〈建設グラフ2000年10月号〉
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年間延べ観客数326万人を誇る東洋最大の競馬場
いよいよ『スタンド改築第T期工事』はじまる全面改築完成は平成19年春予定
日本中央競馬会 東京競馬場スタンド改築工事
▲自然との調和した「森の競技場」の全景イメージ
▲見やすさの追求-「スーパーライブスタジアム」の完成イメージ
―新時代の競馬の幕開けを告げる「東京競馬場」の再生が、いよいよ始動した。
日本中央競馬会(以下JRA)は、全体完成を平成19年春頃とした「東京競馬場」の全面改築に着手した。これまでは、グレードアップしながら対応してきた「東京競馬場」だったが、今回は、このほど築32年経過したことによる老朽化対策をはじめ、耐震性さらには居住性・快適性の向上や、ファンに魅力ある競馬を提供する施設として生まれ変わらせるためのまさしく“全面改築”となる整備である。
改築工事は3期に分かれ改築全体の規模は、SRC造(S一部)地下1階地上9階建て塔屋1層、延べ17万9,700平方メートル。座席数は1万9,400席となる。
設計は、松田平田と日本競馬施設が共同担当し、今回、第1期工事の第T工区を清水建設・佐藤工業・大末建設JV、第U工区を竹中工務店・フジタ・鉄建建設jvがそれぞれに担当する。
●第T期の工事概要
第T期分として、建設地は東京都府中市日吉町1-1。敷地面積62万2,635平方メートル。SRC造(S一部)地下1階地上9階建て塔屋1層、延べ64,400平方メートル、座席数5,600席のスタンド改築、RC造地上4階建て+ゴンドラ延べ約3万平方メートルの既設スタンド一部解体、西入場門改修一式、舗装、造園などの外構工事一式を行う。
うち第1工区は、スタンド改築ほか延べ約4万2,400平方メートルで、工期は平成14年10月頃までを予定しており、一方、第2工区は、同じくスタンド改築ほか延べ約22,000平方メートルで、工期は平成14年12月頃までを予定している。
●指定席にモニターテレビ
施設の主な内容として、9階は業務エリアで、8階は業務と来賓席エリアに、5階から7階までが指定席エリアとなる。なお、指定席は2名掛けとなる。
このほか、馬主席と指定席にはモニターテレビを付ける計画だが、屋外席での設置はほこりや湿気の影響を受けやすいことから、試験をしながらどのような問題が生じてくるのかを判断した上での設置となる。
新スタンドの基本理念は、
(1)『ファンのためのスタンド』として、ファンスペースを拡大し、全長500mのハナマエと観覧席を一体化させたライブ空間「スーパーライブスタジアム」を中心に、新投票空間「スクリーンプラザ」や、街路空間「センターアベニュー(仮称)」などを設置する。
(2)『自然との調和』として、緑の多い府中にある競馬場の特性を生かすため、大切な緑を守りながら改築を進めていく。
(3)『人とのふれあい』として、馬、ジョッキー、ファンが一体になって競馬を楽しむために、観覧席の前面ガラスはあえて設置せず、オープンで臨場感あふれる屋外スタンドにする。
(4)『ファンサービスとしての安全性』として、できる限りバリアフリーに配慮したスタンドにし、3期で完成するメインの入場門は、3階部分に自動的につながる構造になっており、スタンドへの導線に配慮している。さらには、2階からと3階から見下ろす形で「スクリーンプラザ」を2カ所つくり、スタンドでは初の試みとなる“広い範囲から中継映像などを見られる”ようにしている。また、3階部分には東西を結ぶ通り「センターアベニュー(仮称)」を設置し、客の安全面と動きやすさにも配慮することなどとしている。これらにより、環境にやさしく、高齢者や身障者に配慮した施設として、耐震性、快適性、利便性、機能性を向上させることとなる。
また、環境にやさしいスタンドの観点からは、自然エネルギーを活用した次世代型設備システムを採用して、省エネルギーで快適な環境を実現する。具体的には、コ・ジェネレーション・システムを常時稼働させ、その発電とともに出てくる排熱を他のエネルギーに利用する設備を導入したり、自然換気システムにより、空調設備を効率化する。また、広大なスタンドの屋根を利用して太陽光発電システムを導入、少しでも多くの自然エネルギーを利用した施設とする考えである。
敷地は原則として、現スタンド部分とし、工事計画・工程はできる限り競馬を開催しながら実施することを基本に、第1期工事はスタンド西側部分約3分の1を取り壊し、開催業務に必要な諸施設を取り込んだ棟を2002年12月に新設する運びとなる。
「東京競馬場」は、およそ20万人の観衆が集う日本中央競馬会最大の競馬場として知られている。平成5年には“東京競馬場開設60周年”を記念する新スタンド「メモリアル60」が完成し、スタンド総延長460mという世界最大級のものとなった。
2fファーストフードプラザ
5fレストラン街
●誇り高き日本ダービー
最強のサラブレッドが競演するG1レース(GradeTRaces)を年間7レース開催(平成12年度8レース)するが、中でも、「競馬の祭典」として2,400mの距離を競う4歳馬最高峰のレース「日本ダービー(東京優駿)」は、競馬ファン以外の人までもが高い関心を寄せる“ドリームレース”として位置づけられており、“ダービー”の名称は1780年代に“the derby stakes”を創設したイギリスの第12代ダービー卿に由来しているものである。
●東京競馬場の歴史
「東京競馬場」の歴史は、昭和8年11月、東京競馬倶楽部目黒競馬場が現在地に移転し、東京競馬倶楽部東京競馬場となったことから始まる。
昭和12年6月に東京競馬倶楽部が解散し、日本競馬会東京競馬場となり、昭和29年9月には国より競馬の業務を引き継いで、現在の日本中央競馬会を設立した。
昭和32年11月に臨時特例法により通称万歳館を改築し、昭和36年1月にはダートコースを新設した。昭和43年6月には新スタンドが竣工し、京王線府中競馬正門前駅からスタンドへの屋根付き歩道橋も竣工した。
昭和46年5月にはスタンドの増築工事が竣工したことで、昭和43年完成のスタンドと連結し現在のメインスタンドとなる。
昭和56年11月に第1回ジャパンカップ競走を施行。昭和57年6月に外きゅう地区の整備を完了した。
昭和58年5月にエプソム競馬場(英)と姉妹競馬場提携し、昭和59年4月には東入場門や自動投票所を新設、“ダービースクエア”もオープンさせ、同年9月にはターフビジョンを設置、12月には全国映像伝送システムが運用を開始した。
昭和60年10月には馬場拡幅工事が竣工し、“オークススクエア”もオープンした。
同年11月には「競馬の殿堂」中央競馬メモリアルホールがオープン。昭和61年10月には英国エジンバラ公フィリップ殿下と天皇・皇后両陛下(当時は皇太子・同妃両殿下)がご来場され、画期的な出来事として記念すべき日となった。
昭和62年5月には西門歩道橋が竣工。昭和63年11月にはダービースクエア前にターフビジョンを新設。平成3年10月にJRA競馬博物館がオープンし、平成5年9月にはメモリアル60が竣工した。
平成8年4月に地方競馬の盛岡競馬場と姉妹競馬場提携などを経て、現在に至っている。
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