階建てが200万円のローコスト住宅。当時としては破格の値段だったようです。最盛期には年間140棟ほどの契約がありました。 それをもっと合理的に、企画化し、お客様にご支持いただく商品を販売するというのが、いまの分譲マンション、賃貸マンションの基本です。 しかし、当時は、2パターンしかありませんので、土地の条件等によって制約があり、次第に伸び悩み、試行錯誤の末、民間住宅、ビル事業、道営住宅、市営住宅の公共工事にシフトするようになりました。当時から一級建築士などの人材を育成していたので、ビル工事への転換には抵抗はなかったようです。最終的には道・市ではAクラスの格付を得ました。
――多くの建設会社は公共事業の削減に危機感を募らせていますが、その点、宮川建設は多少色合いが異なりますか
宮川
一般のユーザー向けに戸建て住宅からスタートした会社ですから、お客様にどういう商品を提供するか、常にお客様の目線で考えることが事業活動の基本にあります。そのため、官庁工事が中心の会社とは実績がかなり違うかもしれません。公共工事の比率が完成工事高の5%程度ですから、今後とも公共の仕事で生きていく考えはありません。
――官庁工事は資金回収に余計なエネルギーを使わなくても済みますが、民間工事は与信力がより重要では
宮川
民需につきもののリスクをどうヘッジするか、そのノウハウは草創期から培ってきました。ブレーキがしっかりした車であれば、アクセルはもっと踏み込めますから、しっかりとリスクのことを考えて前向きにどしどし受注するように努めています。お陰様で焦げつきや不良債権を出さずに順調に推移してきました。
――バブル崩壊の影響はありませんでしたか
宮川
相当の汗は流しましたが、事業をきちんと展開できるプロジェクトスキームが作れる会社に変身できました。その意味からも深手を負わずに済んだといって良いでしょう。
▲豊平橋南地区再開発 ▲エクセルシオール白石南
――社長に就任されたのは、まさにバブル経済が崩壊し不況が深刻になっていた時期でしたね
宮川
大変だからこそ、やらざるを得なかったという心境でした。男冥利に尽きるところもあります。会社として曲がり角の時期でしたので、いろいろ刷新して改革していこうということで、タイミング的には良かったと思います。
――これまでに着手した大プロジェクトについてお聞きしたい
宮川
私が副社長の時ですが、地下鉄東西線が琴似から宮の沢まで延伸し、手稲東新道北地区の都市再開発事業で、120戸の分譲マンションを主体とする、一部商業施設が入った駅ビルが成功したのは、わが社にとってターニングポイントになりました。 その後、平成12年から16年の豊平橋南地区再開発事業でも、220戸のマンションを供給させてもらいました。国道36号線沿線で札幌の表玄関が整備されたので、関係者からは非常に喜ばれ、強く印象に残っている事業です。 手稲東の場合もそうですが、多くの地権者と粘り強く交渉し、ご理解をいただいてベストな提案ができたのは、わが社独自のノウハウが生かせたのではないかと思っております。
――それだけ良好な環境形成、良質な都市住宅を供給する街づくりの技術者が揃っているということですね
宮川
確かに人材には恵まれています。例えば一級建築士が30名、一級建築施工管理技士が45名、宅地建物取引主任者が39名と、プロのスタッフが多く揃っています。
――今度はJR篠路駅西地区の再開発事業に着手されましたが、再開発会社を設立するなどして事前準備がスピーディーだったと聞いています
宮川
札幌市の再開発事業のお役に立ちたいという会社の方針のなかで、篠路地区は以前から念頭にありました。 篠路の再開発事業は十数年来の懸案で、取り残された地域という印象がありましたが、この間、再開発事業に賭ける関係住民の熱意は衰えていませんでした。地元の熱意が合意形成のカギですから、このことは重要なポイントです。しかも地権者が10人以下と少なく、全体の6割がJAの所有地であることも取り組みやすい条件でした。 駅周辺の農協倉庫群は外灯も少なくて防犯性が低く、他の地権者も相続税に悩んでいましたので、JAとしても何とかしたいという気持ちが強かったと思います。
▲JR篠路駅西再開発事業
――構想づくりから何年かかりましたか
宮川
4、5年ですね。豊平橋の再開発事業は有限会社が事業主になって施工しましたが、篠路の再開発会社は株式会社としています。これは組合形式より事業のスピードが速い利点があります。計画が固まった後は順調に進んでいます。会社組織ですから機関決定しやすいという面でも合理的だと思っています。
――今回の事業では不動産投資法人(J-REIT)が参画し、札幌市の借上げ市営住宅が入るという全国的にも珍しい仕組みになっています。これは市からの提案でしょうか
宮川
この事業は確実に処分先を決めておかないと、市の事業認可が下りませんので、宮川建設として再開発会社、取得会社、不動産信託受益権譲渡契約者(J-REIT)の事業スキームを発想しました。私たちには不動産ファンド、J-REITに対する認識がありましたので、札幌市の皆さんのご理解を得て、アルファコート社やメインバンクのネットワークの中から具体的な企業名が浮上して、タイムリーに関係者の利益が合致したということです。 J-REITは性格上、完成した物件を買うので、建築中に開発資金を出すことは一般的にありません。今回の事業スキームを作るにあたって、第一に宮川建設の分譲マンションの供給戸数が道内No1という実績を持っていること、札幌市の事業認可と国の補助対象である公共的な事業で確実性があることを予め説明し、一緒にやりましょうということになりました。20年間にわたって市の借上げ住宅が入るので、J-REITとしても安定した利回りを一般投資家に説明しやすくなりました。当社のコスト競争力が全面的に生きたプロジェクトです。 これも篠路駅周辺に埋蔵金というのか、磨かれていないダイヤモンドがあったから出来たものと思います。今後、他の地区でも活用できるスキームですので、全国から注目されています。したがって何が何でも成功させなければと思っています。 これまで札幌の再開発事業は地下鉄沿線を中心に展開してきており、不動産業界でも旧国鉄駅は、地下鉄駅より格下にみられがちでしたが、やはりJR札幌駅効果ですね。いまや札幌の中心は大通地区から札幌駅地区に移りました。 学園都市線篠路駅から札幌駅までは20分弱。この立地特性は昔のイメージとは違いますが、これを生かさない手はありません。
――ごく最近までイタリアとの交流推進を目的としている北海道日伊協会の事務局を務められてましたが、イタリアとはどのようなご縁ですか
宮川
デザイン力を高めるため意匠設計に優れているイタリア人設計家を招聘した際に、日伊協会にご尽力いただいたことから自然にご縁ができまして、協力させていただきました。 そのほか、本社1階のロビーで定期的にクラシックコンサートを開催し、地域の皆さんに楽しんでもらうこともあります。また機会がありましたら企画してみたいですね。
会社概要
社 名:株式会社 宮川建設
代 表 者:代表取締役 宮川 敬浩
創 立:昭和39年4月
資 本 金:5,000万円
年 商:208億円(平成16年実績)
業 務 内 容:総合建設業、公共施設、
     分譲住宅(マンション)、商業施設、
      民間アパートなどの企画・設計・
      建築・販売・賃貸・再開発事業
社 員 数:150名(平均年齢39歳)
関 連 会 社:株式会社ビルファイナンス、
     札幌興産株式会社、株式会社アルコン
協 力 会 社:約200社
許認可事項:
・建設業許可 国土交通大臣許可(特-18)第13925号
・宅建番号 国土交通大臣(5)第4377号
・一級建築士事務所登録番号 北海道知事登録(石)第2804号
・(社)北海道宅地建物取引業協会会員

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