〈建設グラフ2001年3月号〉

寄稿

江の川総合開発工事事務所の事業

― 灰塚ダム建設事業 ―

国土交通省 中国地方整備局 江の川総合開発工事事務所長 森山 利夫 氏

森山 利夫 もりやま・としお
福岡県出身
昭和 49 年 建設省入省
昭和 53 年 沖縄総合事務局北部ダム工事事務所
昭和 60 年 建設省中国地方建設局鳥取工事事務所 開発調査課長(殿ダム担当)
昭和 63 年 建設省中国地方建設局八田原ダム工事事務所 調査設計課長
平成 5 年 建設省中国地方建設局苫田ダム工事事務所 副所長
平成 7 年 建設省河川局開発課 課長補佐
平成 10 年 現職
▲灰塚ダム完成予想図
はじめに

江の川は、その源を広島県山県郡阿佐山(標高:1,218m)に発し、中国地方の中央部を貫流、島根県江津市にて日本海に注ぐ幹川流路延長194km、流域面積3,870平方キロメートルの中国地方最大の河川です。
江の川は、広島県北部の中心都市である三次市で馬洗川、西城川、神野瀬川が合流し、しかも三次市から下流が中国山地を貫流する狭隘な河道となるため、三次市を中心とする沿川地域では、古くから洪水被害に悩まされ続けてきました。
特に、昭和47年7月の梅雨前線による大出水は、死者22名、家屋被害約18,000戸という未曾有の大災害をもたらしました。
一方、江の川は沿川の三次市や三良坂町等の耕地等に対する水源として広く利用されています。
昭和48年や53年には深刻な水不足に見舞われ、最近でも水不足の危機は解消されていません。広島県北部の三次市や庄原市では、給水地域の拡張、下水道整備の進展等による水道用水の需要増が見込まれていますが、地下水や江の川の表流水による取水が限界に達しており、新たな水源確保が望まれています。
このような状況を踏まえ、灰塚ダムは江の川水系上下川の広島県双三郡三良坂町仁賀地先に洪水調節、流水の正常の機能の維持と増進及び水道用水の供給を目的として計画され、昭和49年度から実施計画調査を開始し、昭和63年度から建設に着手しています。ダムの完成予定は、平成18年度となっています。

灰塚ダムの特徴

灰塚ダムは、江の川水系上下川の広島県双三郡三良坂町仁賀地先に建設中の重力式コンクリートダムです。ダム高50m、堤頂長196.6m、堤体積18万立方メートルと堤体は小型ですが、総貯水量52,100,000立方メートル、湛水面積3.54平方キロメートルと広大な貯水池をもつ効率のよいダムです。
ダム貯水池への主な流入河川は、上下川と田総川の2河川で、ともに100平方キロメートル程度の集水面積をもちます。貯水池周辺は、中山間地のなだらかな谷を有する地形のため、貯水池は広くて浅い形状になります。利水容量に比べて治水容量の割合が大きいので、貯水池上流部に約200haの広大な高水敷き(普段は水に浸からない貯水池)が出現します。
灰塚ダムは以下の機能を有します。
1.洪水調節
 灰塚ダムは、江の川上流ダム群の一つとして、ダム地点における計画高水流量1,150立方メートル/secのうち750立方メートル/secの洪水調節を行い、江の川上流部及び馬洗川沿川の水害の防除に寄与します。
2.既得取水の安定化・河川環境の保全
 ダム地点より下流の上下川、馬洗川、江の川上流沿川地域の既得用水の取水の安定化及び河川環境の保全のための流量を確保します。
3.水道用水の供給
 三次市及び庄原市に日量15,000立方メートルの水道用水の取水を確保します。


▲ダムサイト周辺写真
●ダム及び貯水池諸元
ダ   ム 貯   水   池
位置  左岸  広島県双三郡三良坂町仁賀地先 集水面積 217平方キロメートル
      右岸 湛 水 面 積 3.54平方キロメートル
型式 重力式コンクリートダム 総貯水容量 52,100,000立方メートル
堤高 50.0m 有効貯水容量 47,700,000立方メートル
堤頂長 196.6m 常時満水位 el.231.2m
堤体積 約180,000 サーチャージ水位 el.247.3m
積非越流部標高 el.251.6m 放流設備
常用洪水吐(自由越流) 2門
   〃   (オリフィス) 2門
非常用洪水吐(自由越流) 10門
利水放流設備 1条
灰塚ダム方式

灰塚ダムでは、中山間地の比較的なだらかで土地利用が進んでいる地域が水没地となり、第1次産業の就業者の割合が高くなっています。3町(三良坂町、吉舎町、総領町)にまたがる貯水池には、家屋:約330戸、水田:154ha、畑:28haが水没することになります。
灰塚ダムは昭和40年度に予備調査が始まりましたが、灰塚ダム事業が地域に与える影響は大きく、地域の住民の土地に対する愛着は深いため、事業が順調に進むようになるまでには長い時間を要しました。灰塚ダム事業では、事業を進めるに当たっては、「灰塚ダム方式」により事業を進めています。「灰塚ダム方式」とは、「年度ごとに地元に当該年度の事業内容の了承を取ること」、「水没者の生活再建を優先すること」、「地域の活性化に協力すること」を柱とするものです。
灰塚ダムには、貯水池周辺に3つの主要な生活再建地(三良坂町:のぞみが丘、吉舎町:ひまわり、総領町:田総の里)が整備されています。なかでも「のぞみが丘」は、造成面積70ha、移転戸数146戸を有します。水没者の約8割がこれらの生活再建地を含む地元三町内に移転し、ダム事業による人口減少の軽減に寄与しました。平成5年から6年にかけて、これらの生活再建地が開村しましたが、移転者の皆さんは新しいコミュニティーづくりを目指して努力されています。

▲生活再建地「のぞみが丘」
周辺整備

灰塚ダムは、普段は水に浸からない200haもの高水敷を有します。また、水没戸数約330戸の住民の多くは、貯水池周辺に建設された生活再建地に生活しています。かつて、自分達が暮らしていた水没地がどのように整備されていくか、非常に関心が高くなっています。
ダム貯水池の周辺整備は、水没者にとっては重要な問題であり、早くから検討が始められてきました。現在、平成18年度のダム完成を控え、周辺整備の計画を具体化しつつあります。
吉舎町知和地区の貯水池上流端には70haにも及ぶ高水敷が出現するため、そこには水質浄化機能を備えた湿地自然観察施設の整備を検討しています。また、平成12年9月には「アースワーク」(後述)の手法を取り入れた「ひまわり舞台(公園)」が竣工しています。

地域住民活動

灰塚ダム貯水池周辺地域では、地域の強力なコミュニティーによる活動が行われています。ダム貯水池を利用して地元主導で「大文字焼き」や「オートバイのトライアル大会」等のイベントが行われています。
三良坂町の生活再建地「のぞみが丘」では地元住民が、ホタルを生活再建地内の付け替え河川に呼び戻す活動を行っています。
その他に、貯水池周辺の付け替え道路沿線へのサクラやモミジの植樹や貯水池内でのアヤメやソバの栽培が行われています。
灰塚ダムの貯水池周辺は、セツブンソウやカタクリ等の貴重春植物が多数存在します。ダム貯水池に沈んでしまうものも多く存在するので、住民主導で移植等の貴重種保全活動を行っています。
これらの地域住民による活動は、貯水池の荒廃防止・環境保全にもつながるものです。
灰塚アースワークプロジェクト
灰塚ダムでは、地域住民や地元行政と一体となって、「アースワーク」という現在美術の視点を用いた環境芸術活動をダム事業に活かす取り組み(アースワークプロジェクト)を進めています。
これは、ダム貯水池関連地域の自然・文化・構造物の全てを一つの大きな環境文化遺産として有機的に結び付け、「環境美術圏」を形成する地域づくりの総合プロジェクトです。
平成6年から行われているこの活動は、これまで様々な芸術家、建築家などの参画を得ながら進められてきました。この活動では、ワークショップの開催、サマーキャンプなどの教育活動、ホームページや広報誌による広報・普及活動を行い、付け替え道路のガードパイプの色の決定や「ひまわり舞台(公園)」の建設などの環境整備に反映されています。
ガードパイプの色の決定では、検討段階で、「ひまわり舞台(公園)」の建設では、計画・設計・施工段階において、それぞれ地域住民や芸術家・専門家の意見を取り入れながら作業を進めました。
平成11年9月にはアースワークプロジェクトの4つの基本方針を定め、それをアースワーク宣言として宣言しました。

○アースワーク基本方針
・里の環境・文化に調和させる
・将来に伝え残す
・地域と共に創る
・地域に貢献する

さいごに

灰塚ダムは、平成18年度のダム完成を目指して、鋭意事業を推進しているところです。平成12年7月に転流トンネルを完成させ、同年11月には転流を開始しました。平成12年度末にはダム本体を発注する予定です。
今後も地域の住民と一体となり地域に貢献できるダムを目標に事業を進めていく予定です。

▲地域住民共同で行った貴重植物の移植作業 ▲ひまわり舞台(公園)
▲アースワーク宣言 ▲オートバイのトライアル大会


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