建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年2月号〉

寄稿

砂防事業の現状と展望

国土交通省 河川局 砂防部長 森 俊勇

森 俊勇 もり・としお
昭和24年3月生まれ 千葉県出身
昭和46年4月建設省採用
平成元年4月北陸地方建設局松本砂防工事事務所長
平成3年4月河川局砂防部傾斜地保全課建設専門官
平成4年4月山口県土木建築部砂防課長
平成6年4月河川局砂防部砂防課火山・土石流対策官
平成9年4月奈良県土木部長
平成12年4月河川局砂防部長

T.近代的な砂防は、明治維新以降逐次全国で取り組まれてきました。時代の移り変わりと共に、社会構造に変化が生じ、また災害の形態も変化してきました。そして、砂防の果たすべきあるいは砂防に求められる役割も変化し、新たな課題に取り組みつつその防災分野における責務を果たしてきています。
地すべり対策、がけ崩れ対策、火山対策、雪崩対策がそれであり、警戒・避難等のソフト施策、環境施策に関する取り組みも併行して展開されてきました。
現在、取り組んでいる砂防関係施策の中で、大きな課題は五つに集約できるのではないかと思っています。
一つ目は、警戒・避難、適切な土地利用誘導施策も含めた「土砂災害防止法」の制定に伴う施策の展開であります。
砂防行政における警戒・避難等ソフト面に関する施策への取り組みは、35年前の昭和41年に遡ることができます。きっかけは山梨県の西湖周辺で発生し、集落を壊滅させた土石流災害です。
そして、その後も各地で大災害が発生したことをうけて、新たな施策も含めソフト面施策の推進に向け行政通達で取り組むと共に、審議会、委員会等で議論を深めながら取り組んでまいりましたが、悲惨な土砂災害は後を絶たず、国民の生命・身体を守るためには行政通達では限界があるという認識に至り、「土砂災害防止法」の制定となったのであります。そのきっかけとなりましたのは、平成11年に発生した広島の土砂災害です。
この法律の施行(平成13年4月1日)に伴い、各都道府県は現在、基礎調査を開始致しました。個々具体の作業が進み、警戒区域、特別警戒区域を公示する作業が急がれると共に、市町村による警戒・避難体制の整備も併行して進められなければなりません。また、この施策を推進するためには、建築確認部局、都市計画部局、消防防災部局との連携が不可欠です。一番の課題は、住民への周知と適確な避難行動だと思っています。
二つ目は、「総合的な土砂管理」の推進です。河床の低下や海岸域の侵食という現実を踏まえ、砂防・ダム・河川・海岸で連携を図り、流域の中の土砂の動きを「流砂系」としてとらえ、その連続性を確保するための施策の展開に取り組まなければなりません。
砂防としては、全国の代表河川においてモニタリングを開始したところですし、砂防堰堤の構造も従来の不透過型からスリット堰堤等透過型の構造に切り替わりつつあります(平成13年度に施工している砂防堰堤の約四割が透過型)。土砂の動きをコントロールする技術に関しては、まだまだ研究しなければいけない点も多いのですが、積極的に取り組んでいきたいと思います。
三つ目は、過疎化と少子高齢化に伴う災害対応能力の減少に関する課題であります。一般に高齢化の問題に関する施策は、バリアフリーを中心としたものが取り上げられ、私どもが主張する災害弱者という観点からの施策は余り取り上げられません。しかしながら、本格的な高齢化を迎えるこれから、そして、ますます拍車のかかる過疎化により、中・山間地域の警戒・避難体制の確保が図られなくなることは明らかです。どのような施策が望まれており、そしてそれが私どものお手伝いできる範囲なのか早急に研究していく必要があります。
四つ目は、地球温暖化による降雨現象の変化と、管理が不十分で弱体化した山林に起因する土砂災害の発生状況の変化とその対応であります。
降雨の変化とは、降る場所の変化と降る雨の強度の変化です。現実に近年の降雨実績においても、その兆候が出てきているようにも思えますし、今後、それが益々過激さを増すのではないかと気に掛かります。
良好な森林であっても、限界を超えると崩壊等の現象は起こりますが、近年目立つのは、除伐・間伐等の管理が不十分であるために弱体化した山林が容易に崩壊を起こし、崩壊土砂と流木により、大きな被害が発生する現象が多いことです。
私たちは、いままで以上に山の状況に気配りすると共に、自然現象である土砂災害は、予想をはるかに上回る規模で発生することがあり、砂防堰堤等のハード面の施設のみでは、土砂災害を完全に防ぐことはできないということを、行政側も住民も認識して、減災に向けて自分の命を守るためにどうすればいいのかを、常日頃から考えていく必要があると思います。
五つ目は、「都市山麓グリーンベルト」という施策の推進であります。この構想は、阪神淡路大震災の後スタートした施策ですが、土砂災害の発生源である山腹斜面が山麓の市街地と接するベルト状の地帯を「防砂の施設」として都市計画決定し、斜面域への無防備な市街化を阻止すると共に、ベルト上の地帯を砂防関係事業や都市計画事業などにより強化・活用を図ると共に、良好な市街地環境の保全を図ろうとするものであります。斜面の林地を強化するための管理作業は息の長い仕事です。地域のボランティアなどのお手伝いを頂きながら取り組んでいかなければなりません。
砂防はまた、新しい防災の分野に歩みだしたのであります。


U.「砂防法」が施行されてから100年経過したのを記念して、全国の土砂災害に関する石碑の資料を集め、「碑文が語る土砂災害との闘いの歴史」と題する本の編集に関ったことがあります。
今日では、予防の観点から危険な個所の対策工事が逐次進められていますが、予算も少なく、人力に頼っていた時代は、災害の発生を契機に再度災害を防ぐための工事を行うのがほとんどであったでしょうから、被った悲惨な災害を後世に伝えるために石に刻み、地域の復興に向け、一つ一つ石を積み重ねて出来上がっていく砂防工事に、関係者の熱い視線が注がれていたものと思います。
1995年に文化財保護法が改正され、登録文化財の制度ができました。すでに常願寺川の白岩堰堤、本宮堰堤など12の砂防設備が登録文化財の指定を受けました。正に先人の残してくれた遺産だと思っています。
今、21世紀に生活し、砂防関係事業に携わっている私たちは、22世紀に残す遺産を作っているのであります。
自分の携わっている仕事が文化財を作っていると考えている人はいないと思いますが、将来登録文化財になるかどうかは別として、少なくとも後世への遺産を作っているという気概をもって取り組んでほしいと思うのであります。
一方で、特別な地域は別として、一般に特定の個所における土砂災害が繰り返し発生する頻度は低く、何十年という月日が流れます。そして、過去に被災した危険な地域に何も知らない人が住むことも有りますし、世代間の伝承が途切れ、恐ろしい土砂災害のことを知らないで危険なところに住んでいる人もいます。
過去の災害のことを記録に残すと共に、必要に応じ石碑などに刻み、後世に伝えることも私は、大切な後世への遺産だと思っています。
各位の取り組みに期待したいと思います。


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