北海道発未来着

序列主義を打ち破れ

25.「エッフェル塔試論」を読んで

 ギュスターヴ・エッフェルとは言うまでもなくパリのエッフェル塔を造り上げたその人である。たまたま書店で見つけた「エッフェル塔試論」(松浦寿輝著)を興味深く読み、エッフェルが土木技師というだけではなく民間技師であるという著者の指摘を新鮮に感じた。
 まずエッフェルの人となりを簡単に紹介しておこう。1832年生まれのエッフェルは1852年、グランド・ゼコールの一つである名門の理工科学校(ポリテクニーク)の受験に失敗し、第2志望の中央工芸学校(サントラール)に入った。これが民間技師エッフェル誕生のきっかけとなるのである。松浦氏がing司eur civilを土木技師と訳さずに、民間技師と訳したのはエッフェル自身の思いを汲んでのことと思われる。すなわち、エッフェルが母校で1886年に行った「社会における技師の役割」と題する講演において、次のように語った。「みずからの個人的価値以外には、自分を支えてくれるものを何一つ持たないまま人生に投げ込まれる「民間技師」たちは、国家が―自分を保護し、人から尊敬される名誉あるキャリアを自分に保証し、自分の功績をちゃんと顕彰し、ときには自分の責任を肩代わりしてもくれる、そんな国家が、自分の上に控えていてくれないことを心得ております。民間技師のキャリアにおいては、いかなる失策の報いも自分に返ってくるのですし、昨日は明日を保証してくれないのですし、そして、それを得た後は安穏に悠々自適の余生を送れるといったような栄誉に恵まれることも、ほとんどないのです」そこには官と対立し民の側に立って職責を果たしているという強い意識が表れている。
 エッフェルは1866年パリ近郊に自分の会社を設立する。エッフェル塔に着手する以前にも、エッフェル社は世界各地で活動しており、中でもハンガリーのペスト市の鉄道ターミナル駅と、ポルトガルのドウロ河に架かるアーチ橋のマリア・ピア橋(「エッフェル塔試論」ほかで同橋の美しい姿をぜひご覧ください)のいずれも1875年受注の2大事業により、国際的な名声を確立することになる。
 1889年パリで開催される万国博覧会のモニュメントとして、対抗案であった石造りの塔をしりぞけ、「金属産業の独創的傑作」を希望するパリ市当局の意向により、鉄のエッフェル塔案が選択された。その選択の正しさは100年余り経過してなおパリの象徴としてゆるぎない地位を占めていることが何より証明している。エッフェル塔完成の4年後自社の社長を娘婿に譲った61歳のエッフェルは以後気象観測と空気力学の実験に情熱を注ぐことになる。言わば鉄から空気へと情熱の対象を移すのである。その観測場所として地上285mのエッフェル塔の最上階が最高の場所を提供したのは言うまでもない。そこは「ムッシュー・エッフェルのサロン」と呼ばれていた。エッフェルの空気への情熱は1912年、直径2m、風速30mの「エッフェル式風洞」を生み出すことになる。鉄から空気へと情熱を注ぎつつ、1923年91歳でこの世を去る。
 エッフェル塔を明らかに模した東京タワー、その東京タワーを造った日本の「近代」について、松浦氏は「われわれの「近代」とは、・・・「エッフェル塔より高い333メートル」と自称する東京タワーといった程度のものしか持ちえなかったもののことだという冷厳な事実を平静に受け容れないわけにはいかないだろう。これは、何人かの夏目漱石を苦悩させるに十分なほど重い意味を持つ比較文化的現象というべきものであり、・・・」と書いている。組織優先の我が国と個人尊重の彼の国の違いがこうした文化的現象となって顕われるのではないだろうか。その結果が年間5600万人もの旅行者がフランスを訪れるのに対し、我が国にはたったの340万人しか訪れないという大きな差になっているように思われる。


26.我が国の土木を思う

 以前土木改名論が大きく取りざたされたが、最近はあまり聞かなくなった。しかし、大学の土木系学科の名称からいつの間にか「土木」が消えているところが増えている。確かに土木に対する見方が好転したようには思えない。再度土木改名論を呼び覚ます動きもないようだ。次世紀を目前にして土木界として何か変革する必要はないのであろうか。そのヒントが「民間技師」という意識にありそうである。土木関係者の過度の協調性のため(よい点ももちろん多いのを承知で)、官民の関係にともすれば緊張感(技術に対する姿勢・責任のこと)に欠ける場合がある。官民双方にいる今の我が国土木技術者全体が、先のエッフェルの「民間技師」を語った言葉の重さをかみ締めることが必要である。
 最後に我が国にもエッフェルとは別の視点からではあるが、土木技術者の素晴らしい心構えを遺した人がいたことを紹介する。第23代土木学会会長青山氏は昭和13年次のような土木技術者の実践要綱を遺している。

  1. 土木技術者は自己の専門的知識及び経験を以て公共的諸問題に対し積極的に社会に奉仕すべし。
  2. 土木技術者は学理、工法の研究に励み進んでその結果を表し以て技術界に貢献すべし。
  3. 土木技術者は国民の福利にするが如き事業はこれを企図すべからず。
  4. 土木技術者はその関係する事業の性質上特に公正を持し清廉をびいやしくも社会の疑惑を招くが如き行為あるべからず。
  5. 土木技術者は工事の設計及び施工につき経費節約あるいはその他の事情に捉われ為に従業者並びに公衆に危険を及ぼすが如きことなきを要す。
  6. 土木技術者は個人的利害のために信念を曲げ或いは技術者全般の名誉を失墜するが如き行為あるべからず。
  7. 土木技術者は自己の権威と正当なる価値を毀損せざる様注意すべし。
  8. 土木技術者は自己の人格と知識経験とにより確信ある技術の指導に努むべし。
  9. 土木技術者はその関係する事業に万一違法に属するものあるを認めたときはそのに努むべし。
  10. 土木技術者はその内容疑わしき事業に関係し又は自己の名義を使用せしむる等の事なきを要す。
  11. 土木技術者は施工に忠実にして事業者の期待に背かざることを要す。

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