建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年9月号〉

寄稿

―福岡県巨瀬川総合開発事業 藤波ダム建設工事―

いよいよ念願の本体工事はじまる

集中豪雨の契機から着手された予備調査から33年・・・

福岡県 藤波ダム建設事務所長 田中 勝敏

田中 勝敏 たなか・かつとし
生年月日 昭和19年6月12日生
昭和38年3月福岡県立八女工業高校卒業
昭和39年5月福岡県土木部採用 那珂土木、矢部川改修、八女土木事務所
昭和52年1月山神ダム建設、南畑ダム再開発事務所
昭和60年4月甘木土木事務所
平成 2年4月土木部道路維持課、福岡土木事務所
平成11年4月柳川土木、福岡土木事務所維持課長
平成13年4月北九州士木事務所副所長
平成14年4月藤波ダム建設事務所所長
▲藤波ダム位置図
事業の大要
藤波ダムは、一級河川筑後川水系巨瀬川の福岡県浮羽郡浮羽町大字妹川及び小塩地区に治水ダムとして建設するもので、下流の河川改修と相まって巨瀬川の治水について万全を期するものであります。ダムは中央コア型ロックフィルダムで、高さ52m、総貯水量2,950千立方メートル、有効貯水量2,450千立方メートルで、洪水調節を目的とする治水ダムであります。
1.事業の必要性
一級河川筑後川水系巨瀬川は、旧来よりしばしば洪水による災害に見舞われ、流域住民に多大な被害を与えてきました。特に、昭和28年6月の梅雨前線による洪水(6月25日、日雨量398mm、最大時間雨量32.3mm)は、過去最大の被害をもたらし、死者7名、流失家屋162戸、床上浸水2,748戸、冠水耕地2,000haにも及び、その被害は130億円にも達しました。その後、改修計画に着手し、築堤500mが完成しましたが、再び昭和44年6月30日の梅雨前線による集中豪雨(日雨量222.5mm、最大時間雨量57mm)により破堤し、家屋の浸水、倒壊等、総額22億円に及ぶ被害を生じたため、河川計画の再検討が必要となりました。
しかし、流域の開発が進み、更に大幅な引堤等による河川改修は困難であることから、上流部に治水ダムを建設し、豪雨時の洪水を一時貯溜することによって、下流の洪水量を抑え、これによって50年確率程度以下の洪水被害を防止し、流域の安全を図ろうとするものであります。
2.流域の概要
巨瀬川は、南方の耳納山地を源に北流するが、筑紫平野に注いだ後は西方へ流れを変えて筑紫平野を貫流し、久留米市善導寺町付近で筑後川と合流します。
また、本川周辺は田畑が広く分布し、本川の近くを国道210号、jr久大本線が平行し、住宅や事業所も密集しており、浮羽郡地域の産業文化の中心地を形成しております。
3.ダムサイトの地質
(1)地質
ダムサイトには、鮮新世の釈迦岳火山岩類とこれを不整合に覆う泥質砂礫層類(MG類)及び被覆層として段丘堆積物、現河床堆積物、崖錐堆積物が分布する。
ダムサイトの釈迦岳火山岩類は、角閃石安山岩の自破砕溶岩(ah1〜ah3)を狭在する凝灰角榛岩(tb1)からなる下位層と、2枚の厚い輝石安山岩(ap1、ap2)を主とする上位層に大別される。釈迦岳火山岩類を不整合に覆うMG類は、泥流〜土石流堆積物であり、多様な層相を持つ。

【MG類の特性】
MG類は貯水池中、上流域においても、50〜60mの厚みがあり、ダムサイトのMG類と同等の性状を示すことから、不透水層としての役割を期待できる。
4.堤体設計
(1)設計洪水流量
ダム設計洪水流量は、「河川管理施設等構造令 第2条解説」により求め、フィルダムの場合はいずれか大きい流量の1.2倍とする。
当ダムの場合は「地域別比流量図」より求めて940立方メートル/sとした。

(2)計画堆砂量
当ダムの場合は、近傍ダムの実績300立方メートル/平方キロメートル/年とし、計画堆砂年100年分の堆砂量から、流域の砂防ダム計画容量を除き500千立方メートルとした。

(3)設計震度
設計震度は、「河川管理施設等構造令施行規則」、「建設省河川砂防技術基準(案)同解説 設計編」から決定し、修正震度法による設計震度は、「フィルダムの耐震設計指針(案)」により、ゾーン型フィルダム、弱震帯地域・土質基礎の0.15を採用した。

(4)監査廊
当ダムの場合は、各種検討の結果、MG類中に設置した場合には不利な点が多く、積極的に設置すべき利点は少ないことから、監査廊の設置については、右岸側(河床中央〜右岸のMG類分布域)は監査廊を設けず、右岸側(tb1分布域)のみ設置することとした。

5.堤体材料
(1)コア材料
地質調査の結果、各地質について、コア材料としての特性を整理した結果、総合的には泥質砂礫層類(MG類)が有利であると判断した。
(2)フィルター材料
フィルター材は、粒度分布が重要である。現地生産・購入・現河床堆積物流用の3案について検討したが、現河床堆積物流用案については、賦存量が少ないことにより、数量が不足する。購入案は材料運搬による周辺地域への問題があり、また経済性が悪いため現地生産とする。

(3)ロック材料
ロック材料は、所要のせん断強さと排水性を有する必要があり、一般に堅硬かつ耐久的であるものが望ましい。また、外部ロック材については、耐久性の良好な材料を使用する必要があるが、堤体内部では、外部ほど耐久性は必要としない。
右岸部に分布する輝石安山岩(ap2)について、ロックフィルダム粗粒材料としての品質について検討した結果は、良好な材質の材料である。

■堤体形状
下流断面図 標準断面図
6.転流工
(1)転流方式
当ダム形式は、ロックフィルダムであり、堤内水路の設置ができないことから、仮排水トンネル方式とした。

(2)転流工対象流量
フィルダムの対象流量の確率は、堤体の規模や盛立早さにもよるが、10〜20年確率流量を対象とするのが一般的である。
当ダムの基礎条件は、河川中央〜右岸部に分布する泥質砂榛層(mg)が低〜中固結であることから、上流締切越水時の洪水被害は極めて大きいものと判断される。したがって、転流工対象流量は20年確率流量を対象とする。

(3)仮排水トンネル
A)地質条件:凝灰角礫岩(TB類)のCL級岩盤が分布。
B)トンネル条数:1条
C)縦断線形:最大流速を15m/s程度を目安として1/50とした。
D)トンネル径:Q=360m3/s、直径約6mの標準馬蹄形(2R型)、勾配1/50
7.上流仮締切
上流仮締切はダム軸より120m上流に設け、本体盛立と一体とした。
締切の構造は難透水性のmgが基礎となるため、基礎部の止水にコンクリート、鋼矢板等の止水壁を設ける場合、施工時に基礎を痛めることになり、止水効果が小さく、締切の安全性を損なう。また、止水壁を設けない場合、遮水部の浸透路長が短い表面遮水等の構造は避けるほうが望ましく、当ダムは、基礎の止水工を設けず、遮水部の浸透路がある程度確保できる中央コア型とした。

8.取水放流設備
1.流水の正常な機能の維持
洪水調節を除く、下流かんがい用水の補給などの正常な機能の維持を目的として、設置する。
2.貯水位の低下
フィルダムには、ダムの堤体の点検、修理等のため貯水池の水位を低下させることができる放流設備を設けるものと規定されているので、当ダムでも極力水位を低下できる設備を設置する。
9.流域の自然環境等
(1)巨瀬川の概要
巨瀬川は、浮羽町大字妹川の耳納山系(標高802m)に源を発し、浮羽町、吉井町、田主丸町を貫流して、久留米市内で筑後川に合流する総延長26,775m、流域面積84.7平方キロメートルの一級河川である。
ダム予定地周辺の土地利用状況は、山間部という地形を反映して主に山林であり、一部は果樹園や棚田として利用されている。当河川には漁業権の設定はなく、予定地では支川持木川が合流している。

(2)植物調査概要
A)「環境影響評価」において、平成10年10月より1年間、現地調査を行った。
注目すべき種としては、ナガノツルキケマン、ヒメウラシマソウ、エビネ、ヤマトミクリが確認されている。これらのうち、改変予定地に位置するものは、ヒメウラシマソウのみである。なお、自然環境保全基礎調査等の既存資料において、注目すべき種及び群落は報告されていない。
B)予測・評価及び保全対策等
ヒメウラシマソウについては、生育地周辺一帯がダム関連工事(道路工事)により改変されるため、類似の生育適地に移植を行い、種の保存に努めることから、影響は軽減される。

(3)動物調査概要
A)陸上動物及び水生生物について注目すべき種
鳥類6種、両生類2種、昆虫類8種、水生昆虫1種が確認されている。なお、自然環境保全基礎調査等の既存資料において、注目すべき種及び群落は報告されていない。
B)予測・評価及び保全対策等
本事業による動物への影響は小さいと考えられるが、影響をより軽減するため、濁水処理を行い、緑化には在来種を用いる、また、植物の育成基盤の保全を図るため、表土を覆土として利用する等の対策を行う。
動物種については、生息環境の一部が消失することになるが、周辺にも同様の環境が連続して広く存在すること、また、環境保全対策の実施により、生息環境に与える影響は小さいと評価している。

むすび
昭和44年度の予備調査以来、用地及び補償その他諸々の問題解決のために、深い御理解とご協力をいただきました地権者をはじめ関係各位の皆さんのおかげをもちまして、この度念願のダム本体着工を迎えることが出来ましたことに対し、心から敬意を表します。
また、当ダムの計画から実施にいたるまで、ご指導、ご支援いただきました、国土交通省河川局治水課、国土技術政策総合研究所、(財)ダム技術センターの皆様に深く感謝申し上げます。
■現在までの経緯
事業経過
昭和44年度 :予備調査
昭和45年度 :実施設計調査
昭和51年度 :建設事業採択
平成元年10月 :補償基準提示
平成2年3月 :補償基準妥結
平成3年度 :補償工事着手
平成9年12月 :全体計画作成
平成12年3月 :基本設計会議
平成14年3月 :ダム本体発注
平成15年 :転流開始、本体掘削予定
平成17年 :本体盛立開始
平成20年 :試験湛水予定
平成21年3月 :完成予定

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