建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2001年10月号〉

寄稿

東京都における住宅整備について

―現況と、これからの課題―

東京都住宅局住宅政策担当部長 小川 富由 氏

小川 富由 おがわ・とみよし
1972年新潟県立新発田高校卒業
1977年東京大学工学部建築学科卒業
1977年建設省入省
1985年米国カリフォルニア大学バークレー校 都市計画修士課程修了
1988年水戸市都市計画部長
1993年新潟県建築住宅課長
1995年建設省住宅局建築指導課建設専門官
1997年建設省住宅局高齢者・障害者建築対策官
1998年建設省住宅局建築物防災対策室長
2001年東京都住宅局住宅政策担当部長
著書(共著)「都市計画の挑戦」学芸出版社
翻訳(共訳)「サンフランシスコ都市計画局長の闘い」学芸出版社
1.東京都の住宅事情と住宅政策の現況
ご承知のように我が国において住宅問題を顕著に具現化しているが東京の住宅事情です。
1世帯1住宅の解消が全国でもっとも遅く、現在でも、賃貸住宅居住者を中心に最低居住水準未満居住が11%と全国水準の2倍に達しています。また、住居費負担率も持家、借家とも全国に比べ高く、良質な水準の住宅を適正な負担で確保することは都民の大きな課題となっています。この厳しい住宅事情のため、都心の空洞化や職住の遠隔化かおこり、子育て世代が都から周辺県への流出するなど、都民の暮らしに問題を生じさせています。これに対して、東京都では社会経済等の状況に対応しながら住宅問題の解決に向けて住宅政策を展開してきました。
現在では1,900ha、26万戸にのぼる都営住宅ストックの蓄積は自治体の経営する公営住宅としては日本で群を抜き最大のものですし、多摩ニュータウンの建設や江東区・墨田区等の下町を中心に展開した大規模な再開発事業もまた住宅整備を中心とするものでした。また、80年代後期に発生したいわゆるバブル経済の時代には、高騰する地価による住宅問題に対処するため、いち早く住宅基本条例の制定や住宅マスタープランを策定し体系的な対処を進め、特に中堅所得層向けの賃貸住宅供給を民間土地所有者等と共同して行う都民住宅制度はその後の特定優良賃貸住宅法の制定につながり、また高齢化社会に対応して福祉分野との連携による高齢者向け住宅シルバーピア等の供給を進めるなど常に我が国における住宅政策の最前線を担ってきたところです。
しかしながら、21世紀を迎え成熟化社会が到来してくるとこれまでの前提を大きく覆すような新たな社会経済状況が見えてきました。それは一言でいえば、右肩上がり神話の終焉です。人口や世帯の伸び、経済規模の拡大と建設投資の伸び、都市圏の広がりなどこれまでの住宅問題の基本前提がすべて変化してきました。
人口は、少子高齢化が進むなか2010年ころから、世帯についても2020年ころから減少傾向に入ると予測され、経済の成長率は世界経済の中での競争が激化するなかで年率せいぜい2〜3%の範囲と予測されています。さらに、欧米の建設投資がGDPの5〜7%であるのに比べて10%と非常に高率であった建設投資の割合も、欧米並みでストック維持中心のものへと移行していくと考えられます。また、豊かさやゆとりを重視する生活が求められることから都心への居住回帰が叫ばれ、無限に続くとおもわれた都市圏の拡大の波も逆転しはじめています。
このような時代の転換期にあたっては大きなトレンドを見据えた住宅政策の立案が求められるところですが、東京都においては平成12年4月に石原知事から東京都住宅政策審議会(会長:成田頼明横浜国立大学名誉教授)に対し「21世紀の豊かでいきいきとした東京居住を実現するための住宅政策の展開について」諮問が行われました。
審議の対象は21世紀の半ばを視野に入れた上で、おおむね15年後までの住宅政策のありかたとその推進方策についてで、これを受けて審議が進められ、平成12年11月に「中間のまとめ」を公表し、その後都民・関係機関等の意見をふまえ平成13年5月に知事に対して答申を行っています。
この答申が、今後の中期的な東京都の住宅政策展開の基礎となるとされており、その内容もいろいろな意味で画期的な内容が含まれています。

2.住宅政策審議会答申にみるこれからの課題
答申の中心となる提言は、「住宅政策のビッグバン」と題したもので「21世紀の豊でいきいきとした東京居住の実現」に向けて、規制制度を徹底して見直し、施策の透明性・信頼性を確保しつつ、規制改革・組織改革等を行い、市場を活用して最大限の効果を発揮することを求めています。
この改革においては、住宅政策の「居住」政策としての総合化、住宅ストックの活用、市場の活用、地域の主体的な対応、説明責任の重視という5つの視点に立って改革を進めるべきであるとしています。
まず住宅供給とストックの大部分を占める民間住宅部門については、市場の効率性の確保と政策上の有効性の確保を視点として、都心居住の推進、住宅ストックの保持・活用の促進、分譲マンション対策の推進、高齢者対策の推進、環境への配慮、木造密集地域の整備を課題としてあげています。
次に施策の公平性や効率性、地域の活力や都民へのきめ細かい対応といった面で種々の問題を生じている都営住宅については、公平、効率、活力、分権をキーワードとして抜本改革を求めています。
そして、新たに展開すべき民間住宅政策とこれまでの都営住宅制度の抜本的改革とを有機的に連携・融合させ、効率的な政策の展開を図るべきであるとされています。

3.東京都新住宅マスタープランの策定に向けて
この答申を受けて、提言された施策を具体化すべく、東京都では現在、平成13年から平成27年を計画期間とする新住宅マスタープランの策定作業に入っています。策定スケジュールは本年秋に「中間のまとめ」の公表、14年当初に決定という予定となっています。ここでのキーワードは、民間活用、市場重視、地域の視点の重視、居住に関連する政策の連携、政策指標の導入といった項目があがっています。特に、民間住宅施策は既存の市場メカニズムを、ストック活用や環境への配慮など都民の立場にたって良好に機能するように手だてを講ずることが求められています。具体的には、分譲マンションの管理・建替対策の推進、定期借家制度を活用した住み替えシステムの構築、中古住宅市場整備のための「家歴書」と言った情報提供システムの整備が構想されています。
住宅整備の観点からは、具体的には、例えば南青山のような都心に立地する都営住宅団地の建替において、敷地を民間に定期借地として出すことにより民間事業者から公営住宅のみならず民間住宅の供給や、福祉関連施設の併設など総合的な事業提案を公募するといった、複合的な視点をもったpfi的手法を実施することが計画されています。また、都営住宅の膨大なストックについては、建替に伴う再編整備や区市町村移管を進め、地域にふさわしい住宅供給を進めることが計画されております。
移管の目標は21世紀半ばで現在の都営:区市町村営の比率95:5を、全国水準の50:50とすることとしており、福祉施策と連携し地域に密着した居住施策を展開しやすい体制整備を図っていくことが求められています。また、併せてストックの質の維持向上を図るためスーパーリフォーム事業を展開することや高齢化対応として中層住宅へのエレベーター設置を推進することが計画されています。
このほか、防災性の向上やまちづくりの観点から、東京の都市化での負の遣産といわれている木造密集市街地を21世紀に引き続き残こさないために整備を進めることが緊急の課題としてあげられています。
都は新住宅マスタープランのもとで積極的に課題に取り組んでまいります。また、都下の区市町村も新住宅マスタープランに掲げられた地域別の整備方針を基礎に自らの地域の実情に応じた住宅政策に取り組むことが強く期待されています。


HOME