建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2008年2月号〉

interview

農業インフラは農家だけではなく国民の資産(中編)

――農業の機械化に合わせて大区画化

国土交通省 北海道開発局 農業水産部長 内村 重昭氏

内村 重昭 うちむら・しげあき
昭和50年 3月 九州大学農学部 卒業
昭和50年 4月 農林省 採用
昭和58年 6月 通商産業省資源エネルギー庁公益事業部開発課長補佐 就任
昭和60年 4月 農林水産省北陸農政局信濃川水系農業水利調査事務所調査第二課長 就任
昭和62年 4月 農林水産省関東農政局建設部設計課農業土木専門官 就任
平成 元年 4月 農林水産省構造改善局計画部地域計画課長補佐 就任
平成 2年11月 農林水産省構造改善局計画部事業計画課長補佐 就任
平成 4年 4月 北海道農政部農村計画課長 就任
平成 5年 4月 北海道農政部設計課長 就任
平成 7年 6月 農林水産省北陸農政局建設部設計課長 就任
平成 8年 4月 農林水産省北陸農政局建設部次長 就任
平成 9年 9月 水資源開発公団企画部次長 就任
平成11年 4月 農林水産省構造改善局総務課施設管理室長 就任
平成13年 1月 農林水産省農村振興局整備部水利整備課施設管理室長 就任
平成13年 5月 農林水産省東海農政局整備部長 就任
平成15年 7月 国土交通省北海道開発局網走開発建設部長 就任
平成16年 7月 国土交通省港湾局海岸防災課長 就任
平成18年 8月 農林水産省東北農政局次長 就任
平成19年 7月 国土交通省北海道開発局農業水産部長 就任

(前号続き)
――北海道は、人口の拡散がとかく公共投資の足枷とされますね
内村
これからは管理の時代と言われますが、土地改良区や受益農業者だけで全ての施設を管理するには限界がありますから、地域の方々との協働で自主的に草を刈ったり、手入れをするような形であって欲しいものです。 最近は公共事業の執行に当たって、ワークショップを開き、地域の要望を聞きながら進めるようになりました。将来は自分たちで管理し、親しんでもらい、自発的にメンテナンスしていくような施設づくりが、今後は重要になってくるのではないでしょうか。
――そうした体制が確立されれば、サミットに向けても北海道のインフラの独自性としてPR出来ますね
内村
そう思います。本州で疏水といえば、数百年にわたる歴史を持つ施設もありますが、北海道の農業開発の歴史は、明治の開拓以降からで、近代的な施設整備が図られたのは昭和の開拓以降ですから歴史的には浅いものがあります。しかし、北海道の場合、水田だけではなく、畑地に水を引き、草地にも水を使えるようになってきているのは事実ですから、新たに作られたものも全て疏水と捉えるなら、北海道として独自の新しい疏水の概念が確立されるのではないでしょうか。 本年6月に開催される疏水サミットを契機に、農家だけでなく広く疏水の重要性が理解されることを期待しています。
――農水省は、水と土と里の三文字を以てミドリと呼び慣わし、開発局でも水土里豊かな日本を次世代に、と呼びかけていますね
内村
今年から農地・水・環境保全向上対策が始まり、北海道の20万ヘクタールの水田のうち約2/3が取り組まれることとなっています。水田地帯では積極的に取り組んでくれています。
――今では、そうした環境で作られた美唄の米が、日本で一番美味しいと評価されています
内村
「おぼろづき」ですね。かつては、安定的な収量の確保が優先されましたが、今日では質の向上が図られてきており、そうして評価されることは、非常に喜ばしいことだと思います。 振り返れば、平成5年の大冷害の時は、食料の安定供給を担うべき北海道までが厳しい状況で、本当に残念な思いでした。それまでは、北海道は食料供給基地として機能できると思っていたのですが、気象にはどうしても勝てないものです。 しかし、現在では基盤整備が進み、近代化用水の確保も出来るようになってきたので、足腰はかなり強化されていると思います。また北海道では土づくりに熱心に取り組まれてきています。土が良くなければ食味も向上せず、タンパク質も土の含量に左右されます。 美唄では、峰延農協がハーブなどを畦に植えて、ハーブ米として売り出されています。この試みは峰延が最初のようですが、それを契機に空知管内では、各地でハーブを植えようという機運ですね。ハーブ自体がフェロモン作用でカメムシなどを寄せ付けない効果を持つとのことで、もとから北海道は農薬をあまり使いませんでしたが、さらにそれを減少させられることになります。
――今日では付加価値がなければ成功しない情勢ですから、ようやく農村振興技術者の取り組みが結実したといえる時期でしょう
内村
ただ、誰も彼もが米づくりに乗り出したのでは、供給過剰になってしまいます。基本的に米は日本の食生活の基本ですが、かつて東京オリンピックの頃は、日本人のカロリーベースでの自給率の約4割は米で確保していたものの、近年は2割にまで下がってきています。その上に、一人あたりの米の消費量も減ってきており、売れるからと作ったところで、人口も減少傾向で日本の胃袋は小さくなってきているのです。 したがって、生産調整をしなければ、直ちに供給過剰になってしまいますから、農政は本当に難しい面がありますね。実際に、米に値がつかないため、緊急に備蓄米を36万トンから100万トンに上げ、さらに10数万トン分は餌米にするなどして、米の需給バランスの確保に苦慮していますね。
――農協としても、買い上げるにも値がつかないから、生産者への支払いを来年に延期したのでは、農家側としても困惑しますね
内村
北海道は昭和44年、米の生産調整が始まって以来、協力してきていますが、本州ではそれを守っていない農家もかなりいるため、米専業で真剣に頑張っている地域にしわ寄せがいっている状況です。 ルールを守り、同じ土俵の上で競い合うべきだと、東北農政局在任時も強く言い続けてきましたが、東北でも過剰作付け問題は厳しい状況が見られます。
――そうした難しい課題を持ちながら、来年の事業予算はどのような内容になりますか
内村
北海道の自給率は200%を超え、我が国の食料生産の2割を担っているわけですから、今後ますます重要な地位を占めるものと考えており、農産物の生産性の維持、向上をはかることに主眼を置かねばなりません。 特に生産コスト低減のため、圃場の大区画化が進められるでしょう。北海道の一人あたりの農地面積は、平均20haくらいで、水田は10数haですが、離農した後の土地を借りたりしているため、分散を余儀なくされています。 そのため、農耕機械を都度移動しなければならず、効率を図るためには、農地の集約化が必要になります。今後の農家戸数の減少を考慮すると、1戸あたり30ha規模にせざるを得ないと思います。
――圃場の再編による大区画化は合理的ですが、難しい側面もあるのでは
内村
これまで自分が耕作してきた土地を、他人の耕作地と交換するという形になりますから、土地の所有権などを考慮すると、容易ではないかも知れません。
――国が先導する一方、耕作者には何らかの恩恵を用意するなど、交換の動機付けも必要では
内村
負担金の軽減その他、土づくりの支援や営農指導など、様々なメリットを考えなければなりませんが、これは国だけで出来るものではありませんから、地域の農協や道庁とも連携しなければなりません。 北海道は、もともと面積が大きく、一戸辺りの農地面積も大きいですから、農家戸数が減少していく将来を見通せば、今後はさらに大区画化を進め、生産性の維持や作業の効率化を図る必要があります。
──本州には見られない北海道特有の事業や制度はありますか
内村
北海道では大規模な酪農が営まれており、家畜の排泄物対策も非常に重要で、リサイクルによって堆肥利用だけではなく、エネルギー利用も進められています。そうした特殊性を考慮した「環境保全型かんがい排水事業」という制度があり、これを実施しているのは北海道と沖縄だけです。 北海道は家畜糞尿対策で、沖縄では赤土対策のために行っています。沖縄は降雨の度に赤土が大量に河川に流出したり、海を汚染し魚類の棲息環境に悪影響を及ぼしています。 この他、北海道では泥炭地上の草地で、地盤沈下によって排水機能などに支障がでているので、それを盛土して機能を回復する農地防災事業を直轄で実施しています。こうした事業も、北海道ならではといえます。 さらに、自然との共生を考慮した施策としては、農地の適切な地下水位の保持と湿地からの地下水の流出を抑制するための事業をサロベツで実施しています。
――新規開発の余地が限られる一方、整備を終了した施設のストックマネージメントが必要では
内村
その通りで、一通りのストックは出来てきたので、それらをどう更新し、将来の農家形態に合わせ、我が国の食料バランスをどう維持していくのか、北海道の果たす役割をもう一度よく見直し、それに沿った政策を汎用的に使えることが必要です。 とりあえず、国営で整備した施設については、今年から5年かけて点検していくことになっており、それを受けて必要な補修に力を入れていくことになります。データベース化して台帳を作り、常に管理が効率的に出来る形にしておくことが必要です。 当面は国が整備した施設が主流になりますが、いずれは補助事業として道で整備された施設もデータとして加えられることになるでしょう。そうしたデータは、土地連(土地改良事業団体連合会)に集約し、一元化する形で進めています。
――広大な北海道の施設となると、かなりの量になるでしょう
内村
我が国の水利資産で、基幹的な水路は末端まで含めると100ヘクタール以上になります。全国では4万キロという規模ですから、地球一周分に相当します。さらに小規模のものも含めれば、40万キロになりますから、地球を10周した距離に匹敵します。基幹的な水路のうちの約1万キロが北海道です。比率的には23%になりますが、北海道の耕地面積が全国の1/4ですから、それに見合った幹線水路が道内に張り巡らされているという状況です。それを必死で地域の農家に守って頂いていますが、農家戸数は減っていますから、さらに効率的にしなければ対応できなくなります。 今日では、どこでも後継者問題は難しく、会社形態にするなど法人化しようとの動きも見られます。家族経営でも家族と協定を結び、契約社員ではないにしても給料を払ったり休暇を設けたりしているところもあります。農業はきついと言われますが、人には様々な特技があり、機械のオペレーターが得意の人もいれば、経理が得意な人もおり、あるいは農作物の管理に向いている人もいますから、そうしたスタッフが組んでいくのが良い思います。  (以下次号)

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