建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2008年1月号〉

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大消費地を背後圏とする有利な農業を展開

望まれる農業農村基盤の早急な完成

石狩支庁 産業振興部整備課

 道都・札幌市を含む石狩管内の農業は、安政4年に幕臣山岡精次郎が、琴似村発寒と手稲村星置を開墾したのが始まりで、その後、奥羽地方からの相次ぐ募集移民の入植によって本格的にスタートした。 管内の稲作は、安政5年に早山清太郎が琴似、手稲で水稲の試作をしたのが起源とされるが、本格的な発展は、島松に入植した中山久蔵が明治6年に渡島から移入した赤毛種の栽培に成功したところから始まる。 酪農は明治7年に七重勧業牧場から、馬、羊、豚とともに乳牛が札幌官園に移植されたのが始まりだが、牛乳については、すでに米国から派遣された農業指導者や札幌農学校関係者の間で飲用されていたと伝えられる。管内で独自に牛乳販売業がスタートしたのは、札幌市大通り西5丁目で岩淵利助が販売店を開業したのが最初だった。 こうして石狩管内に農業が定着し本格化したが、その後は札幌市の急速な発展、都市計画法に基づく札幌圏(札幌市、江別市、北広島市、石狩市)、千歳恵庭圏の都市計画の決定、高速道路をはじめとする道路網の整備、さらに石狩湾新港の建設など、札幌市を中心に広域的に都市化が進み、人口の集中、企業進出によって、農用地は減少傾向にある。 現在の管内の農家総数は4,274戸で、農地面積は44,500haだが、それでも農業生産総額は500億円に達している。管内では、稲作の生産調整以降は小麦、豆類などの畑作物や、野菜、花卉を含めた複合化が進み、また大消費地となる札幌を中心とした大都市圏に隣接する利点を活かし、農産物の直販や農業体験など、都市と農村の交流が活発に行われている。 そうした営農を支えるための農業農村基盤整備や、担い手育成対策、営農指導などの施策に対する生産者からの要望は高いが、道の「新たな行財政改革の取組み」の見直しにより来年度は平成19年度予算に比べ、基盤整備事業は大きく減少する見通しだ。 このため、石狩支庁産業振興部では、新篠津村や当別町など農業生産において特に重視される地区を選択し、集中的に整備を進めている。


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