建設グラフインターネットダイジェスト

〈建設グラフ2002年2月号〉

寄稿

富士山麓の土石流災害対策と自然の保全

国土交通省中部地方整備局 富士砂防工事事務所長 花岡 正明

花岡 正明 はなおか・まさあき
昭和33年11月生まれ 長野県出身 北海道大学卒
昭和58年4月 建設省採用
山梨県土木部、九州地方建設局大隅工事事務所、関東地方建設局河川計画課、建設省河川局砂防部砂防課、中部地方建設局天竜川上流工事、中部地方整備局河川部建設専門官(砂防)、関東地方建設局電算情報課長などを経て、
平成6年5月 インドネシア共和国公共事業省水資源総局派遣
平成8年5月 北海道開発庁水政課 開発専門官
平成10年4月より現職
▲第7床固工における除石状況

NHKが昨年度に「21世紀に残したい風景」をアンケート調査したところ、全国的に偏りなく圧倒的に第1位に選ばれたのが富士山でした。日本人の心の山、日本の象徴といっても誤りでない富士山において、大沢崩れに起因する土石流に対し国家的プロジェクトとして昭和44年に直轄砂防事業が着手され、緊急的な対策として大沢扇状地での遊砂地を中心に工事を積極的に促進してまいりました。本文は当事業の現状と成果、そして今後の展開について紹介します。

大崩壊地「富士山大沢崩れ」と土石流対策
●富士山大沢崩れと土石流
大沢崩れは富士山西斜面に位置し、山頂直下から標高2,200m付近まで、延長2.1kmにわたり最大幅500m、最大深さ150m、崩壊土量約7,500万立法メートル(東京ドーム約60杯分)といわれ、我が国最大級の規模です。主に標高3,200m〜3,500mの付近の側方斜面が崩落、拡大し、毎年平均して500u、約16万立法メートル(ダンプ3万2千台分)の土砂が崩壊しています。崩壊土砂は崩壊地の谷底に一旦堆積、ある程度蓄積の後、豪雨、スラッシュ雪崩により流水量が増加すると、土石流と化して流出するとみられます。土砂はふだん表流水のない谷底を一気に流出し、扇状地の下流の沿川人家や道路等を直撃し、さらに流下した土砂は潤井川本川を氾濫させ、たびたび甚大な被害を受けてきました。
富士山の土石流の特徴は以下のとおりです。(1)一回の土石流で扇状地に堆積する土砂量が数万〜30万立法メートルと、非常に規模が大きく、最近10年間で4回と発生頻度が著しく大きい。(2)土石流には直径2〜4mの溶岩の巨礫とスコリアなど空隙の多い脆い土砂が多量に含まれる。流速は時速60キロメートルをこえ、200立法メートル/s〜1,400 立法メートル/s と大きなピーク流量で流下。(3)台風や梅雨期のいわゆる出水期以外の初冬(11月末〜12月初旬)、晩春(3月末〜5月)に100mm〜200mmの少量の降雨でも発生。
●大沢川土石流対策
大沢崩れの崩壊拡大の直接防止は、現在の施工技術、経費、自然環境との調和等、解決すべき問題点が多く、現時点では着手することが困難です。地形的に適当なダムサイトがないため、標高600〜900m付近の扇状地に導流堤で人工的に堆砂空間を設け流水を安全に流下させるため、扇状地計画が策定され、延長4km、最大幅1.5km に及ぶ大規模な遊砂地が整備されています。主な施設には、土石流の氾濫を防ぐ導流堤のべ5.9km、河床勾配を緩和し既存の堆積土砂を固定させるともに、流入した土石流を分散・堆積させる床固工7基、土砂の2次流出を防ぐ沈砂地工、樹林の力で土石流を抑制する砂防樹林帯74ha、流路工延長5.7km、工延長1.2km等があります。さらに普段は水無し川のため、堆積した土砂を放置すると次の土石流発生時に下流域へ流出し土砂災害の原因となりますので除石工事を行っています。また、富士山には「八百八沢」と呼ばれる多くの渓流(野渓)が存在し、災害を幾度となく被ってきました。昭和58年から直轄事業として整備を進めてきました。
●大沢川源頭部調査工事と土石流監視・観測システム
大沢崩れの拡大防止対策は、高標高、急傾斜、落石の頻発等、資材輸送に加えて自然環境の調和等解決すべき課題が多く、昭和57年度より「調査工事」として標高2,050〜2,300m付近で施設施工に向けて調査検討を行ってきました。
また、富士山における降雨量からの土石流発生予測は困難で、地域住民や工事の作業員の安全を確保するため、即時に発生を把握する必要があります。このため、cctvカメラと光ファイバーケーブルを用いた監視、観測にいち早く着手し、現在13箇所に18台のカメラを設置して常時監視を行っています。また、録画映像を解析し、土砂移動現象を解明しています。
事業効果 頻発した大土石流を捕捉
土石流対策施設の積極的な整備に努めてきました。近年、頻発した規模の大きな土石流に対し、いずれも流出土砂を捕捉し、下流での災害を未然に防ぎました。 (下表参照)
土石流被害軽減効果
特に大沢川では、平成3年11月、平成9年6月及び11月に流出土砂量が約20万立法メートル前後の土石流が発生しましたが、土砂を遊砂地で捕捉し、下流住民は土石流の発生を全く気づかぬほどでした。さらに昨年11月21日観測以来最大級の土石流が発生し、遊砂地で約28万立法メートルの土砂流下を防ぎ、ピーク流量を1,400立法メートル/s から200立法メートル/sに1/7に低減させました。当所では、土石流の発生と施設効果をマスコミに公表する一方、砂防施設が無い場合の効果を土石流の氾濫計算式のシミュレーションを行いました。h12年11月及びh9年6月の詳細な実測データから最も適合するモデルを構築し、施設が建設される以前の地形データを用いて被害状況を推定しました。その結果、大沢川扇状地で氾濫し直接土石流が集落を襲った場合、約157haの区域で約3.6億円の被害が生じ、また、扇状地で局所洗掘により生じた自然河道に一部の土砂が潤井川に流れ込んだ場合、風祭川合流点上流の、潤井川本川で土砂堆積が生じ河床をあげ、約43haで洪水被害が発生し、被害額は約84.2億円にのぼると算出されます。大沢川砂防計画では、100年に1度の大出水時に流出土砂量を150万立方メートルと想定しており、今回の土石流は1/7の規模ですが、非常に大きな効果がありました。
除石した土砂の有効活用
除石した土砂は公共事業への利活用をはかり、当初は、砂防工事や周辺の田圃や牧草地の土地改良の基盤材などに利用されました。昭和53年度から関係機関の協議会で需要情報の収集調整し、ストックヤード設置により工事間の工期調整を図っています。 2m以上の巨岩に至るさまざまな礫が混在し、受け入れ先の需要と一致せず、受け入れ先拡大と有効利用を図るため、ふるい分け・破砕等の粒径処理した土砂を受入先に運搬してもらう連携事業を平成10年度より実施しています。双方がコスト縮減になり、この結果、海岸の養浜材、道路の路体材等に利活用され、砂利採取量が減少し省資源にも有効なリサイクルとして高く評価されています。富士山「こどもの国」、県営ソフトボール場、芝川町特別老人養護ホーム、東名高速道sa「富士川楽座」、朝霧高原道の駅、北山工業団地等の造成に活用され、地域づくりの支援に役立っています。
緑を生かした砂防事業
増沢武弘静岡大学教授の指導のもと、富士山の在来種で火山性荒廃地によく生育し2m近い直根をもつフジアザミを、積極的に導入し植生の回復を行っています。種子や苗の確保のために自前で栽培し、採取した種子や苗を利用するサイクルを確立しています。また従前から砂防樹林帯を整備していましたが、平成12年度より市民参加による樹林帯造成をはかるため、東 三郎北海道大学名誉教授が考案した、「リサイクルポット」を用い、市内の9小中学校の協力により昨年は2,000鉢、今年は3,000鉢を大沢扇状地の砂防樹林帯等に苗本を植栽しました。市民参加による緑空間づくりを進め、さらに富士山麓一帯の市街地を土砂災害からやさしく守る樹林帯構想を研究し、展開していきたいと考えています。

▲「リサイクルポット」による砂防樹林帯づくり。
総合学習「富士山学習」の一環として行われている。
新世紀を迎え新たな展開
●富士砂防の現状と課題
 現状において近年、富士山全域での雪代や大沢川の大規模土石流の発生に対して、災害防止効果が顕著に現れております。事業実施にあたって、砂防計画論、調査工事、環境に配慮した技術など常に新しい砂防事業が開発導入され、情報発信にも努めてきております。平成11年度から2年にわたり、直轄砂防事業30周年に関する記念事業を実施し、30年の軌跡を総括するとともに、多方面にわたる有識者や一般市民の方々にご意見、提言をいただきました。様々な形態で複合的に展開をし、その過程で富士山の崩壊・土砂移動を含めた自然条件の特殊性、多様性、重要性が改めて明らかになりました。従来の緊急的な大沢川等の土石流対策から、山麓全体の適正な空間利用、生態系の保全、流砂系の土砂管理そして、火山噴火等への危機管理などが新たな課題となり、21世紀に向けての「富士砂防の明日」が提案され、新たな展開が始まっています。
●終わりに
 国土交通省の地域マネージメントの最前線で「世界に誇るfujiyama」を担う事務所として、温かい理解と御支援をいただいている「地域」と「時代」の要請に応じられるよう努めてまいります。

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