〈建設グラフ2001年6月号〉

寄稿

中国地方有数の河川・太田川

国土交通省 中国地方整備局 太田川工事事務所長 栗城 稔 氏

栗城 稔 くりき みのる
昭和28年生 北海道出身
北海道大学工学部土木工学科卒業
昭和51年建設省入省
昭和63年4月建設省本省河川局河川計画課長補佐
平成 4年4月土木研究所河川部総合治水研究室長
平成11年10月水資源開発公団企画部審議役
平成12年4月建設省中国地方建設局 太田川工事事務所所長
はじめに
国土交通省太田川工事事務所は、広島県西部を貫流する中国地方有数の河川である太田川と、広島県と山口県の県境を流れる小瀬川を管理しています。昭和7年に太田川放水路工事のための測量員詰所が開設されて以来、約70年にわたって太田川の改修を続け、この間、昭和42年の太田川放水路の完成、昭和50年の高瀬堰完成を経て今日に至っています。小瀬川については、昭和43年に一級河川に指定されてからの管理ですが、これも30年以上の歴史を持つに至っています。
太田川
太田川は、水源を中国山地の高峯の冠山(1,339m)に発し、途中水系で唯一の治水ダムである温井ダムを持つ滝山川などの支流を集めて流下し、さらに広島市安佐北区可部町付近で根谷川、三篠川を合流します。いわゆる三川合流です。合流直後に高瀬堰の湛水域に入り、堰を下った後は広島デルタを南南西に流れ、広島旧市街地の上流端で太田川放水路と旧太田川に分かれます。河川法上は太田川放水路が太田川の本川とされており、旧太田川は派川です。旧太田川は中央部でさらに京橋川、天満川、元安川等を分流しますが、これらの川はいずれも広島市の人口密集地帯を流れて広島湾に注いでいます。その流域は広島市及び山県郡のほぼ全域と東広島市、高田、安芸、賀茂、佐伯郡の一部、2市5郡にまたがり流域面積は1,700km2、幹線流路延長は103kmです。
太田川は、上流より流れ出す土砂と水で、中国地方随一の大都市である広島の基礎を築きました。一方で、太田川も広島の発展に伴って成長してきました。これには、毛利輝元が16世紀後半に広島築城を行って以後の長年にわたる埋立てにより、市街地が瀬戸内海に向かって伸びることによって太田川が文字通り長くなったという意味もありますが、太田川放水路の開削による治水安全度の向上とともに、景観や親水といった面にも配慮した「水の都ひろしま」のシンボルとしての質的な成長、という意味もあります。
▲太田川全景
高潮対策事業
広島市のほとんどの市域は太田川のデルタや埋め立て地の上に立地しています。したがって、標高が満潮位よりも低い土地の割合は高く、さらに、太田川放水路の派川の河口が南西方向に開いており、南から来る台風に対し高潮の影響を受けやすい地形的条件を有しています。このため、ひとたび大規模な高潮が来襲すれば、被害は想像を絶するものがあります。平成3年9月には最大偏差1.8mの高潮が広島を襲い、床上、床下を合わせた浸水家屋が1,600戸以上を記録しました。
太田川における高潮対策事業は、伊勢湾台風クラスの台風により起こる高潮にもに対処しうるように、台風期朔望平均満潮位T.P2.00m+偏差2.40m=T.P4.40mを計画潮位とし、計画波高0.60〜2.50mの値を加えて市内派川に高潮堤を建設する事業です。高潮堤防の建設に際しては、河岸緑地を連続的に整備し、潤いの空間を創出しています。また、阪神・淡路大震災をきっかけに、平成7年度からは、堤防の耐震化対策を実施しています。
不法係留船撤去と河川マリーナの整備
太田川の市内派川には、現在、約2,000隻のプレジャーボートが不法係留されており、治水上及び管理上の支障が生じています。すなわち、洪水時に橋梁部で洪水の流下を阻害したり、転覆して油漏れを起こしたり、河川内の工事の支障となります。ボートそのものが河川内を航行することは排除すべきではなく、景観上も問題があるとは認識されていませんが、係留のためのロープや浮きに使用している発泡スチロールが川に捨てられたゴミの様相を呈しており、明らかに良好な景観を阻害しています。また、長期にわたって、また繰り返し経常的に河川空間を占有することは、河川の自由使用の原則に反します。そこで、広島県とともに、平成10年から不法係留船の重点的撤去区域を定め、係留・保管の適正化対策を進めています。現在は、太田川(放水路)と、旧太田川・京橋川・猿猴川の上流区域が重点区域に設定されています。
こうして河川内から撤去されるプレジャーボートの受け皿として、公共や民間のマリーナ、ボートパークがありますが、その数はまだ不十分であり、平成9年度から太田川放水路下流右岸において、河川マリーナ整備(520隻収容)を推進しています。これは、広島市との共同事業であり、下水道施設屋上にボートを保管するという全国的にも稀な計画となっています。
現在、放水路とマリーナ泊地部をつなぐ堤防の切り欠き部に架かる橋梁の下部工事を行っています。泊地部と陸上保管施設をつなぐ上下架施設や、一時係留施設他の運営施設を順次整備し平成18年には暫定開業の予定です。
河川環境
近年、都市化の進展とともに、河川環境に対する需要も一層多様化する中で治水、利水はもとより河川空間が有している水と緑のオープンスペースに対する期待が高まっています。市内河川の河川空間が市街地面積の約2割を占める広島においては、適正な河川管理が特に重要な課題です。太田川工事事務所では、昭和62年度に策定した「太田川河川環境管理基本計画(河川空間管理計画)」に基づき、親水性、景観を考慮した高水敷や護岸などの整備を積極的に推進し、市民に親しまれる河川づくりを目指しています。
基町環境護岸と元安川テラス
広島市民球場横の基町地区は戦後、戦災者収用のための公営住宅供給地でしたが、不法占用のバラック建築も加わり、旧太田川沿いはスラム化していました。この地区が都市計画により公園として整備されたのと並行して、公園等と一体となったデザインに配慮した護岸を設置しました。昭和58年に完成したこの基町護岸は景観に配慮した親水護岸の嘴矢とされています。
元安川は平和記念公園と原爆ドームの間を流れています。元安川の公園側の河岸は、毎年8月6日に市民による「とうろう流し」が行われるなど平和を願う特別の場所となっています。ここを、河川水面に間近に触れることが出来、水辺での催しの場として活用が出来るように、幅3〜5mのテラスを作り、護岸を階段状にしています。また、干潮時にも安全に水辺にアプローチが出来るように、根固めの捨て石の上には玉砂利が敷き詰められています。
「橋のアンダーパス」と水の都整備構想
太田川の市内派川では、高潮堤防などの堤防天端が親水性の遊歩道や河岸緑地などとして整備され、河岸での散策やジョギングなどが出来るようになってきています。しかし、橋が架かっているところでは、信号待ちや近くの横断歩道への迂回などにより、スムーズな通行が出来ないことがあります。そこで、橋の下の河川空間を利用して安全かつ容易に道路の横断が出来る遊歩道、すなわち「橋のアンダーパス」の整備を行っています。最近では平成11年に設置された原爆ドームのほとりの相生橋のものがあり、施工中や計画中のものも数多くあります。これらのアンダーパスは、建設省(現国土交通省)、広島県及び広島市の三者が協力して、平成2年に策定した「水の都整備構想」の中の、「水辺をつなぐ」というテーマに沿って整備されたものです。同構想には、この他に、「水辺で遊ぶ」、「水辺に文化を」、「水辺に住み・働く」、「水辺をつくる」、「水辺を美しく」といった計6つのテーマがあり、それぞれに水辺空間の魅力化の実現に向けての整備が行われています。
魚がのぼりやすい川づくり
太田川は、国土交通省が推進する「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」の全国で最初のモデル河川の一つとして、平成4年3月に指定されました。この事業は全国の河川の中で、地域のシンボルとなっている河川等についてモデル河川として堰、床固等の河川横断工作物周辺の改良、魚道の設置改善、魚道流量の確保等を重点的に行うものです。
太田川本川には25箇所の堰等がありますが、そのうち18箇所において魚道の設置、あるいは十分に機能していない魚道の改善が必要でした。こうした魚道の設置・改築により、平成10年度末までに事務所が管理している本川区間(河口から70.8km)において、「魚がのぼりやすい川」が実現しました。
本事業は、平成12年5月、地元及び官民が協力し一体となって河川環境の改善・復元に取り組み、効果を発揮した先導的プロジェクトとして、「土木学会環境賞」を受賞しました。
古川の川づくり
太田川の支川、古川の上流部一帯に設けられた「せせらぎ公園」は、全国でもいち早く整備が進められた河川公園です。平成2年7月には、古川(対象区間約1.7km)がラブリバー制度の認定を受け、古川せせらぎ公園の美化推進と有効利用を図るための活動が行われています。太田川工事事務所では、これらに対する支援事業として、生態系の保全を考慮した施設整備等を行ってきました。さらに、平成7年から11年にかけて、第一古川において多自然型川づくりを行いました。ここでは、周辺の土地利用状況や河川の特性に応じて、川とたわむれるゾーン、働く人たちの憩いのゾーン、流れに親しむゾーン、緑に親しむゾーン、川を冒険するゾーンに区分し、蛇行した低々水路の設置、既存樹木の保全と移植、ブロックマットの埋設、張芝緩傾斜面の整備、散策路や丸木橋の設置を行いました。さらに、空石積み、現地土の埋め戻し利用、ワンドや中州の植樹など魚や鳥に配慮した設計を採用しています。
現在、古川の下流では国土交通省、広島市及び市民が一体となった川づくりを行っています。事業の実施にあたっては、市民団体の協力のもと古川の整備に関するアンケート調査等を行い地元住民の幅広い意見を取り込み、潤いとゆとりある河川空間整備を実施しています。
川のバリアフリー
河岸が健常者のみならず高齢者や障害者の方々にとっても親しみやすく、やさしい場所であるように、太田川工事事務所では、「身近な川のバリアフリー」を進めています。現在、住宅等を中心にさまざまなバリアフリー施策が進められていますが、河川の整備においても、多くの人が利用しやすいように配慮することが求められています。そこで、太田川工事事務所では、地域住民や市民団体、福祉関係者と河岸のスロープの傾斜や遊歩道の段差などをチェックする「身近な川のバリアフリー点検」を行っています。こうした場で提示された意見は河川の整備に反映されています。
光ファイバーネットワーク
太田川における光ファイバーネットワークの整備は平成10年度から始められました。このネットワークによって、災害時及び平常時における河川等管理施設の常時監視、遠隔操作など、施設管理の高度化・効率化が図られると期待されています。また将来、情報提供を通じて関係機関や市民との交流にも大きく貢献するでしょう。
小瀬川
小瀬川は流域面積342km2、幹線流路延長59kmの中規模河川です。水源を太田川との分水嶺となっている広島県佐伯郡佐伯町飯山に発し、いくつかの小支川を合わせつつ、中国高原面の盆谷状の浅い河谷を連ねて南流します。中流部では広島、山口両県の県境を南下、ここで支川玖島川を合流し、蛇喰岩、弥栄峡の名勝を形成、蛇行しながら弥栄において弥栄ダム(平成2年完成)の貯水池に流入します。弥栄ダムから下流は東方に流向を転じて瀬戸内海に注いでいます。また流域内の行政区分は広島県は大竹市、佐伯郡佐伯町、大野町、山口県は岩国市、玖珂郡和木町、美和町の2市2郡にまたがっています。
関ヶ浜改修
小瀬川は、平成2年の「弥栄ダム」完成により、治水面でも利水面でも飛躍的に安全度が向上しましたが、下流の人家連担地区において流下能力が不足しています。このため、地盤高の低い関ヶ浜地区の改修を県道(山口県)との合併施工により行っています。平成15年には完成の予定であり、引き続き流下能力の低い箇所から順次事業を進展させる予定です。
水辺の楽校
小瀬川の木野地区は、水辺での「ひな流し」、夏の「川まつり」、冬季の「とんど祭り」等の地元の伝統行事と深く結びついている他、「旧山陽道木野川渡し場跡」等、歴史的旧跡としても重要な意味を持っています。小瀬川がより身近な遊びの場、教育の場になるように「水辺の楽校」プロジェクトとして、水へのアクセス施設の整備、歴史・文化的施設の復元・保存等を行っています。プロジェクトでは、「ごじんじ」(神輿を置く台)、ひな流しデッキ、ワンドの設置、巻き石護岸、旧山陽道の渡し場の復元が計画されています。地元では、自治会、老人会、小学校代表らが水辺の楽校推進協議会を結成し、整備内容の詳細、利用方法、管理方法について検討を行っています。
おわりに
広島デルタ市街地のまちづくりにおいて、太田川の水辺空間を優れた環境資源としてとらえ、魅力的にデザインし、市民生活の中で活用していくことが求められています。そのきっかけとなったのが基町護岸と考えられ、これが河岸緑地整備事業へとつながり、さらに水辺を楽しむ動きへと発展して来ました。小瀬川は地域の文化・歴史を育んできたばかりでなく、地元の産業を支える水源として重要な役割を果たしています。太田川工事事務所は太田川と小瀬川の洪水・高潮に対する安全性を向上させながら、これらが魅力ある川としてさらに市民に親しまれるよう、努力を続けています。

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