〈建設グラフ2001年2月号〉

寄稿

志津見ダム・尾原ダム事業の概要

国土交通省 中国地方整備局 斐伊川・神戸川総合開発工事事務所長 富岡 誠司 氏

富岡誠司 とみおか・せいじ
昭和36年生 北海道出身
北海道大学工学部土木工学科卒業
昭和 59年 4月 建設省 入省
平成 7年 4月 建設省河川局砂防部砂防課 課長補佐
平成 10年 4月 福井県土木部河川課 課長
平成 12年 4月 建設省中国地方建設局
斐伊川・神戸川総合開発工事事務所 所長

概要

当工事事務所では、神話の国として有名な島根県出雲地方の主要河川である斐伊川の尾原ダムと神戸(かんど)川の志津見(しつみ)ダムという二つの多目的ダムの建設事業を推進しています。有名な「八岐(やまた)のオロチ」神話は、暴れ川の斐伊川を「オロチ」に見立てた物語だとの説があるほど斐伊川の治水は当地での永年の課題でありました。明治時代以降も様々な治水計画の検討がなされ治水対策が講じられてきましたが、昭和47年の大洪水等もあり、昭和51年にいわゆる「斐伊川・神戸川の治水対策3点セット」(当紙2000年7月号「出雲工事事務所の事業」参照)を基本とした工事実施基本計画が確定し、その一環として志津見ダム・尾原ダムが位置づけられているものであります。

▲昭和47年7月災害(斐川町) ▲昭和47年7月災害(松江市朝日町) ▲昭和47年の出雲空港浸水状況

志津見ダムの概要

志津見ダムは、島根県飯石(いいし)郡頓原(とんばら)町の神戸川に建設される多目的ダムです。昭和61年、出雲工事事務所から分家する形で当斐伊川・神戸川総合開発工事事務所が設置されたのと併せて建設事業に着手しました。翌昭和62年3月には水源地域対策特別措置法のダム指定を受け、昭和63年7月にダム建設に関する基本計画の告示、平成2年9月に地元組織と損失補償基準協定書の調印を取り交わし、平成3年度から国道184号の付替え道路工事に着手しています。
現在までに、用地補償関係については必要な約380haの用地買収と97戸の家屋移転を既に全て終え、工事関係については全体で11.5kmの付替えが必要な国道184号の工事を中心に進めており、平成22年度のダム完成を目指し、鋭意取り組んでいるところであります。
ダムの目的は、洪水調節の他に神戸川の流水の正常な機能の維持、出雲市域への工業用水供給(日量10,000トン)、発電(最大1,700kw)ということで、ダム諸元はダム高85.5m、堤頂長約304mの重力式コンクリートダム、有効貯水容量4,660万立方メートル、治水容量4,020万立方メートル、不特定及び利水容量640万立方メートルとなっています。

▲志津見ダム貯水池全景 ▲志津見ダム完成予想図

志津見ダム事業の現況と課題

志津見ダム事業の現況は、先にも若干触れたとおり、ダム本体工事の前提となる国道184号の付替え工事が中心となっています。
全体で11.5 kmの付替えが必要ですが、このうちダム湖上流側に当たる4.1km区間については周辺地域の生活道路ということもあり優先的に工事を進め、平成12年6月に供用開始したところです。残る下流側の7.4km区間については、トンネル3ヵ所、橋梁が大小合わせて15橋という数字からも分かるように、典型的な山岳道路となっており、非常に厳しい地形条件の中で現在工事を進めています。また、ダムコンクリートの原石山をダムサイト左岸とし、この掘削を行った場所に国道184号を通すという計画としていることから、国道付替え工事と併せて原石山の掘削工事も進めています。 さらに、これらの工事により発生する掘削残土を神戸川支川の角井(つのい)川の谷部を埋め立てすることにより処理し、その上の土地を圃場整備して有効利用しようという計画で角井川の整備を進めています。
事業を進める上での課題も色々ありますが、特に工事施工の上で現在最も神経を使っているのが稀少猛禽類であるクマタカです。平成8年度に実施した調査の結果、ダム工事地周辺で改めてクマタ力の生息が確認されたことから、平成10年に専門家を交えた委員会を設置し工事施工にあたってのアドバイス等をいただくとともに、クマタカの行動等生息状況の調査を継続しながら慎重に工事を進めているところです。
また、ダム完成後も含めた将来に向けての課題として、ダム周辺の地域づくりの問題があります。当地は、中国地方のリゾート拠点の一つとも言える三瓶山に近接しているという立地条件の良さ、加えてダム湖のサーチャージ水位と常時満水位の水位差が30m以上もあることから、平常時にはダム湖上流部に広大な土地の有効利用が可能なこと等から、ダムの完成が10年ほど先に見えてきた現在、地元ではダムを活用しての地域づくりに対しての関心が非常に高まってきています。地域の将来は、地域のみんなで議論し考えていただくという観点から、多数の地域住民の皆様を委員としたワークショップ方式の委員会を設置し検討を進めていただいています。色々な意見もあろうかと思いますが、長い目で見て地域の皆様が心豊かで生き生きとした暮らしを実現できるよう、しっかりとしたプランを練っていただけたらと願っているところです。


尾原ダムの概要

尾原ダムは、島根県大原郡木次(きすき)町と仁多(にた)郡仁多町にまたがる斐伊川に建設される多目的ダムです。
志津見ダムよりも一歩遅れて平成3年度に建設事業に着手しました。平成5年12月には水源地域対策特別措置法のダム指定を受け、平成6年2月にダム建設に関する基本計画を公示、平成7年11月に地元組織と損失補償基準協定書の調印を取り交わして用地買収に着手、平成8年度からは工事用道路等の工事にも着手しているところです。
現在までに、用地補償関係については必要な約390haの用地買収の99%、家屋移転については111戸全ての移転を終え、工事関係では町道の付替え工事や残土処理場の整備工事等に着手してきています。
ダムの目的は、洪水調節の他に斐伊川の流水の正常な機能の維持、県都松江市や平田市他8町村への水道供給となっており、特に、水道については過去30年間に給水制限や節水を行った年が11年間もある程の慢性的水不足の状況であることから、洪水調節による治水と並び下流の受益地からは非常に強い期待が寄せられています。
ダム諸元はダム高90m、堤頂長約400mの重力式コンクリートダム、有効貯水容量5,420万立方メートル、治水容量3,700万立方メートル、非洪水期の不特定及び利水容量3,110万立方メートルとなっています。


尾原ダム事業の現況と課題

尾原ダム事業は、志津見ダムよりも5年遅れでスタートし、ようやく付替え道路等の工事が本格化する段階に入ってきたところです。5年遅れと言っても尾原ダムの場合、隣接する国道314号が以前の改良時に既に将来のダム計画を考慮して整備されていたために、その付替えが必要なく、志津見ダムに比べるとダム本体着手までに実施すべき工事ボリュームは少ないという点もあることから、ダムの地質調査や設計の状況によっては全体の事業がもう少しスピードアップされる可能性もあります。現在、木次町側では町道平田佐白線・尾原法印線の付替え、下布施残土処理場の基盤整備等の工事を、仁多町側では町道八代三沢線の付替え、前布施残土処理場の基盤整備等の工事を行っています。
尾原ダムについても志津見ダム同様、ダム完成後のダム湖の利活用や周辺の地域づくりといったことに対しての関心が高まってきています。ダム湖の直上流は仁多町の中心市街地であること等志津見ダム以上に周辺地域の人口も多く、また予定されている3カ所の残土処理場跡地の利活用をどうするのかという問題もあり、志津見ダムとは多少スタイルが違うもののワークショップ方式の委員会による検討が進められています。
また、平成12年7月には、出雲工事事務所とともに放水路・ダム周辺の「1000年の森づくり」と銘打った植樹祭を行いました。工事のために伐採した森を復元するため、その土地の在来種(潜在自然植生)の苗木を切土や盛土による人工斜面等に子供達の手で植えてもらおうという試みで、当事務所では尾原ダムの平田佐白線の現場で植樹を行いました。
自然環境に対する世界的な関心が益々高くなってきている時代、できる限りの環境対策に積極的に取り組んでいくことが重要だと思います。
尾原ダムだけではなく志津見ダムについても極力森の復元に努め、緑に囲まれたダム湖の周辺環境を創出できるよう取り組んでいくつもりです。

▲尾原ダム貯水池全景 ▲尾原ダムサイトを下流より望む

おわりに

21世紀を迎え、当事務所のダム事業も間もなく工事の最盛期を迎えようとしています。書き漏らしましたが、様々な形で公共事業のムダが取りざたされている時代でもあることから、当事務所のダム事業の推進にあたっても常にコスト意識を持って対応していくことも重要だと考えております。
また、これまで書き記しましたとおり、ダム完成後の周辺地域の将来像を考えることも重要な課題となっています。特に近い将来、我が国全体として急速に高齢化が進むことや人口も減少していくということも十分に考慮しておかなければならないと思います。
ダム湖周辺の森の復元については、平成12年12月、流域内の小学生の皆さんからダム周辺の緑化に役立ててほしいと自分達が拾い集めたドングリを大量に事務所に届けてくれるという大変嬉しい事件(?)がありました。子供達の暖かい思いを大切に育てるためにも努力していくつもりです。
以上、志津見ダム・尾原ダム事業の概要を紹介させていただきました。
現代のオロチ退治、斐伊川・神戸川の治水対策の一翼を担う事業として一日も早い事業の完成を目指して参りますので、皆様の御支援・御協力をお願いいたします。


斐神の杜(ひかみのもり)
大規模なダム事業を進めてゆく理念を表現している事務所の中庭にある中央のモニュメントは、島根県特産の来待石を用い、当工事事務所が進める志津見ダムと尾原ダムの本体を模して作成したものである。

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