建設グラフインターネットダイジェスト

建設グラフ2007年3月号

interview

「東京長期構想stepA」と「東京水道経営プラン2007」がいよいよスタート(前編)

ミネラルウォーター以上のグレードを実現

東京都公営企業管理者 水道局長 御園 良彦

御園 良彦 みその・よしひこ
昭和 46年 3月 日本大学理工学部卒業
昭和 41年 4月 水道局葛飾営業所
昭和 56年 4月 水道局計画部調整課総合調整係主査
昭和 59年 4月 水道局営業部給水装置課技術第一係長(総括係長)
昭和 59年 8月 水道局中央支所営業課長
昭和 61年12月 水道局千代田営業所長
昭和 62年 4月 水道局南部第一支所漏水防止課長
平成 元年 4月 水道局南部第二支所配水課長
平成 3年 6月 水道局水質センター監視課長
平成 5年 7月 水道局給水部副参事(配水施設工事連絡調整担当)
平成 6年 8月 水道局給水部設計課長
平成 8年 7月 水道局営業部給水装置課長(統括)
平成 10年 7月 文京区土木部長
平成 12年 4月 水道局東部建設事務所長
平成 13年 7月 水道建設部長
平成 14年 7月 水道局給水部長
平成 15年10月 水道局浄水部長
平成 16年 7月 水道局技監
平成 17年 7月 水道局長
かつては「都会の水はまずい」と多くの人が思いこんでいた。深層水やミネラルウォーターの利用が普及した今日、水道水に対する偏見や先入観はなお根強い。しかし、東京都水道局は、老朽管の更新や高度浄水処理など、地道なグレードアップに取り組んできた結果、いまや自然水に勝るとも劣らぬ水質を実現させた。昨年末には、新たな長期構想と経営計画を策定し、いよいよ平成19年度からスタートするが、我が国の首都・東京の水道事業は、どのような方向に向かっていくのか、公営企業管理者である御園良彦東京都水道局長に語ってもらった。

――去年から今年にかけて、東京都水道局では、「東京水道長期構想stepA〜世界に誇れる安心水道〜」と三ヵ年計画となる「東京水道経営プラン2007〜次世代に向けた新たなステージの展開〜」を策定されましたが、両者の位置づけと関連は
御園
長期構想は、四半世紀先を見据えた極めて長期的な指針で、平成9年に初めて策定しましたが、今回、社会経済状況が著しく変化してきたことを受けて、改めて策定しました。「プラン2007」は年限が3年間の中期計画で、いわば財政計画です。これは都の中期計画と連動するものです。
今回は、四半世紀先を見据えた長期構想を策定した上で、今後3か年に何を行っていくのか、財政的な裏付けを具体化し、計画としたわけです。
――現在、都内では普及率が100%となっていますが、今後はどのような施設整備が必要となるでしょうか
御園
水道事業に限らずあらゆる公共事業に共通することですが、需要が拡大していた時代は、需要に追いついていくために、懸命に投資してきたわけです。特に水道の場合は、経済成長とともに、全国のどの地域へも拡大し、供給が追いつかない状況の中、懸命に投資を行ってきました。そのお陰で国民皆水道といわれるように、全国的にほぼ100%まで普及して誰もが不自由なく使えるようになり、さらに水質のグレードも上がり、「おいしい水」がいつでも得られるようになりました。そうなると設備投資はもう十分と思われがちになります。
  しかし、水道事業も実情をみると、現実にはまだまだ多くの課題が山積しています。下水道やガスにしろ、インフラというものは装置産業といわれ、設備があって初めてお客さまに商品・サービスを提供できるものですから、インフラは常に健全でなければならず、地震等の災害時等についても対応できなければなりません。いつでもお客さまに安心して水を使える状況を常に維持していなければ、水道事業者としての責任を果たしているとは言えないわけです。
  例えば、水道管の中には鉛製給水管というものがあります。日本の水道は明治時代の近代水道創設期から、各家庭に使用されてきた給水管の全てが鉛管だったのです。比較的新しい都市では少ないのですが、明治期から水道事業が展開された都市では、鉛管の交換がいまなお完了していないところもあります。
  さらに、石綿管もあり、また鋳鉄製だが現在のように強度の高いダクタイル鋳鉄管ではない「経年管」と称される旧式の普通鋳鉄管や高級鋳鉄管といったものもあり、これらが全国では未だに4万kmも残っています。こうしたものをできるだけ早くリニューアルし、健全にしておかなければ、いずれは大きな問題を引き起こすことになります。
  例えば、東京都の配水管の総延長は約2万6千kmです。年間260kmという膨大な延長をリニューアルしても100年はかかる計算になります。したがって、普段の地道な投資がいかに大切かが理解されると思います。これらを放置していたのでは、いずれ取り返しのつかない状況になるのです。
  ただ、問題は財源で、多くの自治体では容易には料金の値上げができないため、料金収入が不足している上に、長く続いた景気低迷により水道需要が伸びず、料金収入が伸び悩んでいます。国庫補助や一般会計からの繰入もありますが、本来、水道事業とは独立採算の企業会計です。そもそも料金を値上げするにも、各市町村長は自分の任期中には実施したくないのが本音でしょうから、値上げは容易なことではなく、さりとて国庫補助は平成11年度以降減少が続いています。
  このため、我々水道事業者は常に情報発信し、アピールしていかなければ、水道事業は何の問題もないとか、新たな設備投資は不要だ、と誤認されてしまいます。一方、財務省が予算措置をしようとしないのは、そうした実情を知る機会がないからでしょう。
――諸外国の事情はいかがですか
御園
  例えば、イギリス・ロンドンではテムズウォーターという民間企業が水道を運営しています。イギリスの水道事業は、サッチャー首相の時代に10ブロックに分けて、全てを民間企業に分割売却しました。こうした幾多の公益企業の民営化によって、サッチャー首相は国家財政を救ったのです。
  ただ、引き継いだ当初は良かったようですが、以前、nhkの特集番組でも報じられていましたが、ロンドン西部のウェールズ地方の「ウェルシュウォーター」という水道企業が、ホテル事業など多角化経営に乗り出し、最終的には経営が行き詰まって水道料金が値上げされてしまったのです。これに対して地域住民が反発し、npoを作って水道事業を買い戻したのですが、このプランに賛同して融資してくれた金融機関があったお陰で、それができたわけです。
  このように、プライベートな民間企業が権利を得たことで、水道管も水源も企業の私有財産として運用したのでは、いずれは水資源とは誰のものか、という基本的な反発や疑念とともに議論が発生することになりかねません。
  日本では最近になって民営化議論が沈静化しましたが、この問題は世界中で噴出しています。民営化したロンドンの水道の実態を見ると、漏水率が30%にも達しているのです。その理由は、彼らは設備投資をしないからです。「漏水したら直せば良い」という感覚なのです。
  東京水道は年間260kmの整備をしても100年かかる規模ですから、普段からの整備が大切ですが、水源に余裕があるなら、それでも良いのでしょう。実際に、ロンドンでは地震が少ないので被害もそれほど深刻ではありません。しかし、日本のような地震国で30%も漏水するような施設では、大地震ではなく、わずかな地微震でも壊滅的な被害になってしまいます。場合によっては、ゼロから再構築するような事態に陥ってしまうかもしれません。
  ですから、日本の水道施設は一見しただけでは問題ないように見えますが、それに慢心してぬるま湯に浸かっていると大変なことになるという警告を、私たちはいつも発信し続けなければならないと考えています。
――「水と空気はタダ」という感覚があるのかも知れませんね。節水や断水という事態にならなければ、その有難みを自覚することがないのかもしれません
御園
そうですね。例えば、かつて脱ダム論などというものが、まことしやかに支持されたこともありました。確かに日本全体を見渡すと水が潤沢で水源開発が必要ない地域もなかにはありますが、東京を中心とした首都圏の水源事情は極めて厳しいものです。淀川水系では10年に1度の渇水に対応できるよう河川整備され、利根川水系は5年に1度の渇水に対応することを目標に整備を進めていますが、現況はそれさえクリアできていません。できるだけ早く渇水に対応できるよう水源開発をしておかなければならないのですが、容易に進まない状況です。
需要と供給のバランスはもちろんシビアに考えなければなりませんが、天候や気候によるブレは極めて大きいのです。まして、今冬のように近年は地球温暖化が問題視され、実際にスコールのような雨が降ったかと思えば、全く降らずに渇水になったりします。
「気候変動に関する政府間パネル(ipcc)」という国際機関があり、気象庁や国交省のほか、様々な学者がメンバーとなって世界の気象変動を予測していますが、日本の場合は、例えば通常は6月に発生するアジアモンスーンが、3月頃に来てしまうだろうと予測されています。こうなると温暖化によって降雪が激減し、ただでさえ水源が乏しいダムでは絶対的に貯水量が減ってしまいます。
本来は雪が5〜6mも積もる中で、春先まで水を蓄え、暖かくなった時に少しずつ潤してくれるわけですが、これがなくなり冬場の水が河川から海に流れてしまったのでは、最悪の状況となります。そうした傾向がすでにあるのですから、脱ダム論などと悠長なことを言っている場合ではないのです。需要供給バランスの問題もさることながら、そうした傾向を超長期的にみて、ipccの予測や、あるいは世界の主要都市がどんな水行政を行っているかを、首都東京を始め日本全国で考えていかなければならないのです。
例えば、首都圏の1人当たりのダム容量は30?しかありませんが、ソウルは390?で10倍以上で、ニューヨークも同じく10倍です。北京にいたっては貯水容量全体で40億?もあるのです。もっとも北京は雨が少なく、現在の日本の降雨量は年間1,700mmくらいですが、中国はその約3分の1で600mm程度ですから、その分、大きなポケットを持っているのです。もちろん、40億?が満杯になることは殆どないでしょうが、それだけのポケットを持っていることが重要ということでしょう。一方、日本の首都圏の貯水量は、今現在でさえ、おおむね5〜6億?くらいしかなく、夏場ともなるとさらに少なくなります。昭和39年東京オリンピックが開催された年は東京砂漠と呼ばれる異常渇水になりましたが、世界に冠たる日本の首都圏の水事情の現実たるや、同じような危険性があることを広く理解して欲しいですね。
――都内では現在、再開発が盛んで、新たなビルやマンションが次々と建設されていますね
御園
日本全体の人口は昨年で頭打ちとなりましたが、東京は今後10年くらいはまだ伸び続けると予測されています。どれくらい伸び続けるのかは分かりませんが、景気も回復し、バブル期に比べて価格が下った東京のマンション建設などが続いており、まだまだ人口が集中するでしょう。その分、水需要は増加していくことが考えられます。
――そうなると、今後の水源確保に不安が生じるのでは
御園
その点については、需要動向を見通しながら事業を計画しているので、それに耐えるだけの施設は整っています。ただ、いかに水利権があっても、雨が降らなければどうにもならないものです。したがって、たとえ埼玉県に位置する水資源機構の滝沢ダムが完成しても、また群馬県の吾妻川上流に国の直轄で施工されている八ッ場ダムなどが着手されて完成しても、なお水利不安という課題が残ります。
例えば、多摩川のように河床が低下してしまったため、うまく取水ができない状態にある水利や、暫定的な水利などもあり、水源確保対策としては、まだまだ完璧ではありません。そうした課題を解決しながら施設能力を確保しつつ、且つリニューアルによって使えるものにしていかなければならないのです。
しかも、今後はより安全でおいしくグレードの高い水を供給していくための設備投資も常に計画的に着手していかなければ、お客さまの求める水道事業を実現できません。常に20年〜30年先を見続け、状況が変わればローリングして軌道修正していくことが重要です。とりわけ今後のポイントは、やはり施設のリニューアルをどう進めるかにあると思います。アセットマネジメントなどを活用して、なるべく平準化をして投資効果を最大限に引き出すとともに、できるだけ延命化を実現し長く使えるよう工夫をしながら、供給力を急激に上げるのではなく、ならしながら、需要に耐え得るような投資を考えていくことが重要です。
――一度グレードを上げると、さらに都民の要望は高度化し、例えばカルキ臭さをなるべく除去して欲しいなどの要望もあるのでは
御園
そうですね。質の面からいえば、東京都は利根川・荒川系の全浄水場で高度浄水処理が行われているので、現在は水を飲んでカルキ臭いということはありません。「東京水」と称してペットボトル入りの水をpr用に用意していますが、それが高度浄水処理された水道水で、「東京の水道水は飲めるのか」という先入観を持つ人々に、「東京の水がおいしくなりました」とアピールしています。そうしたきっかけを作らなければ、なかなか飲んでもらえないからです。そこで、あらゆるイベント時にそれを持ち込んで試飲してもらいますが、みんな「こんなにおいしくなったのですか」と再評価してもらっています。
実際、私も飲みに行った時などに、ミネラルウォーターで水割りなどを作ろうとした場合には、必ずストップをかけます。私は、水道水が最も美味しいと感じていますから、水道水で作ってくれ、と(笑)。これを言うと、みな「本当ですか」と訝しがるのですが、それならばということで彼らにも試してもらうと「確かに、こんなにもおいしかったのですね」と、改めて驚かれたりするのです(笑)。
(以下次号)

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