建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2007年12月号〉

interview

農家の経営形態に合わせて 農業基盤整備の手法も変化(中編)

――耕作放棄地を原野に戻すことも必要

北海道農政部技監 神 浩二氏

神 浩二 じん・こうじ
昭和26年9月生 熊石町出身 弘前大卒
昭和63年 網走支庁東部耕地出張所工事第1係長
平成 3年 渡島支庁管理課調査計画係長
平成 5年 農政部農地整備課畑地総合改良係長
平成 8年 十勝支庁東部耕地出張所長
平成10年 日高支庁耕地課長
平成13年 十勝支庁整備課長
平成16年 渡島支庁農業振興部長
平成18年 農村整備課課長
平成19年 農政部技監

 我が国の食糧自給率は、かつては40パーセントから45パーセントへの向上を政府目標していたが、今日ではむしろ40パーセント以下となってしまった。反面、北海道の自給率は着実な伸びを示し、ついに200パーセントにまで達しており、底上げに貢献している。その生産を支えるのはもちろん圃場や水田だが、近年は離農によって耕作放棄されたところもある。果たしてそれを農地に編入し、さらに生産性を高めることは必要なのか。神技監は、「全ての閑地を無理に保全するのでなく、原野に戻すことも考慮すべき」と主張する。
――農村に近代的な集合住宅を整備すると、農家の負担が軽減されるのでは
住宅用地を換地で創設する事業制度はありますが、生活は市街地、生産は農地という体制は、一見合理的に見えますが、育苗の管理など、住居と畑とが密着していることで果たせる農作業もあるのです。また、冬期には除雪や下水路の管理も必要なので、職住近接型である方が効率的です。
――昭和20年代には開拓農家が入植しましたが、敗戦後に引き上げてしまい、それを引き受けるところが無いために北海道が受け皿となって、開拓農業を担っていましたが、国や県の体制が不十分だったので、結局は離農する人もかなりいたと言われます。今日でも国の確固たる政策が確立しなければ、農家はさらに廃業していくなど、各地方の人口が減っていく可能性が高いことから、現代は開拓農業と似た状況にあるのではないでしょうか
これからの時代は開墾してきた農地の全てを、農業が守ることは難しくなると思います。農家戸数が減る一方、効率的な機械化を進め、いずれはロボット化していくかも知れませんが、そうして進めていく中で、維持すべき農地として必要な条件が現れてくるものと思うのです。山中を開墾したから常にそれを永劫にわたって維持していこうというのは、無理があるでしょう。 食料生産が維持され、生活の利便も保障されているのであれば良いのですが、旧来、傾斜のある山地を無理に開墾したところを、今後とも強いて維持するのではなく、そうしたところは例えば林地に戻しても良いと思います。本州では段々畑が見られ、そこに投資するのも意義はあるでしょうが、広大な北海道で耕作放棄地を極力減らし効率化する上では、地域事情に合った土地利用計画が地域ごとに検討されて良いと思います。
――国も自給率の課題から、北海道の生産性をさらに高めるための投資があって良いですね
それはもちろんのことで、北海道としては高品質なものを作り、反収もさらに向上していかなければなりません。耕作放棄地は生産性が上がらないだけではなく、害虫の発生や、近隣の畑作物にも悪影響をもたらすため、適正な管理に向けた地域の体制づくりを検討する必要があるのです。
――最近は全国の自給率が向上するどころか、むしろ40%を下回ってしまいました。反面、北海道の自給率は200%に達していますが、今後の潜在能力として、全国の自給率を政府目標にまで向上させることは可能でしょうか
可能かと聞かれると明言は難しいですが、向上のために何が必要かということについて、基盤整備に携わる立場から言えば、ひとつは地域の中に確固たる経営方針を持ち、生産力を持つリーダーが大切で、次に試験場や普及センターも含めて営農技術の開発と、その中で安定的に生産できる技術が重要です。 それを支えるのが農地ですから、効率的で生産しやすい農地整備を着実に進めることが大切で、この三要素が絡み合わなければ北海道の生産は伸びません。 また、話は前後しますが、本年からスタートした品目横断的経営安定対策も、今までのように作物別に助成するのでなく、経営単位での対策となっています。農家には芋も小麦もビートも生産し、トータルで経営を成り立たせようとする状況があるのです。 その施策と合わせて、車の両輪と言われるのが農地・水・環境保全対策という事業で、農地と水と農村環境を柱に、地域住民等が計画を立て自主的に活動するものに補助する施策です。活動内容は、耕作放棄地の防止対策や、花を植えて景観を良くしたり、「トンボ」などの生態系を考慮した水路の管理など、そうした活動に対する経費を国と道と市町村が補助するもので、その範囲の集落単位を対象としています。
▲良質な生産基盤を整備する石れき除去工事
――いまや、農村景観は重要な自然環境でもありますね
サミットにおいて、農村地域の自然景観が国際的に価値あるものと認識されるならば、それを維持し守っていかなければなりません。 ただし、農業は決して自然を守るためだけのものではありません。農業による自然は、2次的自然と言われますが、水田が整然と並んでいるのは、人間が手を加えた結果ですから、純粋な自然ではありません。けれども、人工的ではありながらやはり自然でもあるのです。単に自然環境を守るということではなく、農村の景観は生産活動と自然環境とが調和して、はじめて空間が形成されるわけです。 その景観を街場の人が見た時、価値あるものと感じられるものになっているわけです。かくして生産をしながら自然を守ってきているので、生産がなくなると自然も守れなくなることになります。 美しい農村景観は農業生産活動によって守られていることを多くの人に理解して欲しいと思っています。
――以前には、他産業では企業の資産に公共投資は行われないのに、農家の生産基盤は公費で整備されていると、疑問の声も聞かれましたが、近年はコンセンサスができたと考えますか
広く捉えるなら農業に限らず、間接的に全ての産業には公費が投入されているといえます。例えば港湾は公費で整備されます。その港湾を使って物を輸送するから、民間企業は輸送費が安く済むわけですから、間接的には還元されているものと考えられます。農地に投資することで農家の財産は価値が増えますが、個人資産に対する公的投資という感覚は、今はないものと思います。 その要因として、農村の多面的機能が理解されてきたということがあるでしょう。北海道農業の多面的機能を換算すると、一兆4〜5000億円にもなります。農業の生産額は1兆600億円くらいですが、それ以上の資産価値ということです。例えば、水田は防災機能を持っており、水を溜められるので豪雨があっても洪水を防げるのです。これをダムで対応しようとしたら、どれほどの予算が必要になるでしょうか。こうした副次的な機能も最近は見直されてきているのです。つまり、そうした農地を持つ農村があってこそ、都市部の市街地は守られているわけです。 都会の住民の中には、例えばカブトムシはデパートで生まれるものではないことを子供にきちんと伝えたいと、農村部に滞在する人もいますから、農業・農村への理解も得られやすい情勢だと思います。
――北海道自体が、食の安全性を確立した農業と、それを提供する観光の二つで立県宣言し、着実にPRしてきた成果でもあるのでは
安全というのは、数値的に評価されなければならないと思います。例えば残留農薬は0.01ppm未満でなければならないなど、客観的な評価が必要です。その上で安心という観念的なイメージが加わります。スーパーで北海道産のものと外国産のものと、基準が同じものを選択する場合に、たとえ10円ほど高くても、北海道のものが安心なブランドととして定着していれば、北海道産が選ばれるでしょう。そうした安全安心のブランドであることを消費者に認めてもらうことが大事です。 そのために、直売所での生産者とのフェイス・トゥ・フェイスなコミュニケーションや、農業体験や研修などの活動が大切になっています。    (以下次号)

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