建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2007年7月号〉

interview

営農の苦しみが企業経営に活路

――人間として当たり前の行動が営業ノウハウ

専門職組合(株)代表取締役滝下 貢氏

滝下 貢 たきした・みつぐ
昭和26年6月30日留萌郡小平町にて生まれる
昭和45年 4月 泉州電業株式会社にて営業
昭和49年12月 留萌郡小平町にて農業
平成 5年 3月 札幌給水工業株式会社
平成 8年 4月 有限会社アークコーポレーション(建設業)
平成13年 6月 専門職組合株式会社代表取締役就任

業界を知らない素人営業マンが、初年から数十棟の契約を獲得しているという驚くべきハウスメーカーがある。「年収400万円でも土地付き住宅が持てる」ことを理念に、2,000万円程度の価格帯の戸建て住宅などを扱う専門職組合(株)で、同社の近隣にある各分野の専門施工会社が組合員となった企業だ。設立して6年だが、赤字だった年はなく、むしろ営業実績を飛躍的に伸ばし続けており、今年に至っては売り上げ目標50億円のうち、早くも40億円を達成している。プロの職人集団で構成された組合企業だから、技術力の高さは想像がつくが、その驚くべき営業力と経営力の根底にあるものは何だろうか。同社の滝下貢代表取締役に、その核心部分について語ってもらった。
──会社の成り立ちや業績などをお聞きしたい
滝下
当社は設立してから今年で6年目で、事業内容は戸建て住宅の建築・販売、アパートの建築とその経営コンサルティングです。現在の従業員数は23人です。設立初年度の売り上げは2,000万円でした。2年目は2億9,500万円、3年目は5億6,000万円、4年目は22億円、5年目は33億円という推移です。 そして、前年度は1億8,000万円の純利益を生み出して、8,000万円を納税し、その前年では9,200万円のうち4,500万円を納税しました。
──近年は低価格入札によるダンピング合戦で、自滅していく企業が多い状況下にありますが、収益を生み出すためのポイントは
滝下
簡単に言えば、目標値を明確に設定しているところでしょう。当社では従業員一人当たりの売り上げは2億5,000万円、純利益を500万円と設定し、全社として税引き後の純利益総額は、総売上の5パーセントとしています。したがって、前年度の33億円の場合は1億8,000万円となるわけです。 今年度の売り上げ目標は50億円ですが、すでに40億円までは達成していますから、純利益は2億5,000万円となり、それを基準に諸経費などを逆算していくという経営システムを構築しているのです。また、施工に伴う支出は、詳細な記録を残して毎日チェックしています。原価計算も含めて、こうした経営管理のあり方は珍しいかも知れませんね。
──新年度早々にして、目標額の達成が射程距離に入っていますが、業界に精通したベテランの営業マンを多数確保しているのですか
滝下
営業マンとはいっても、元はスポーツ用品店の店員や通常の新卒者、高級寝具のセールスマンなど、新人や異分野の人材ばかりです。総勢6人のうち、業界に通じた従業員は2人しかいません。しかも、今春に新人を3人増やして6人ですから、前年度の33億円という収益は、わずか3人の営業マンで獲得したのです。 しかも、ある営業マンは以前は病院職員でまったくの素人でしたが、転職したその年に独力で50棟の契約を獲得しました。昨年ではさらに65棟という契約実績です。先のスポーツ用品店の店員だったスタッフも、初年で20棟の契約を獲得しました。
──なぜ、未経験者でその実績が可能なのでしょうか
滝下
つまり、ハウスメーカーとしての先入観は、むしろ営業において障害となるのです。営業マンは、ゼロの素人からスタートする方が良いのです。下手に業界事情を知っていると、いかに研修・教育を施しても容易に脱皮できないのです。 特に、一般的にハウスメーカーの営業は過酷で、数百軒も訪問した挙げ句に、帰社してからもさらに数百軒も電話営業するよう指導したりしていますが、当社としては、そうした営業は全く不要なのです。
──通常の営業活動では考えられない実績です
滝下
基本は顧客に対して虚言をしないということです。思うに、バブル崩壊以後、全体に人間の言葉が軽々しくなり、真実みがなくなったと感じます。しかし、営業マンが限られた短い期間で顧客に信頼してもらうためには、誠意しかないのです。営業マンによる提案や説明が、顧客からわずかでも「ウソくさいな」と疑念を抱かれたら、もう終わりです。 ですから、営業マンは絶対にウソを言わず、顧客の些細な疑問を無視せず、丁寧に回答し、対応することを徹底しています。販売価格と顧客の要望とのバランスの上で、対応可能なことと不可能なことを明確に提示することです。これを不明瞭にしてしまうと、顧客は無理な注文でも応じてくれるものと楽観的に期待してしまいかねないのです。 資産が豊富な富裕層なら、さしたる問題は無いかも知れませんが、私たちが扱っているのは土地・家屋を含めて、最低価格が1,570万円の戸建て住宅からスタートし、2,000万円程度で購入できるものです。それはつまり、年収が400万円程度で、所得が豊富でない顧客でも購入できる物件を対象としているのです。 ただし、安かろう悪かろうでは顧客も困るのですから、日本住宅性能保証検査機構の検査保証システムに基づき、10年保証を適用しています。
──わずか2,000万円で家屋だけでなく土地までも保証付きで購入できるというのは、夢物語のような話ですが、どのようにしてそのビジネスモデルが可能となったのでしょうか
滝下
金融機関の信用を得て、融資枠を1,000万円から3,000万円へと増額してもらいながら独自に用地取得を進める一方、全ての資材を自力で調達し、社名にある通り組合員である各専門分野の職人達に手間で施工を分担してもらうのです。組合員である各社は、社長自身が専門技術を持つ職人ばかりなので、自ら作業にも当たることができる職人集団となっています。 一方、設立3年目を迎えた年に、私は広報宣伝費として1,000万円を投入しました。そのとき、税理士から使いすぎと指摘されたのですが、そのお陰で5億6,000万円の収益を獲得し、さらに翌年にはすでに6億円分の仕事が確保できただけでなく、結果的には22億円の収益に至ったわけです。
──それによって元気No1企業として評価されたのですね
滝下
これが北海道における利益率No1企業として、商工リサーチのランキング評価となったわけです。もしもあの時に1,000万円の広報費を惜しんでいたなら、今頃は孫請け仕事に甘んじ続け、挙げ句には倒産していたでしょう。近年は、仕事を創り出すこと自体が困難で、それを請け負うことが難しい情勢ですから、仕事を自力で作り出すことが必要です。 そして、私たちは知名度と信頼が生命線となる人気商売ですから、施工したものから利益が得られたなら、そこから広告宣伝費を確保し、積極的にアピールしなければなりません。施工したものが一般者に広く知られ、そして私たちの会社自体についても知られなければ、販売には結びつかないのですから。
──かくして専門職人の集団を以て効率的に施し、確実な利益を確保するというビジネスモデルを構築されましたが、滝下社長はこの業界のノウハウを熟知していたのですね
滝下
そうでもないのです。というのも、私はかつて24歳から42歳までの18年間は、小平町で農業に従事していたのです。したがって、この業界に転業した当時は、人脈なども全くない状況でした。
──長年の農家経営から建設業へと転身する転機は、何だったのでしょうか
滝下
至って単純な理由ですが、経営が苦しく、営農が続けられなくなったためです。米、牛、メロン、スイートコーン、かぼちゃ、大根など様々なものを手がけましたが、北海道は本州とは違って二毛作ができません。年間に4日間しか休日がなかったりしますが、北海道の農業はどんな作物でも一年一作です。そのためにやむなく離農し、農地を預けて14年前に札幌へ転居したのです。当時は、農協への負債総額が8,000万円もあり、そして精算した結果、780万円の損金が発生したのです。ですから、来札した当時の手持ちの所持金などはわずか50万円でした。 そして、何の資格も持たないまま水道会社に3年半勤務し、次には建築会社に4年半ほど勤務しました。しかし、それだけの負債ですから、およそ2年間は報酬は少ないです。そこで、私の貧窮を見かねた左官、電機、塗装、設備業者の仲間が、私のために仕事を探してくれるようになり、それが今日の会社の顧客に結びついたわけです。 その代わりに、私としてはベンツに乗ったり豪遊するような真似はせず、会社の人件費を極力抑えて、純利益を生み出すよう努力し、金融機関の信用を高めていったのです。
──建設業への転業は正解だったわけですね
滝下
18年間の農業経営の経験が、思わぬところで生かされる格好となりました。なにしろ農家だった頃は、毎月が赤字で借り入れを繰り返しながら、いかにして利益を上げていくかを必死に考え悩み抜いたものです。その厳しさと苦しさたるや、並大抵のものではありません。その経営経験が、たとえ業種は変わっても大いに役立ちました。作物を作る意気込みは、住宅を建設する意気込みにも通じ、手を抜いたりすれば決して売り物にはなりません。その結果、農協に残った損金780万円は、3年前にすべて精算できたのです。 また、一方では家族の絆というものも大きいものがありました。営農に苦しんでいたときは、家族が総出で作業を手伝うなど、固い結束がこの会社の経営においても大きな力となっています。したがって、世間では家族経営を憚るムードもありますが、私自身は家族経営であることを恥じるどころか、誇りとしています。
──今後の事業展開における目標は
滝下
取りあえずは、道内の各管内に一棟ずつを展開し、いずれは海外での事業展開を展望しています。 一方、独自の農業法人を設立し、農産物の販売事業への進出を考えています。これはいわば単なる建設事業者としてあるのではなく、食糧の生産販売など農業分野への参画によって、企業イメージを向上させていこうという考えで、小平町長もこの構想には賛同してくれており、町としての出資参加を表明してくれています。 ただし、長年の経験からして農業とは利益が得られない産業ですから、最初から収益を目指すのではなく、ゆくゆくはプラスアルファを得られれば良いと考えています。       
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