建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2003年3月号〉

寄稿

山・河・海の一貫した総合土砂管理を求めて

国土交通省中部地方整備局 静岡河川工事事務所長 境 道男

境 道男 さかい・みちお
昭和25年4月7日生まれ
出身地:三重県
平成 3年4月建設省 中部地方建設局 木曽川下流工事事務所 桑名出張所長
平成 7年4月建設省 中部地方建設局 富士砂防工事事務所 副所長
平成11年4月建設省 中部地方建設局 河川管理課長
平成13年1月国土交通省 中部地方整備局 企画部 事業調整官
平成14年4月国土交通省 中部地方整備局 静岡河川工事事務所長
事務所概要
当事務所の所在する静岡市は、富士山を背景として南は駿河湾に臨み、登呂遺跡に代表されるように古代から人が定着し、豊かで住みよい土地柄である。こうした気候温暖な地を利用し、お茶・イチゴ・ミカン、最近ではメロン等の栽培が盛んに行われている。また、静岡市は、かつての駿府城を中心として発達した城下町であり、現在では県庁所在地として静岡県の産業・経済の中心的役割を果たしている。
当事務所は、昭和7年に内務省横浜土木出張所安倍川改修事務所として設置され、昭和18年中部土木事務所静岡工事事務所として道路・河川の整備に携わり、昭和44年に道路関係事業と分離され、河川単独事務所として今日に及んでいる。
当事務所の主な事業は、安倍川・大井川の改修・環境整備・維持管理等の河川事業、安倍川源流部の大谷崩れ対策を中心とする砂防事業、駿河海岸・富士海岸(蒲原工区)の海岸保全施設整備事業を実施している。

▲大谷崩
1.砂防事業
1.1 安倍川砂防と大谷崩
安倍川流域は、糸魚川・静岡構造線と笹山構造線に挟まれているため、破砕帯も多く、脆弱な地質と段丘砂礫層からなっている。また、地形も急勾配であるため、至る所で崩壊を起こし、荒廃が著しく、特に最上流部には、日本三大崩れの一つである「大谷崩」がある。
この「大谷崩」は、安倍川の源流である大谷嶺が宝永4年(1707)の大地震により大崩壊してできた。その規模は、崩壊土砂量約1億2000万Fで、幅約1.8km、高度差約800m、平均深さ約70mと推定される。この崩壊により、土砂が5km下流の赤水の滝まで勢い良く到達し、更にその後の豪雨により下流に大きな被害をもたらしたと伝えられている。
このとき形成された大規模な河岸段丘は、現在でも徐々に洪水によって浸食され、安倍川の土砂供給源となっている。
近年では、明治40年8月の台風による豪雨で日向山崩壊により死者23名、昭和41年9月には静岡県を直撃した台風26号に伴う想像を絶する1時間雨量130mmという豪雨により梅ヶ島温泉街はすざましい土石流に見舞われ、死者26名という大惨事となった。
こうした状況において、砂防事業としては、大規模崩壊地を抱える安倍川上流域における土砂生産量の抑制、流出土砂量の調節のため、砂防堰堤、山腹工、河床安定のための流路工、床固め工等の整備を進めると共に、広大な一般崩壊地の各所に存在する土石流危険渓流において学校・病院・診療所等がある場合、災害弱者関連の地先土石流対策を実施している。また、危機管理の観点から土石流警報装置、光ケーブル・cctvカメラ・各種観測機器による防災情報システム整備を進めている。

1.2 山腹工
大谷崩れの斜面には露岩劣化による落石、崖錐のすべり等が確認されている。一方、大谷崩れ山稜付近は奧大井県立自然公園の一部であるため、山腹工では自然植生の回復を重視し、崩壊地対策として緑化による恒久的な土砂流出抑制を目指している。崖錐部分には、昭和57年から土留め柵による階段柵工を実施している。当初は、植樹を行っていたが、周辺の草木類の自然植生の種子が発芽することを確認した以降は、自然方式に変更している。今後は、総合学習や市民等の多様な主体参加による記念植樹を実施することも検討している。
また、急峻な崩落の恐れがある露岩部分には平成12年よりロック緑化工法(特殊モルタル吹き付け+ロックネット方式)を採用し施工している。この工法では、特殊モルタル下の椰子ネットに種子を付着させており、モルタルを破って発芽することを確認しており、今後とも緑化対策を進めることとしている。
▲階段柵工 ▲特殊モルタルからの植生状況 ▲ロック緑化工法
2.河川事業
2.1 安倍川
安倍川は、源を静岡、山梨県の県境の大谷嶺(標高1999.7m)に発した流域面積567km2、幹線流路延長51kmの中規模の河川である。しかし、安倍川は、常願寺川に次ぐ日本で2番目の急流河川であるとともに、源流には日本三大崩れの一つ“大谷崩れ”を抱えてい土砂河川でもあるため、河川管理が非常に難しい状況となっている。
安倍川の改修事業は、築堤護岸並びに古い堤防の強化対策を促進し、流水を安全に流すための整備を進めてきたが、依然として一部に暫定堤防を有する状況にあり、こうした急流かつ土砂河川である安倍川を管理するに当たり、暫定堤防の解消と共により一層の堤防強化のため高水敷整備や緩傾斜堤防等による質的強化等を進めている。

2.2 緊急河道掘削と海岸養浜との連携
安倍川においては、高度成長期の昭和30年後半に大量の土砂採取が行われ、河床低下や海岸の砂浜の後退が深刻化した。昭和45年頃より砂利採取を中止し、自然の力により河床の安定化や海岸線の回復を図ってきた。しかし、30年前の砂浜後退の波は、全国でも有数の景勝地となっている三保海岸(三保の松原)まで及ぶようになってきた。
一方、安倍川は、この30年間の土砂堆積により局所的に高水敷と同等の高さに達し、河床掘削を要する状況に至った。こうした海岸の状況、河川の状況の利害が一致し、当事務所と静岡県との協同により、河床の緊急掘削土砂を海岸への緊急人工養浜に利用している。 今年度は、河床上昇対策として静岡県の静岡・清水海岸への養浜事業と連携した緊急河道掘削工事(年間約10万Fを目標)を実施するとともに、モニタリングを実施する予定である。

2.3 大井川
大井川は静岡県の中央部を南北に貫流し、その源は南アルプス3,000m級の山岳地に発し、山間部を蛇行し駿河湾に流れ込む流路延長168km、流域面積1,280km2の羽毛状河川である。
大井川においては、無堤部にける築堤護岸及び古い堤防の強化等の洪水を安全に流すための整備を進めると共に、空間活用と潤いのある水辺空間の確保のため河川環境の整備を進めている。
特に治水面では、大井川下流部本川に残された最後の狭窄部(計画高水流量9,500Fに対し現状流下能力6,500F)の開削事業に着手している。この狭窄部は、山之内一豊が新田開発のため、大井川を締め切り、新川を開削した場所であり、当時の技術ではここまでが限界であったと思われる。図にあるように半島状に伸びた山部を開削し、築堤・護岸を行うことにより安全に洪水を流下させるものであり、本工事によって何度も一豊堤の決壊により被災を被っていた旧新田地域の被害を大きく低減させることができるものとなる。

▲河床と高水敷 ▲清水海岸(三保)の状況 ▲牛尾狭窄部
3.海岸事業
3.1 駿河海岸
駿河海岸は駿河湾の西部に位置し、大井川河口を挟んだ延長約18kmの海岸で、大井川の流掃土砂により発達した河口デルタ地域の海岸である。大井川からの流掃土砂量が減少する一方、海岸の全面に存在する極めて急峻な駿河トラフに流出するため、海岸浸食が著しい状況にある。また、富士海岸と並ぶ高波浪の発生する地域であり、幾多の台風の来襲は破堤・堤防流出等の災害を起こし、尊い人命を奪い、家屋を流失させる等の被害を及ぼした。昭和36年9月の室戸台風を契機に昭和39年大井川、川尻地区を直轄工事区域に指定し保全事業に着手した。その後、工事区域の拡張を重ね、港湾区域を除く延長約12kmにわたり高潮対策として堤防、消波堤、離岸堤等の保全施設の整備を進めていると共に、海への親水性を高めるため、なぎさリフレッシュ事業を市町と協同して実施している。

3.2 蒲原海岸
蒲原海岸(富士海岸蒲原地区)は、富山湾を並び我国における最も深い海湾の一つである駿河湾の湾奧に位置し、主に富士川からの流掃土砂が堆積して形成された海岸である。しかし、独特の湾形と急峻な海底勾配を持つ駿河トラフは、太平洋から進入する大波を減水することなく海岸まで到達させるため、我国最大級の波浪の発生が予想される海岸である。背後には蒲原丘陵が間近に迫り、海岸背に沿って細く延びた狭い平地に民家や工場が密集している。更に東海道本線、東名高速、国道1号等が所狭しと併走しており、交通の要衝となっている。昭和41年9月台風26号により防波堤を乗り越えた高波が住宅地を襲い、17戸が全壊、51戸が半壊、重軽傷者20名という被害をもたらした。これを契機に強力かつ計画的な事業実施を図るため、昭和42年度から富士川河口から蒲原町関沢までの約4km余りを直轄工事区間に指定し、高潮対策として堤防嵩上げ、消波工等の整備をほぼ完了し、現在離岸堤に重点をおいた海岸保全事業を実施している。

3.3 有脚離岸堤(斜板堤)
昭和62年から有脚式離岸堤に着手し、既に駿河海岸ではpbs(s62)とvhs(h5)、蒲原海岸ではカルモス(h4)を設置している。有脚式離岸堤は、大水深への設置ブロック離岸堤のように高波浪時のブロック移動がないため、メンテナンスが容易であり、ライフサイクルコストが削減できる特徴がある。一方、環境的にも多様の魚種の稚魚の孵化や幼魚の生育といった魚礁効果を有していることも確認している。
更に、駿河・蒲原の両海岸において、平成12年より新型の有脚式離岸堤である斜板堤の建設に着手し、斜板堤ブロックの陸上工事を本年8月に完了した。今後は平成15年1月の下旬頃には海上据え付け作業に入る予定である。据え付けには大型重機船1800トン級と2200トン級を利用する大規模なかつ特殊な作業であることから、据え付け作業時には見学会を計画しており、案内させていただく予定である。

▲完成した斜板堤ブロック ▲斜板堤の設置イメージ
今後の事業の進め方
当事務所は砂防・河川・海岸の事業を所管しており、水の流れや土砂の移動に関する一連の事業を実施している。安倍川、大井川は土砂河川でありながら、ダム建設(大井川)、大量の砂利採取による海への土砂供給量の減少、海岸における大型突堤による漂砂の停止、海岸埋め立て等による砂浜の狭小化等が複雑に絡んで、かつての良好な砂浜は無くなり、海岸は消波堤等のブロックの山となっている。
現在こうした問題を改善すべく、総合土砂管理の観点から事業を進めているが、今後は土砂を流しやすい河道や砂防ダムのスリット化に関する検討を実施する等、総合土砂管理に係わる事業を実施する機会がますます多くなるものと考えている。

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