建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2007年1月号〉

INTERVIEW

高齢化社会下でも経済の成り立つ「安全で美しいふる里づくり」に全力

求められる治水整備の増額

前国土交通事務次官 佐藤 信秋氏

佐藤 信秋 さとう・のぶあき
昭和41年3月  新潟県立新潟高等学校卒
昭和45年3月 京都大学士木工学科卒
昭和47年3月  京都大学大学院工学研究科修土課程土木工学専攻修了
昭和47年4月 建設省入省(東北地方建設局)
平成5年4月 道路局企画課道路経済調査室長
平成7年6月 道路局有料道路課長
平成8年 7月 道路局企画課長
平成11年7月 大臣官房技術審議官
平成14年7月 道路局長
平成16年 技監
平成17年 事務次官
平成18年7月 退官

昨年7月に国土交通事務次官を退官した佐藤信秋氏が、今夏の参院選に出馬する。昨年8月に後援会(ふる里再生クラブ、会長・今井敬新日本製鉄相談役名誉会長)が発足し、佐藤氏は「安全で美しいふる里をつくろう」をテーマに全国を行脚、本格的な政治活動のスタートを切った。安全で美しいふる里づくりと、防災対策と高速道路ネットワークの充実、ユニバーサルで人と環境にやさしい社会の実現、そして建設産業の再生引いては国家経済の活性化に向けて、全力で取り組む考えだ。
――今年の参院選への出馬を決意した経緯から伺いたい
佐藤
国政における建設行政の代弁者として、岩井国臣参議が国交省副大臣を勤る等、ご活躍してこられました。しかし、今年は改選期ですが、2期12年勤められた岩井参議の後継者として私に出馬するよう、岩井先生及び関係の方々より要請がありました。 私としても、前任の国土交通事務次官としてやり残した仕事もあり、その実現に向けて今後も何らかの努力をしていくことが使命と考え、出馬を決意した次第です。そこで自民党へ公認候補申請し、その旨の通知をいただいたうえで、昨年8月9日に後援会事務所を開設し、活動を始めたところです。
――どんな政策を公約としますか
佐藤
出馬にあたっての公約のテーマとして、私は「安全で美しいふる里づくり」を訴えながら、各地を回っています。この大都市・東京でさえシャッター通りになっているような商店街があります。「ふる里」に込めた思いは、地方の山間部だけではなく、都市部にもあるのです。元気で働かなければならない対象となる地域を愛する人々が、何とかしようと取り組んでいる地域のすべてが、「ふる里」なのだと私は考えています。 そのためには、「安全」と「美しさ」がキーワードとなります。子や孫が10年後、15年後に元気に活躍するには、ふる里の安全と美しさは欠かせない要素です。そこで、具体的に何をするのか、強いて三点に集約するなら、「防災対策と高速道路ネットワークの充実」、「ユニバーサルで人と環境にやさしい社会の実現」、「建設産業を含めた地域基幹産業の再生」に全力を注ぎたいと思っています。
肝心なことは、安全度も経済性も含めて、ふる里の足腰を強めることです。太平洋側は、今後30年以内に地震が起きる確率がどこの地域でも50〜100%の可能性と指摘されているのに、現状では十分に対応できない恐れがあります。逆に、日本海側では豪雪によって150人も亡くなっています。これほどまでに自然災害に対して、脆弱な国家は類例がありません。ハード、ソフトを含めた十分な防災対策、防災体制が必要です。
もう一つは、高速交通ネットワークの整備です。現在、高速道路の整備は年間130qから140q程度で、14,000qの目標に対して、まだ5,000qも残っているのが現状です。残る10年くらいの間に、我が国経済の足腰を強化するには、ドライバーのストレスの原因となる都市部の交通渋滞を解消する環状道路も含めて、高速道路の整備を急ぐ必要があります。21世紀に入ったというのに、いまだに整備目標の半分をようやく超えた程度では、今後とも非常に心もとないものです。
整備新幹線にしても同様です。また、港湾、空港とのアクセスが極めて不十分のために連携がスムーズではありません。全国土にまたがって連続性を持たせるなど、日本国内はどこでもある程度の競争条件を備えるように、ふる里の足腰を強めていくことを第一に訴えているところです。
二番目としては、少子高齢化を考慮し、ユニバーサルで人と環境に優しいふるさとづくりです。今後10年も経てば、私たち団塊世代が70歳を超えます。少子高齢化に備えて何をすべきか。いつでも、どこでも、誰もが自由に安心してゆったり動ける街づくりが必要ではないでしょうか。昨年はハートビル法とバリアフリー法を統合して、ユニバーサルデザインに関する法案を国会に提案し可決しましたが、具体的には歩道と建物との段差をなくしてバリアフリーにし、駅ビルや公共建築物にはエレベーターを設置するということです。
また、電線の地中化を進め、震災で電柱が倒壊し、避難や救出の障害になったことは阪神淡路大震災でも証明されています。さらに、不要な歩道橋の再編で、使わなくなって無用の長物となっている歩道橋は解体すべきです。必要な歩道橋には、エレベーターを設置すべきです。
――昨年は、道路交通法の改正で駐車違反に対する取り締まりが強化されことが、企業の経済活動の支障となっている実態が浮き彫りになりました
佐藤
ハード面では駐車場、荷さばき所、駐停車帯の整備で対応していく方法が考えられますが、街のあり方として、例えば一方通行にして、スペースを確保したり、緊急避難措置として荷さばき程度の停車は容認することも検討する必要はあると思います。

――ところで、世論の批判に圧されて公共事業費が減額され、建設事業におけるコストダウンが時代の要請となっていますが、一方では外圧などもあって一般競争入札比率の上昇により、建設業界ではダンピング合戦が激化しています。このため、地方は再生どころか衰退の一途を辿っています
佐藤
ふる里の産業の中には、再生すべきものはたくさんありますが、中でも大部分の地方で基幹産業となっている建設産業は、総じてくたびれ果てているので、「地域の基幹産業の再生」を公約の三つ目に掲げたところです。
国内の建設業の工事高は、ピーク時の平成4年に84兆円だったのが、17年は52兆円と60%まで落ち込んでいます。ふる里の雇用や経済を支えているという面で、建設業は大きな役割を担っているのですから、その再生は私の重要テーマのひとつです。
先に述べた地方の足腰を強化し、少子高齢化に対応したユニバーサル社会を創るためには、必ず公共投資の充実が必要となります。しかしながら、公共投資の規模は今やかつての43%にまで縮小してしまいました。これで一体、何が出来るのでしょうか。現実には、既存ストックの維持管理だけで精いっぱいという状態になりつつあるのです。団塊世代が70歳を超える今後10年間に、足腰を強化し、高齢者らが住みやすい社会を実現するためには、やはり社会資本の整備は避けられないのです。そして、高齢化社会がいよいよ到来した時にこそ、維持管理を主体にレベルを維持していかざるを得なくなるのです。
現実には、公共投資の国費はかつて14兆円だったのが、今日では半分の7兆円にまで落ち込んでいます。誰もが安全に暮らせる社会を目指す上では、これ以上は削減できません。残念ながら平成19年度予算は、これまでの経済財政政策の延長線上にあるため、公共投資はマイナス3%のシーリングが決められています。誰もが安心して暮らせる社会を創るためには、すみやかに公共投資予算を回復すべきだと、昨年7月の「骨太の方針」論議の中で、私は現職の事務次官として主張し、政府与党の間ではおおむねの理解は得られたものと思っています。
したがって、しっかりした補正予算をくんで行くことと、20年度以降の政府予算としては、3%増の名目成長率に対し、公共投資は少なくとも2%増を目指すべきです。これを確実に担保し、勝ち取っていくことが私の重要な使命です。せっかく民間投資が堅調さを取り戻しつつあるのですから、公共投資もプラスにしていかなければ、日本経済は片翼飛行という状況になります。

――しかし、せっかく予算が確保されても、一般般競争入札の増加により、建設業は談合が減少する代わりに過剰競争で採算割れの契約が激増し、もはや正常な経済行為ではなくなっています。その一方では、事業者は職員のリストラを進めている現状からみて、今後とも業務量の多い一般競争入札を続けていくのでは、行政的にも経済的にも効率が著しく低下し、損失が大きくなるのでは
佐藤
確かにもう一つの大きな問題は、最近になって様々に指摘されている入札契約の問題です。最近の落札率の平均を見ると、ほとんどが90%を切っています。本来は予定価格の95%以上が適正価格なのです。理解して欲しいのは、そもそも予定価格というものは、公共投資に批判的な人々が思っているほど、決して甘いものではないということです。実情を知らない部外者の想像以上に、現実は厳しい積算をしているものなのです。安価な工法を徹底的に検証してコストを縮減し、10年前に比べて予定価格自体は10〜20%もダウンしているのです。このように予定価格がいかに厳しいものであるかは、事務次官として建設行政を担い、全ての部局にコスト縮減を指示してきた私自身が十分に心得ています。例えば、実態調査に基づいて、技能労働者でも残念なことですが、平均年収がおよそ320万円程度を前提に積算されているのです。そして、予定価格のおおむね10%が一般管理費で、いわゆる本社経費というものです。
ですから、例えば落札率が予定価格のわずか90%というのは、本社経費さえも確保できないことを意味します。これでは経済行為とは言えません。産業・経済そして財政というものは、企業が利益を上げて税金を納入してこそ成り立つのです。いま中小の建設業の出来高に対する純利益率は、わずか1.4%でしかありません。建設産業全体でもおよそ1.8%に止まっています。このように、予定価格に対して8割、9割という無謀な競争入札を繰り返しているようでは、建設産業全体が赤字になりかねません。
――その実態を放置しておくと、いずれは極めて危険な状況に至るのでは
佐藤
元請けとなる既存の優良企業が、経営が成り立たないために仕方なく撤退を余儀なくされ、それに入れ替わって悪質な不適格業者が跋扈するようになれば、国民の税金などを投じて形成される社会資本の品質の保証は、望むべくもありません。公金を投入して、経済基盤だけでなく国民の生命や財産の安全にも関わる社会資本を作るのですから、「安かろう悪かろう」などという無責任な思想では許されないのです。
しかしながら、今日のような状況が続き、建設産業全体が疲弊していけば、つまるところは国民がそのツケを払うことになるでしょう。私たちは行政官として時代の要請に従い、やむを得ず公共投資予算を減額し、結果として税収も減少してきました。しかし、それはつまり自らの首を絞めることでしかないのです。そして、それは国レベルだけの話ではありません。国のみならず地方自治体や公共団体にまで至り、つまり国民がこぞって自分の首を絞めてきたのです。私たちはその愚かさを自覚し、そろそろ目を覚ますべきでしょう。

――建設事業は、規格品を大量生産する他の製造業とは違って、全てがオーダーメイドによる単品生産ですから、単なる市場主義に基づく一般競争入札という発注方法を導入すること自体に、大きな疑問を感じます。むしろ、発注者が契約に当たって、どの施工会社がそれを施工するのに適切なのかを十分に審査して決められる随意契約こそが、その業態に相応しく、そのためにも的確な審査力と評価眼を持った職員を、事業者側も十分に確保するというのが本来の公共事業のあり方ではないでしょうか
佐藤
まずは下請け企業に負担がかからないようなセーフティネットを構築することが先決です。同時にWTOのいわゆる一般競争入札の条件である基準額を上げる一方、品質と価格の双方についての総合評価方式を定着させるべきでしょう。
総合評価方式を国土交通省の直轄工事だけでなく、地方自治体にも浸透させるとともに、総合評価方式によって低価格入札が、むしろマイナスポイントとして作用するような仕組みづくりが緊急の課題です。
――そうした構造改善による業態の正常化に向けて、今後の見通しは
佐藤
公共投資予算については、19年度予算はあくまでも安倍政権が発足する以前にツーリングが決定されたものなので、当初予算はやむなしですが、補正予算や20年度予算からは本格的に安倍政権下で編成されるので、そこに期待しています。
また、現在着工されている建設現場も、企業には途方もない負担をかけていますが、これからの発注契約については、少しでも状況が改善されるよう働きかけていきます。今後の予算編成とその執行において、私の果たすべき役割があるものと認識しています。

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