建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2008年2月号〉

interview

将来にわたる安全で良質な水道水の安定供給に向けて

――安全で良質な水の確保と災害に強い水道施設の整備

札幌市水道事業管理者 田中 透氏

田中 透 たなか・とおる
昭和48年3月 北海道大学大学院工学部 修了
昭和48年4月 札幌市 採用
平成 5年4月 下水道局工事部計画課技術開発主幹
平成 6年4月 下水道局工事部計画課長
平成 9年4月 下水道局建設部計画課長
平成11年6月 下水道局建設部工事担当部長
平成13年4月 企画調整局都心交通担当部長
平成14年4月 企画調整局総合交通対策部長
平成15年4月 建設局長
平成17年4月 都市局長
平成19年4月 水道事業管理者

 昨年は札幌市の水道事業がスタートして70年の節目の年だった。昭和12年、藻岩第1浄水場などの水道施設が完成、この年の4月から1日35,800dの配水能力で18,000世帯、92,000人を対象に通水を開始したのが始まり。これは当時の札幌の総人口204,000人の45%にあたる。その後、札幌市の発展とともに、これまでに7期にわたる拡張事業が行われ、現在、水道の普及率は99.8%。190万市民に安全な「命の水」を供給している。 その札幌の「水がめ」が豊平峡ダムと定山渓ダム。両ダムで1日合わせて約85万dの水量を確保しており、水道水源の実に98%を両ダム下流の豊平川から取水している。水源が豊平川に一極集中しているため、良好な水質を将来にわたり保全していくとともに、将来水源の確保と水源の分散化が大きな課題になっている。大規模災害等で万が一豊平川を使用できなくなった場合に備え、札幌の「第三の水がめ」となるのが当別ダムで、当別ダムを水源とする石狩西部広域水道企業団から日最大44,000dを確保する見通しとなった。 札幌市の水道事業は7期連続黒字基調で推移しているが、昭和47年の政令指定都市への移行を契機に急激な給水需要の高まりから短期間に集中的な施設整備を行ってきたため、近い将来に経年化に伴う施設の大量更新時期を迎える。事実、事業収入に対する借入金残高の割合は他の指定都市に比べても4.3倍と大きく、企業債への依存度が高く財政基盤は脆弱だ。 このため、20年度の予算編成にあたっては、「事業の選択と集中」を基本に効果的・効率的な事業運営に努めるとともに、「耐震化等の安全対策の計画的な推進」「お客様サービスの充実」を最重点に取り組む方針だ。昨年4月、水道事業管理者に就任した田中透氏に水道事業の現状と課題などを伺った。
――平成19年4月1日付で水道事業管理者に任命されましたが、それまでは下水道事業に長く携わっていたそうですね
田中
札幌オリンピックが終わったあとの昭和48年札幌市に採用され、28年間下水道局に在籍していました。そのあと企画調整局、建設局、都市局を経て、水道事業というお客様に密着した仕事に携わることになりました。都市のインフラ整備が進み、札幌水道は190万市民が快適な生活や都市活動を営むうえで欠かすことのできないライフラインとなり、命を守る水、安心して飲める水を安定供給することが水道事業の一番の使命であると考えています。 また、私たちの仕事は、お客様からいただく水道料金をベースにして次の事業展開を図っていくので、限られた経営資源の中で一層の効率化を図るとともに、職員の意識をしっかり高めながら、次世代に健全な施設と良い環境を引き継いでいきたいと考えているところです。
――札幌の水はおいしいという評判です
田中
札幌の水はおいしいと言っていただけるのですが、札幌の水道水源は、国立公園に囲まれた豊平峡ダムと定山渓ダムで98%を賄っており、水源自体の水質が非常に良く保たれているのが大きな特長です。このため、水源の良さがおいしい水に結びついているのだと思います。しかし、ダムから浄水場まで流下する過程には、様々な水質汚染リスクが存在しています。将来にわたり、通常時だけでなく、事故・災害時においても、ダムに蓄えられた良質な水源を損なうことなく手に入れるためにはどうしたらいいのか、そして、将来の水源確保とともに、事故・災害時における水源一極集中のリスク低減化を図る水源分散化が今後の事業展開のポイントとなります。前者については、通常時の水質保全と、事故・災害時における水道原水確保を両立できるバイパスシステムの構築を目指した「豊平川水道水源水質保全事業」を進めています。また、後者については将来水源の確保と水源分散化を目的に、石狩西部広域水道企業団へ参画しています。
――札幌市の水道普及率は99.8%という極めて高い水準に達していますが、経営状況はいかがですか
田中
お陰様で単年度収支は、18年度まで7年連続で黒字決算になっています。市民サービスの水準を下げずに職員数を削減するなどの合理化に努めてきましたが、将来に向けた布石というのか、課題をできるだけ残さないよう計画的に事業を展開しているところです。 実際のところ、職員の意識も高く、地方公営企業として経営している水道事業は、水道局で自己完結しており、何か間違いがあれば局全体に影響しますので、職員は次の世代にツケを残さない気持ちで、また水道事業に関して北海道全体のリーダーとの気概を持って日々の業務に取り組んでいます。
――昨年12月12日の市営企業調査審議会水道部会で新たな水源確保が議論されました
田中
将来不足する水量の確保と事故・災害時に豊平川が利用できなくなった場合に備えて、当別ダムから44,000dの水量確保を石狩西部広域水道企業団に提案し、水道部会のご了解をいただいたところです。 将来の水需要を推計するのはなかなか難しく、44,000dの水量についても様々な意見が出されましたが、これは、事故・災害時でも当別ダムから190万市民が1人1日に生活に必要な最小限の水量20gを確保するために必要な水量です。 当別ダム自体は洪水調節、農業用水、生活用水確保の多目的ダムで、企業団には北海道のほか、札幌市、小樽市、石狩市、当別町の3市1町が参画しています。札幌市の水道事業として本格的な広域行政は、石狩西部広域水道企業団に参画するのが初めてで、札幌市の職員も派遣しています。
――成功してほしいですね
田中
札幌だけではなく、周辺の自治体と一緒になって北海道の底上げを図ることが大事です。先日も私たちの市長が、石狩管内の市町村長と会談するなど、2期目に入って広域行政を本格的に始動しましたが、こうした対応が事業ごとに必要ではないでしょうか。
▲土木学会・土木遺産認証プレート
――札幌市の水道事業は、昭和12年に完成した藻岩第1浄水場から供給したのが始まりですが、当時の藻岩浄水場の建物の一部を活用した水道記念館が19年度土木学会推奨の土木遺産に決まりました
田中
藻岩山の麓の標高80bの所に浄水場と配水池を設置する発想は、いま考えても「よくぞ」と思います。新しい都市を造る先人の情熱と技術力には頭が下がります。いま見てもしっかりとした固いコンクリートや水が流入してくる多孔壁が当時のまま残っています。 藻岩浄水場は起工から3年後に完成しますが、当時は現在のような土木機械や生コンプラントがなく、雪を踏んで整地作業をするなど基礎工事はすべて馬や人力に頼って行われ、この工事に要した人員は502,000人と記録されています。
――水道記念館の19年度(開館期間:5月26日〜11月15日)の利用状況によると、来場者が目標の5万人を大きく上回る69,000人と盛況のようです
田中
平成9年から休館していましたが、展示内容等を見直し、19年にリニューアルオープンしました。 小学4年生で上下水道、ごみ処理など都市生活に密着した施設について学習するので、学校単位をはじめ町内会等の見学なども多く、リピーターも目立ったようです。水の大循環をイメージした巨大なジャングルジム、海底迷路やクライミングウォールがあるキッズルームなど小さな子供でも楽しく遊べるように工夫しています。また、札幌の水道事業70年の歩みを伝える実物資料や収蔵品を展示しており、何回行っても新しい発見があります。 土木技術の仕事に対する関心が薄れているなかで、今回、土木遺産の推奨を受けたことが若い職員の刺激にもなれば有難いですね。
▲水道記念館
――190万人の水道事業を守るのは、技術系職員の活躍がなければ維持できないでしょう
田中
安全でおいしい水を常に供給するためには、使命感だけではなく、技術を伴わないと維持できません。今後、高度経済成長時代に建設し、老朽化してくる水道施設の大規模な更新時期を迎えます。断水が許されない中での施設の更新は、新設よりもはるかに高度な技術力を要します。職員が漸減していく中で、しっかりと技術継承を行っていかなければならず、更新時代を乗り切るために技術職員の役割は益々重要になると思います。
――ところで、平成16年10月に発生した新潟県中越地震の際は、長岡市へ水道局の職員を派遣し、応急給水活動を行いましたね
田中
めったに経験できませんから、貴重な体験になりました。万が一、札幌で同様の災害が発生した場合、どう対応したら良いか、心構え、態勢づくりを学ぶことができました。 水道局としても毎年、災害訓練を行っていますが、政令指定都市の中で札幌から一番近い仙台市との間で平成8年に「合同訓練に関する覚書」を交わし、合同訓練を実施しています。昨年は11月に3日間、札幌で行いました。大型の油タンクが倒壊し、油による水質汚染で白川浄水場の取水を停止したとの想定で、清田区役所と市立病院に緊急の給水を行いましたが、仙台市からは職員10名が給水車とともに参加しました。
――大規模災害に備えて災害時基幹病院と接続する配水管の耐震化に着手していますが、具体的にはどう取り組んでいますか
田中
幹線から基幹病院へ向かう配水管を耐震継ぎ手配水管に敷設替えするもので、19年度から22年度までの4年間で12病院を対象としています。19年度は市立病院、社会保険病院など4病院4ルートで着手しました。 このほか、災害に強い施設整備として、市内に応急給水拠点となる緊急貯水槽の整備を進めてきており、平成21年度までに目標である全33箇所の設置を完了させる予定です。
――一方、指定給水装置工事事業者制度が始まって10年目になりますが、市民サービスの評価はいかがでしょうか
田中
指定給水装置工事事業者制度は、平成8年の水道法改正により全国統一の指定要件となり、10年4月から施行されています。新規事業者に門戸を開放するという所期の目的はほぼ達成され、札幌市はこの10年間で378から727へと約2倍の指定事業者数となっています。 しかし、指定事業者が増えたことにより、指定要件の変更の届出が遵守されないこと、給水装置工事施行基準を熟知せずに施工するなどの管理上の問題が生じています。利用者からも連絡が取れない、修繕料金が高いなどのクレームが寄せられています。 このため市としては、「指定事業者に対する定期的な研修の実施」や「水道利用者のニーズに応じた指定事業者の情報提供」などの取り組みを強化し、施工技術の向上と業務実態の把握に取り組む考えです。 こうした対策を着実に進め、適切な市民サービスと施工体制を確立する方針なので、施工業者と利用者である市民の皆様にもご理解とご協力をお願いしたいと思います。

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