建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2001年9月号〉

寄稿

日本最北のゲートウェイを拓く

国土交通省北海道開発局 稚内開発建設部稚内港湾建設事務所長 杉本 義昭

はじめに
稚内港湾建設事務所は、稚内開発建設部が管轄する北海道北部宗谷支庁(1市9町村)管内のうち稚内市に位置する日本最北の海の玄関口である重要港湾稚内港と空の玄関口である第2種空港稚内空港及び地方港湾(避難港)宗谷港、第4種漁港(避難港)の東浦漁港と抜海漁港の2港湾2漁港1空港の整備を実施しています。
最果ての地、稚内
稚内は日本最北の都市で、東は日本の最北端である宗谷岬を経てオホ−ツク海に至り、西は日本海の北端に位置する利尻水道をへだて、利尻・礼文島を望み、北は宗谷海峡を経てロシア領サハリン(旧樺太)に面しています。
当地域は、日本海とオホーツク海が交流する海域として水産資源が豊富にあるため、古くから松前藩による藩主直轄の宗谷場所が開設され、運上屋らによる漁場開発や交易の場として栄え、また、地理的にも最北の玄関口であるため北方警備の要所としても重要視されてきました。明治に入り、北海道の開拓が進んでくると、開拓者の食料や開拓に要する資機材を運ぶため、日本郵船会社が明治21年小樽・稚内間に定期航路を開設、以来人の往来と物資の流通が活発化し、港としての基礎が築かれました。さらに、日露戦争後に南樺太を領有してから地理的に近い稚内港を中継基地に活用され、それに伴い防波堤や岸壁など港湾としての基盤整備が本格的に進められ、樺太航路や利尻・礼文離島航路など最北の玄関口として賑うようになりました。
日本最北の国際ゲートウェイ
稚内港は最北の玄関口として旺盛を誇ってきましたが、戦後南樺太を失うことになってからは、国土復興に必要なエネルギー供給のための石炭積出港として、国民への蛋白資源確保のため北方漁業の基地港として時代の要請に応えるべく役割を担っていました。
そして近年、港湾を取り巻く社会情勢は国際化、情報化及び国民生活の多様化、高質化が進展するなか、稚内港においてもロシアからの水産物輸入に伴うロシア船舶の入港隻数の急増、日ロ国際定期航路(コルサホフ⇔稚内)の就航、離島観光の増大化に伴う利尻・礼文航路のフェリー大型化などに対応するため、「稚内港マリンタウンプロジェクト」構想が取りまとめられ、平成11年には港湾計画を策定し、現在この港湾計画に基づき整備が進められています。
さらに、サハリン石油・ガス開発の国際プロジェクトに対する支援基地港としての要請が高まりつつあり、こうした新たな要請に対応すべく関連施設整備に積極的に取り組み、日本最北の国際ゲートウェイとしてその役割を担うとしています。
最北端の地方港湾
宗谷港は、宗谷岬の北東に位置する我が国最北端の地方港湾であります。隣接する宗谷岬は、道北観光のシンボル的要素で、道北観光資源の主要な一つになっており、主に本州からの観光客で毎年大いに賑わっています。
本港の建設は昭和11年から外郭・係留施設の一部を建設し一旦は中断していましたが、昭和33年から工事を再開し、以後漁港施設を中心に着々と整備が図られ、近年「つくり育てる漁業」の推進により漁業の安定が図られてきました。しかし、最近は水産品の輸入増大に伴い、基幹産業である漁業環境が厳しい状況に追い込まれているため、隣接している一大観光スポットである宗谷岬と連携させた交流拠点の形成を図り、活力ある地場産業の斬たな展開を目指しています。
▲上から見た宗谷港 ▲上から見た稚内港

平成13年度整備事業概要
【稚内港】
[本港地区] 港内の静穏度向上を図るため北副防波堤改良の整備を進める。
[北埠頭地区] 観光拠点ともなっている通称「稚内ドーム」の耐震性強化の整備を進める。
[中央埠頭地区] マリンタウンプロジェクトU期事業として、フェリーの輻輳緩和を図るための埠頭整備を進める。なお、-6m岸壁は地震時の緊急避難や緊急物資輸送の手段を確保するため、耐震強化岸壁として整備する。
【宗谷港】
[本港地区] 防波堤本来の機能はもとより冬期の利用にも配慮した護岸防波等の整備を進める。

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